第四章 それぞれの受難 1
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
プラーナ(ジリアンのクラスメイト)
キャシー(レインのクラスメイト)
ポーリア(レインのクラスメイト)
ケイト(レインのクラスメイト・プラーナの隣人)
コリン(レインのクラスメイト)
ミランダ(マークの妻で診療所の看護士兼医療事務員)
カイン(山岳警備隊パイロット・カスター=ペドロの軍隊時の元同僚)
レテシア=ハートランド(元ホーネットクルー・グリーンエメラルダ号のクルー)
クレア=ポーター(診療所前医者ダン=ポーターの養女・医者)
登校日ではないのに、カスターはエアバイクにジリアンを乗せてオホス川を渡った。
ジリアンを街角で降ろす。
「キャス、ありがとう。」
「ジル、レインをドックに連れ帰ったら、また迎えに来るよ。」
「うん。ひとりでエアバイクに乗れるようにならないとだめだね。兄さんがいなくちゃ、僕、どこへもいけないんだ。」
ジルはそう言って、苦笑いをした。
カスターはジルの頭をなでてから、エアバイクのエンジンを入れた。
「ジル、プラーナの誕生日会を楽しんでおいで。」
レインのいない寂しさを隠しけれないジリアンはカスターにむかって微笑んだ。
診療所の受付の前でうろうろする女の子がいた。
ミランダは気になって、声をかけようとした。
すると、玄関のドアに入ってきた女の子が大声をだした。
「どうして、キャシーがいるのよ!」
受付の前にいてた女の子は振り返って、声がしたほうをみた。
「ポーリアこそ、なにしにきたのよ!」
「わたしはおばあちゃんの薬を取りに来たのよ。」
ポーリアは考え込んでから、答えた。
「あら、ポーリア。あなたのおばあさんなら、朝一番にお薬取りにきたわよ。」
ミランダにそういわれると、ポーリアは舌を出して、開き直っていった。
「ああ、そうだったわ。ほんとうはおばあちゃんから、聞いたのよ。レインが診療所に入院しているって。」
「何なの、それ。わたしもおばあちゃんから、聞いてきたのよ。」
ミランダは察しがついたが、目を丸くして、女の子たちをみていた。
そこへ勢いよく、ドアがひらいて、女の子があらわれた。
ポーリアがドアの前にいたので強く背中を押された。
「痛~い。」
「え、何なの。え、キャシーにポーリアじゃない。どうしてここにいるの。」
「え、ケイトったら、プラーナの誕生会に行ってたんじゃないの?」
「プラーナったら、レインが診療所にいてるっていうじゃない。でも、コリンは知らないみたいだから、わたし・・・。」
「おやおや、レイン目当てに女の子たちが押しかけてきたのか。」
マークが診察室から、にぎやかな声が聞こえるなと思って出てきた。
「先生、レインはどこの部屋にいてるの?」
「ああ、レインならここに・・・。」
レインがいてる病室のドアノブに手をかけて開けようとしても、開けられなかった。
すると、中から奇妙な音とともにレインの叫び声が聞こえた。
ガッシャーン。
「うあー!」
ドスン。
エアバイクを走らせていたカスターは、学校が見下ろせる場所にポツンと立つ電話ボックスの前で止まった。
中に入って、ポケットからメモを出して、それを見ながら電話をかける。
「ああ、もしもし、カスター=ペドロといいますが、カインさんはいらっしゃいますか。」
「ああ、カインだけど、キャスかぁ、ひさしぶりになったな、生きてたか。」
「あはは、ご挨拶だな、カイン。」
「お互い連絡取るのもはばかる感じだろ。生きているのも不思議な感じだな。」
「ああ、そうだね。」
「はめられて除隊されたっていう意見には合意したものの、冷静になってみて、もやもやをスッキリさせるより、自分の身を案じたほうがいいなって思っただろ。」
「まぁ、確かにそうだけど。あの時は、直後だったし憤慨していたのもあったしな。連絡しあおうって言って、今まで連絡しなかったんだものな。」
「今、何しているんだよ、キャス。俺は妻子もちになったよ。山岳警備隊でパイロットやってるよ。」
