第二十三章 月を射る 9
「ふふ。レテシアがホーネットのメンバーだって知ってるでしょ。誰が引き入れたかって。」
「さぁね。」
「知ってるでしょ!」
ぐぁっ。
声をあらげて、クレアの左肩を手で押さえた。
「あたしをスワン村から連れ出したのはレテシア。レテシアが単独でそんな行動しないことぐらいわかるでしょ。」
「そうねぇ。痛いから、肩掴むのやめて。」
チッ
肩から手を離した。それでも、イリアはクレアの顔から自分の顔を離さなかった。
「皇帝に言われて、行動している。それはロブのため、レインのため。黒衣の民族に襲われたロブのため。」
その言葉を待っていたかのように、クレアはイリアに血まみれになった右手でイリアの顔を押し、突き放した。
うがぁっ。
イリアの膝にむけて足をけりこんだ。後ろに向かって倒れこんだ。
クレアはイリアに襲い掛かろうとしたが、イリアは足を上げて、クレアの腹めがけて蹴った。
クレアが後ろに倒れて操縦席に頭を打ち付けた。
気を失わなかったが、左腕がないのでバランスを崩し、左に倒れこんで、傷口を打ち付けた。
ぐあぁっ。
イリアは立ち上がり、クレアをにらみつけた。
「せっかく、命だけは助けたあげようと思ったのに。これで満足した!ホーネットは皇帝が動かしているよ。ロブやレイン、ジリアンを殺すように命じたのは皇帝だよ。」
クレアは上体を起して、操縦席にもたれかかった。
「それさえ、聴けたら、十分だ。」
「冥土の土産に、ひとつ言ってやるよ。ダンを襲ったのは、ジョナサンと、皇帝の影武者さ。」
「皇帝の影武者?」
「ああ、似てないけどね。皇帝の代わりになって、皇帝自身が裏で行動しやすくしているのさ。」
「へぇ、そうなんだ。」
「影武者も始末できなくて悔しくないの?」
「うん、まあね。ジョナサンはあんたが殺したんだし。」
チッ
SAFは大きく揺れて傾き始めた。ジョナサンの遺体が勝手にすべりだして動く。
立ったままの姿勢が保てなくなり、イリアはあとずさりして、入り口の扉をつかんだ。
「ダンの敵をとれなくていいのかい。」
「敵をとるつもりはないよ。皇帝を動かしているのはジョナサンだっただろ。」
「ふっ。本気でそう思っているの?」
「ああ。社長さんが、皇帝を動かすなんて、できないからね。」
「あっ、そう。ジョナサンが落ち子さんだから、皇帝をあやつることができるってわけ。」
「いまとなれば、どうでもいいけどね。」
気が遠くなるのを感じていた。殺されないのなら、このままじわじわと死んでいくのを待つのは嫌だなと考えが浮かぶ。
「もうひとり、始末したい人間がいるだろう。」
イリアはその言葉に反応し、顔を強張らせた。
「あんたは、始末したくないんだろう。レインやジリアンだけでなく、そいつもさ。だから、最初から意にそぐわない殺しはしないんだと。」
「黙れよ。この忌み嫌われる髪の色、そして妙な能力。仲間がいてもそれは私を利用するだけ。」
「あの子なら、あんたをそのように利用したりしないかね。」
「どうだっていいでしょ。」
「ふっ。」
「知らないんでしょ。ダンから聞いてないのでしょ。」
「ああ。そうだね。」
「いいさ、能力使って探してやる。」
イリアはフードを目深にかぶって、操縦室から出て行こうとした。
扉が勝手にあくと、そこにはカスターが立っていた。
「クレアさん!?」
イリアの姿は目に入ってなかった。
つかさず、イリアはカスターのみぞおちに拳を叩き込んだ。
がぁっ。
前かがみに倒れこんでいく間に、イリアは横をすり抜け、操縦室から去った。
床に倒れこんで、胃液を吐き出した。
クレアは天井を仰いで目を閉じた。
「大丈夫か、カスター。」
床に手をついて、前を向こうとした。クレアの姿をみて、自分の目を疑った。左腕がないからだ。
「ク、クレアさん・・・、いったい何が。」
月の光で操縦室は明るかった。操縦席などで影になり、血が飛び散っている様子は確認でできていなかった。
「ロブは?」
這う様にしてすこしずつクレアに近づいて、心臓の鼓動が早くなるのを感じていた。
「はう。あ、ロブは、パジェロブルーの爆発で倒れてました。」
クレアの姿を間近でみると、涙がとめどなくでてきた。
「ど、どうして、こんなことに。」
「どうしてかなぁ、パジェロブルーが爆発するなんてね。」
カスターは脱臼してない左腕で自分の服を引きちぎりクレアの左肩を抑えた。
「翼についていた物体は取り除いたんですけどね。」
「それはダミーだな。やっぱり、マイクロレッドオイル爆弾ができあがっていたのかなぁ。」
「クレアさん、しゃべらないでください。体力が消耗してしまう。」
「もう、いいんだ。」
「なにがです。」
「ジョナサンは死んだし、もう、レインたちは狙われる必要がない。」
当りを見回したが、ジョナサンの姿らしきものが見えなかった。
「ジョナサンが狙っていたのですか。いま、出て行った者は?」
「あれは、気にするな。」
「はぁ~。」
カスタは左腕をクレアの背中にまわそうとすると、クレアは制止した。
「やめるんだ。」
「どうしてです。」
「キャス、右腕をつかっていないのは怪我をしたんだろう。」
「脱臼したみたいです。痛い上に動かない。」
「そんな体であたしを助け出せれるわけがないだろう。」
「しかし。」
「ロブを連れて戻るんだ。」
「え?!」
「ロブとあたしの二人は無理だ。わかるだろ、それぐらい。」
「ログは・・・、生きてるかどうか。」
「死んでいても、連れて帰るんだ。」
「そんな・・・。」
右手を差し出して、カスターの肩を引き寄せ、抱きついた。
「お願いだ。このまま、あたしを置いていってくれ。」
「そんなこと、できませんよ!」
クレアは強く抱きしめた。その強さがカスターにはより一層辛く思えた。
クレアはカスターの顔を自分の顔に引き寄せて、唇にキスをした。
「?!」
驚きは隠せなかったが、クレアの唇が震えているのを感じた。
クレアはゆっくりと自分の額をカスターの肩に落とした。
「コーディも知らないことを知っていてほしい。」
「なにをですか。」
「セシリアの最初の子供のことだ。」
「え?!黒衣の民族の・・・。」
「ああ、そうだよ。パン屋の息子、コリンだ。」
「ええ?」
「キャス、君を危険な目にあわせるかもしれないけど、頼むよ。」
クレアはポケットから黒い玉を取り出し握り締めた。それはアニーのところから持ち出したものだった。
カスターがクレアの体を引き離すと、クレアの目が涙で潤んでいたのを見た。
「クレアさん。」
「来世でまた、会おう。」
クレアはゆっくりとまぶたを閉じた。目から涙がこぼれ、唇は紫色になっており、静かに手が落ちていく。
手の平がゆっくりと開き、黒い玉が零れ落ちていった。
クレアは息を引き取った。
「クレアさ~ん!!!!」