第二十三章 月を射る 4
防毒マスクをつけた男はコーディの部屋に侵入した。
足音で男の様子に気がついた。クレアから護身用の武術を教えてもらったとはいえ、いざという時は身構えさえできなかった。
作業着のポケットからナイフを取り出した男は、コーディを切りつけようとした。コーディは素早い動きができないまでも、何とか交わしつづけていた。
男の手首を取ることができ、背中に回して動きを止めようとした。手首をひねり返されて、コーディの動きを止められた。
腹部を刺されたが、防具を身につけていたので、ナイフをはじき、男は前に倒れこんだ。それに乗じて、コーディは全身で男に体当たりをして、床にたたきこんだ。
男はうめき声を上げたものの、床を転がり、コーディから遠ざかった。それをチャンスにコーディは部屋から出ようとすると、男がナイフを突き立てて、突進してきた。
ナイフはコーディの上腕を突き、男に押され壁に挟まれて奥深くまで刺さった。
「うぐっー。」
男は突き刺したナイフを抜き、腕から血が噴出した。そして、その場で座りこみ、腕を押さえた。男はコーディの髪を掴み、壁にたたきつけた。
「ああー。」
気を失わなかったのを確認して、頭を床に叩きつけようとする。しかし、コーディは力いっぱい後ろに反り返った。
そして、男の腕を床に叩きつけて頭で挟んだ。男は髪の毛を掴んだ手を離した。
格闘がしばらく続いて、コーディが足で男の胸をけりこんだことで決着がついた。
コーディは血が出ている腕の上を布で縛り、血止めをはかった。
男が失神しているのを確認して、荷物を取り部屋を出た。
男を始末することはコーディにはできなかった。心配なのは、レインたちのことだった。部屋にいくと、レインもジリアンもいなかった。
それだけ確認すると、病院を出た。襲われたということは、レインたちも同じかもしれない。
しかし、ロブやディゴにこのことを知らせるよりは、自分自身がいなくなったほうが、無難だと考えた。
相手は殺すつもりがなかった。捕らえて情報を得るためだろう。病院に残れば、他のメンバーも危険な目にあわせてしまうと思ったからだった。
ジョナサンが格納庫に到着し、車から降りた。車はすぐに発進して格納庫から離れていった。
格納庫の入り口に、アルバートが倒れているのを見つけた。首元の脈をとり、生きている事を確認した。そのままにしてSAFに向かった。
SAFに乗り込むと、後ろから声をかけられた。ジョナサンは振り返らずに言った。
「どこかに潜んでいろ。」
その人物は暗闇に身を隠した。
ジョナサンが操縦室に入ると、パジェロブルーが離陸するのが見えた。低空飛行を続け、病院の建物に隠れて見えなくなった。
空挺はそのままで、倒れた男をなかに入れて、車は走り去った。
「そう、そのままそのまま、順調だ。」
操縦については専門外。外の様子を確かめるだけに来た。順調に事が進んでいると確認して操縦室から出て、エンジンルームに向かった。
クレアがようやく飛行場にたどり着いた。
空挺が一機、待機しているのが妙に気になったが、SAFがある格納庫に向かった。
格納庫の手前で車のタイヤあとが地面に残っているをみつけ、不思議に思った。
「アル、アル、聞こえるか。」
しばらくの間、呼びかけて、ようやく返事が返ってきた。
「ク、クレアさん。」
「どうかしたのか。」
「ああ、誰かに殴られて。」
「殴られただと!今どこにいる。」
「格納庫の入り口に・・。」
クレアは足早に向かっていった。座り込んで後頭部を撫でているアルバートの姿が見えた。
アルバートに近づく前に、タイヤの後が、格納庫の入り口で止まってバックしている様子がわかった。
「車が来たのか。」
「ええ?!いや、気がつかなかった。」
アルバートに手を差し出し、立たせた。
「レインたちと連絡が取れないんだ。それと、パジェロブルーが外に・・・。」
アルバートが滑走路にあったはずのパジェロブルーがないことに気がついた。
「え?!」
「パジェロブルーがないのか。」
「ああ、SAFの格納庫になくて、外にあるのを確認したんだ。外に出ると、あの空挺の側に車が止まって中から人が出てくるのをみていたら。」
「殴られたのか。」
「うん。」
アルバートは撫でていた手を目の前にもってきた。
「ひでぇ、血が出ている。」
クレアはアルバートの腕を取った。
「中に入ろう。ご褒美をやるよ。」
アルバートはクレアに腕を取られたまま、歩みを進めた。