「へぇ、早速妻子もちですかい。うらやましいなぁ。僕は何故か、スタンドフィールド・ドックにいてるよ。」
「おいおい、マジかよ。アレックスの聖地を拝みにいったのか。」
「いやぁ、ドックのクルーになってしまってるんだ。」
「それはそれは、ご愁傷さま。あはは。命ないな。そういうとこだって聞いたぞ。」
「まぁ、確かにいろいろあるみたいだね。それより、聞きたい事があってさ。」
「なんだよ、聞きたい事って。」
「カインは、ホーネットクルーのことをよく知ってるかな。」
「ああ、知らないわけじゃないな。優秀なパイロット集団の部隊で、俺には入れないぐらいのレベルだぁな。」
「あのさ、ホーネットクルーで女性パイロットっていたのかな。」
「おお、いたさ。レテシア=ハートランドだ。スカイロード上官育成学校に鳴り物入りで入隊した上で野郎にとっちゃ、マドンナ的存在だった。」
「っていうのは、美人だったってこと。」
「まぁな、手足が長くてセクシーでさ、目が丸くて唇はウエットな、いや、実にいいオンナだったな。」
スカイロード上官育成学校に鳴り物入り?その言葉がカスターの頭の中で反響してきて、ピンと来た。
「ええっと、もしかしてさ、もしかしてさ、スクリュー飛行とか背面飛行とか、得意だったとか。」
「ああ、そうそう、アクロバット飛行が得意でさ、ホーネットクルーを除隊したあと、アクロバットショーに出ててスターのマイク・コールドマンとペアを組んでいたこともあったな。」
「ええ、アクロバットショーにでてたの?」
「うん、一時だけかな。あ、そういえば、ホーネットクルーのメンバーでクラスメイトがいてさ、当時小耳に挟んだ話だけど、スタンドフィールドの若い男と恋仲だったはず。」
「え、そうなの。え、ロブのことかな。」
「名前までは知らないけどな。
レテシア=ハートランドかぁ。懐かしいなぁ。
俺たちにほんと気持ち良い風を与えてくれたオンナだったな。」
「今も空を飛んでるのかな。」
「そうだなぁ。アプローチしてくる野郎たちに肩すかしして、天然ボケをくらわしてたんだ。
彼女のほんとうの恋人は空だろうって話さ。
でも、彼女は、確か、グリーンエメラルダ号艦長のニック=ハートランドの姪っ子かなんかだったはず。
あの艦は現役バリバリで空飛んでるから、グリーンエメラルダに乗ってるんじゃないかな。」
「ほう、あのグリーンオイル補給艦か。いつか会えるかもしれないな。でも、ロブの恋人だったなんて、初耳だな。」
「ホーネットクルーの連中ならどの程度の付き合いだったかよく知ってるだろうがな。まぁ、そんな長い付き合いじゃないんじゃないか。」
「ありがとう。これでなんか、僕のもやもやが晴れそうな気がするよ。」
「どんな話でそうなったか知らないけど。深入りするなよ。」
「そういうものじゃないよ。あはは。」
「レテシアを知るものは、ある意味恋に落ちたと同時に失望を味わうんだ。」
「空が恋人だから?」
「いいや、ケタケタケタと大声で笑う仕草であっけにとられて失望するのさ。」
「ゲラなのか。」
「金髪でないのも残念だが、美貌にこころを奪われただけだと、失望するのさ。ふふ。」
「ははぁん。そうですか。別れた理由がそれだとは思えないけどね。」
「ま、もし、寄ることがあれば、キャティナ・マウントーサ・ロッソ駐屯地の山岳警備隊を尋ねてくれよ。期待しないで待ってるよ」
「それまで、命があったらって話だね。あは。」
「はっはは。そんな縁起でもない話するなよ。」
「ありがとう、じゃ、寄ることがあれば、遠慮なく尋ねるよ。」
受話器を元の位置に戻すと、カスターは、下を向いて、ほくそ微笑んだ。
(ふふふふ、そういうことか。レインに、ちゃんと報告できるな。)
そして顔をあげてつぶやいた。
「ああああ、いいなぁ。男前だと、美人と恋人になれるのかぁ。クレア先生に言われたみたいに整形してみようかな。」
カスターは電話ボックスから出ると、エアバイクを走らせ、診療所に向かった。
BGM:「My Generation」Yui