第二十三章 月を射る 2
レインが検査を終え、病室にもどるまえに、ジリアンの姿が見当たらないのに気がついて病院のなかを探した。
階段の踊り場で、白衣の男性と話をしているジリアンをみかけて、声をかけようとしたが、その男性が見覚えのなる男性だったことに胸騒ぎがして、躊躇した。
ジリアンはその男性から、一枚の紙を受け取り、会話を終えた。白衣の男性は階段を下りていった。
「ジル、どうかしたのか。」
いなくなっていから意を決して声をかけると、困った表情をジリアンはしていた。
「レイニー、どうしよう。」
ジリアンに近づいて、受け取った紙に書かれている文字を読み取った。
「『セシリアが危ない。』って、これ・・・。」
その時、レインは白衣の男性が誰なのかを思い出した。
(劇場でセシルをエスコートしていた理事長だ。)
どういう理由で白衣の姿で現われたのかと考え込んだ。
「誰にも言わないようにして、ここから抜け出すように言われたんだ。」
その言葉で脳裏にかすめた言葉を口にした。
「罠だ。」
不思議な顔をしてジリアンがみているので、理由を述べた。
「そうなんだ。学園の理事長が白衣の格好をするなんて、おかしいよね。」
ため息をついて、迷う必要もないのに、なぜか気になってしまうジリアン。
「ついていく振りをして、僕が後をつけよう。危ないとわかったら、すぐに逃げるといい。僕が助けに行く。」
レインに言われて、すこし考えてみた。セシリアの身に危険が起きたとしても、自分に関係ないとおもっているところもあるが、セイラのことを思うと胸が痛んだ。
「気になるくらいなら、行動してみようかな。」
ジリアンの言葉に、レインはうなづいて、病室にもどり服を着替えて、行動を起すことにした。
アルバートはクレアに言われた「ご褒美」を合言葉に、検査を終えると服を着替えてSAFに向かっていた。
しなければいけないことは、前もって指示を受けていた。
検査で病室に泊まるのはクルー全員。停泊した際でもジョナサンはSAFから離れることはなかったので、この時しかチャンスはなかった。
ロブとディゴが見張り役として同じ病室にいる。アルバートと同室のカスターは睡眠薬で眠らせた。
SAFの操縦室に入ると、航路のセッティングを組み始めた。指示通りのことをやり終えて、アルバートは一息ついて周囲を見渡した。
三日月が白く輝き、闇夜を照らしていた。室内灯もつけずに、懐中電灯で作業をしていたので、月の光がやけにまぶしく思えた。
何気にSAFの装備確認をしていると、パジェロブルーが格納庫にない事を知り、あわてて、外に飛び出した。
SAFが待機している場所の周辺には見当たらなかった。
「いったい、どういうことなんだ。盗まれたというのか。」
アルバートは通信機で、クレアを呼び出した。
クレアは準備をしていた。コーディと病室が一緒だったので、これからのことを話し合っていた。
「わかった、あたしの準備が出来次第、そちらに向かう。アルのほうから、レインたちに連絡を取って欲しい。」
通信を終えると、おもむろに鞄からはさみを取り出し、髪を切り落とした。
「どうしたんですか、クレアさん。」
切り落とした髪を紙で包んでしばり、紙袋にいれて、コーディに手渡した。
「遺言じゃなくて、遺品。」
唾をのみこみ、紙袋を受け取った。
「遺品としてではなく、ウィンディさんへの思いとして預かっておきます。無事でいてほしいからです。」
クレアは目を閉じてうなづいた。
防具を体に装着し、武器を携帯して、その上から白衣を着た。
「死ぬ時は、医者の格好をしていたいと、ダンはよく言っていた。」
「クレアさん!」
「悪いが、命拾いをして、ことに当たる気持ちはないよ。命をかけて、勝負する。」
鋭い目のクレアをみて、コーディは泣きそうな顔をした。
「太陽を打ち落とすことができなくても、影でうごめく月をいることはできるだろう。」
クレアはそういうと、病室を出て行った。
コーディは涙をこぼした後、拭って、防具を装着しはじめた。
ロブとディゴに見張られたジョナサンは、トイレに行きたいからと病室に出ようとした。
ディゴが着いていくと言い出し、ふたりはトイレに向かった。
男子トイレに入ったあと、困った顔をディゴにむけて、ジョナサンは個室に入った。
ジョナサンが個室にはいると、そこには、白衣の男性が待っていた。
目で合図をして、お互いの着ている服を脱いで交換した。
ジョナサンが着ていた服に着替えた男が個室のトイレを出たが、ディゴは入れ替わったことに気がつかなかった。
ふたりは、病室に戻り、入れ替わった男は即座にベッドにはいり、ロブたちに背中を向けて横になった。
トイレの個室に残ったジョナサンは、白衣をきて、二人が去ったのを確認してからトイレから出た。
廊下から外が見える窓を眺め、ジリアンが外で立っているのを確認した。そして、上から、レインが植え込みに隠れている姿も見えていた。
ジョナサンは含み笑いをして、廊下を歩く速度を速めた。