第二十三章 月を射る 1
ジュエリーレイクの側まで来ると、湖畔に建つ大きな白い病院が、スワン村の図書館にそっくりだった。
しかし、スワン村の湖と違って、ジュエリーレイクは太陽の光を浴びて輝いていた。
雪山に囲まれ、その雪解け水が流れ込んで澄んだ水質のジュエリーレイクは、太陽の光が湖の底まで届いているほど透明度が高かった。
病院近くの飛行場でSAF号は着陸した。
クレアは、病院の前で立ち尽くして、スワン村でのことを思い起していた。
数日滞在していたが、スワン村に着いて間もない頃、図書館でレテシアに会ったときのこと。
その時はまだ、「白い魚」の本を手にしておらず、その存在すら知らなかった。白い魚の著者がまだスワン村にいるのではないかと思ったときにはもう遅かった。
確かに、白い魚の著者はスワン村に来てその本を書き上げ、女の子を出産していた。その女の子を行方を捜していたら、もういないことがわかった。
いなくなった時期が、レテシアがスワン村にいてた時期に重なっていたことが気になっていた。
考えていたことに当てはまっていたことをいましみじみと深く考えさせられた。
(あの時は、ダンのことしか考えていなかった。レテシアがなぜ、スワン村に来ていたのか、もっと深く調べることができていたなら・・・、いやなにも変わらないだろう。)
ロブとレインを見ていた。
(レテシアがあちら側にいてることで身動きがつかない。真実を知れば、あの二人はどうなるのだろう。知らせないことでレインにはまだ自由が利く。自分で考えて出した答えで正しい道を選ぶことができるだろう。)
絡まった人間関係のもつれは、本人次第で解くことができるだろう。しかし、意図的に感情を動かされて縛られたものは、なかなか解くことができないことにたどり着いていた。
無理に縛りを解こうすれば、身が切れてしまう。それとても危うくて、思うように行動できないでいた。
それはサンジョベーゼ将軍にとっても、同じことだったに違いない。息子を、そして娘のエミリアを、深い意味合いで人質にとられて身動きが着かない。
テオ=アラゴンとの話し合いでたどり着いたのは、皇帝崇拝派、皇帝廃嫡派、中間派(民族融合派)の3つが権力争いで派閥を組み、お互いを牽制しあっていることだった。
そして、その争いを操っている人物が、グリーンオイル製造工業の社長セルブラック=デ・ミストだった。
クレアが考えてたどり着いた組織がホーネットで、王族専用空挺部ホーネット隊が解散になったものを、秘密裏に行動できるように編成しなおされたものだった。
隊長だったテオは意図的にはずされていた。
そのホーネットのメンバーにレテシアが入っていて、何らかの指示によりスワン村で白髪の少女を連れ出したと推測していた。
おそらく、レテシアは組織が存続する意味を知ってはいない。なぜなら、彼女にはロブとレインを守るための手段としてホーネットに所属しているという意思があれば十分だとしていた。
クレアの中でたどり着いた考えはすべてコーディに伝えていた。
その場で背伸びをして、腹をくくった。
「矢でも鉄砲でももって来ればいい。それを大義名分にして、抹殺してやる。」
クレアが睨んだのは、ジョナサンの背中だった。
そして、クルーは病院の中へ入っていった。
クルーは検査用に着替え、医療学園都市で受けた健康診断と同じく、検査は一泊二日で行われた。
検査はクルーだけでなく、一般の患者も含まれていて、フロアーはごった返ししていた。
レインが行くべき診察室を見失って、うろうろしているところに、どこか見覚えのある白衣の男性をみかけた。
思い出そうとしても思い出せない。医療学園都市でみかけた医者がここにいてたとしても、覚えているはずもないのに、思い出せないことに歯がゆく感じていた。
ジリアンをみつけることができて、安心し、ようやく落ち着くことができたレインの耳に、叫び声が聞こえた。
「キャッー。」
診察室の前に置かれた水槽の魚たちが次から次へと浮いていく。
そこには、怯えた看護士と、紙コップを手にしたクレアが立っていた。
病院の警備員がかけつけ、事情を聞こうとした。
コップを握りつぶして、怒りに震えていた。
違う診察室から、コーディが現われた。クレアにそっと近づいて、囁いた。
「口にはしていませんが、わたしのコップにも異物が混入されていたと思います。」
「たぶん、これはほんの脅しだ。」
クレアは当りを見渡した。
警備員のひとりは看護士に事情をつぶさに聞こうと別室に連れて行こうとした。看護士はただただ「わたしではありません。」と叫ぶばかりだった。
クレアは他の看護士に促されて、自分の病室にもどることにした。
レインは騒ぎの中、視界に先ほどの白衣をきた男性が早足で立ち去る姿をあった。
(あの男性はこの騒ぎに何か関わっているのだろうか。)
後ほど、クレアに話をしてみようと考えた。
コーディも検査を中断して病室にもどろうとした。
クレアを殺そうとすることは、セシリアの最初の子が誰なのか、知らないままになる。それは敵にとっては都合の悪いことのはずだった。
しかし、あからさまに殺そうとするのは、クレアが毒の入った検査用の液体を見抜くと最初から計画しての犯行だったとの推察がつく。
次は確実に殺すと言った脅しに他ならないと。
クレアは病室に戻ると、電話を掛けた。相手は第六秘書のセリーヌだった。
「セリーヌ、悪いが、レテシアの相棒の動向を調べて欲しいんだ。」
「レテシアさんの相棒と言いますと、グリーンエメラルダ号のクルーの方ですね。」
「ああ、白髪の少女だと思うのだが、グリーンエメラルダ号を離脱、あるいは、離れる行動をとっていないかどうか。それが知りたい。」
「わかりました。出来る限りの手を尽くして、情報を得てみます。」
「よろしく頼むよ。」
白髪の少女が乗っ取りをするとしたら、満月の夜。昼間に操ることができたのはおそらく夜のうちから仕込みができていた可能性があるだろう。
先手を打つ必要がある。彼女を止めることはできないかもしれないが、こちら側で防ぐことも可能なはず。
レインがクレアの病室に現われ、さきほどの白衣の男性の話をした。
「めがねをかけていたのか。」
「あ、はい。」
「白目を向いていたかどうかまではわからないな・・・。」
「あの、前みたいに、ホテルマンのようなことが・・・。」
クレアはレインに笑顔を向けた。
「大丈夫。心配は要らない。これがあるでしょ。」
クレアは通信機の腕輪をかざして、指を指した。
「病院じゃ使えないでしょ。」
「まぁね。でも、病院で人殺しなんてしないよ。」
レインを安心させて病室から出そうとした。
「なにか、気になることがあったら、今のように何でも言ってきて。」
レインは納得がいかないような顔をして、病室から出た。
白衣の男が誰なのか、わからない以上は何も出来ないと、自分に言い聞かせてその場を離れた。