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第二十二章 楔を打つ 8

大きな水槽がいくつも並んでいる場所にレインたちは案内された。

「うわぁ、すごい。こんな大きな魚までいるんだ。」

ジリアンより大きな魚が優雅に泳ぐ水槽が目の前にあった。

周りを見わたせば、大きな魚だけでなく、小さな魚が群をなして一緒に入れられたりしていた。

ジリアンは小さな魚をみて大きな魚を見上げたりして、不思議そうに首をかしげていた。

「セリーヌさん、この小さな魚って、大きな魚に食べられたりしないのですか。」

「定刻にエサ用の小魚をあげているみたいですよ。泳いでいる小魚を食べないようにさせているみたいです。」

ダニエルは3人とは距離を置いて壁に持たれかけていた。目線はあくまでセリーヌの足からお尻にかけてだった。

ジリアンは小さな水槽に目がいき、そこにはキラキラひかるうろこをまとった魚が泳いでいた。

「すごい、これって、南の海にいてる魚でしょ。生で見たのは初めてだなぁ。」

「そうです。よく、ご存知ですね。」

「うん、学校の図書館でよく図鑑をみていたんだ。」

「ジリアンさん。理事長の邸宅にいらっしゃれば、珍しい魚がたくさん見られますよ。」

セリーヌの言葉に、ジリアンはすこし胸が痛くなった。

理事長のデュークから、養子にならないかと言われたことを思い起こした。

輝かせた目が一瞬にして暗い様子になり、節目がちに水槽を眺めてジリアンは言った。

「セイラは元気かな。」

「ええ、お元気ですよ。ジリアンさんに会いたがっておられました。お母様のセシリア様がお戻りになりませんので、お寂しいのです。」

水槽のガラスに手のひらを合わせていたが、指を立て始めた。

(僕だって、そばにいてあげたいって思うよ。)

いえない言葉をこころのなかでつぶやいた。

「これって、食べられないようにされているのって、でも、いずれ食べられちゃうんでしょ、セリーヌさん。」

空気の読めないレインはあからさまに水槽を指差して、たずねた。

「食べないそうですね。ここの店主が観賞用に飼育しているのです。いずれ、このお店の入り口に展示する予定だと聞きました。」

「へぇ~。」

「レイニー、小さい魚と大きな魚がこの大きな水槽で生きているっていうのは、人間の世界と同じなんだよ。食べられないようにするためにはなにか別のことをしないとだめなんだ。」

ジリアンの意味深な物言いにレインは考えても無駄なような気がした。

「ジリアンさんの言うとおりですね。大きな海での生態系なら、食べられてしまう小魚も、この水槽でなら、人間がエサを与えるので食べられない。食べられてしまうと、生態系がくずれてしまいますからね。」

「食べられてしまうだけの小魚だけじゃ、次第にいなくなってしまうんだよね。」

優雅に泳ぐ魚たちを眺めて、レインとジリアンは自分たちの運命が誰かの手によって左右されているのかという考えがすこしよぎった。

「こんなところにいたんだ。」

アルバートがやってきて、ダニエルの横に立った。ダニエルが何をしていたのか、声を掛ける前にすこし後ろで見ていたので鼻で笑った。

「食事は終わったから、ドックに帰ろう。」

ダニエルはそそくさと、その場から立ち去った。

レインたちが店の入り口に戻ると、セリーヌが立ち止まっていった。

「用件は済みましたので、ここでお別れします。また、お会いしましょう。」

深々とお辞儀をするセリーヌに、みんなは礼を言った。

フランクを町のはずれで、エアバスから下ろした。

「みんな達者でな。ダニエル、シモンによろしく伝えてくれ。」

「はいよ。」

クレアは無言でフランクに手を振り、レインとジリアンは礼を言って別れを告げた。


ガラファンドランド・ドックには、テオと部下ふたりが到着していた。

エアジェット3機がデッキに待機していた。

シモンと話をしている間、部下のひとりが当りをうろうろとして、誰かを探していた。

「キャサリン、ロブなら逃げ出したぞ。」

「どこへですか、シモンさん。」

「ハハ、どこって、俺が言うわけがないだろう。」

詰まらなさそうに、テオの部下であるキャサリンはSAFの方へ近づいていった。そして、もうひとりの部下もついていった。

「あれが、スカイエンジェルフィッシュ号か。趣味の悪い塗装だな。」

「そうね。嫌がらせじゃないのかしら。」

「例のエアジェットを見てみたいな。」

「ああ、そうね。レテシア少尉がデザインしたって言う機体だったわね。」

二人の背後から、チャベスが近づいた。

「嬢ちゃん、やっぱり、来たんだな。」

「嬢ちゃんっていう言い方、いい加減やめてくれないかしら。チャベス。」

声でチャベスだと判断したので、キャサリンは後ろを振り返らなかった。

「大手造船所の会長さんの娘さんを捕まえて、お嬢さん扱いしない者はエスパニシーオネにいないからな。」

「それって、馬鹿にしてるんでしょ。」

キャサリンが振り返ってチャベスを睨んでいると、もうひとりの部下が叫んだ。

「あ、あれ、あれがあのエアジェットか。」

ドックのデッキに立つ3人が、目にしたのは、パジェロブルーが飛行している様子だった。

「ああ、パジェロブルーか。」

「わかったわ。あれにロブが乗っているのね。ひとりなの?」

「いや、めがね男を乗せているはずだ。」


一方、エアジェットには滅多に乗らないカスターがパジェロブルーに始めて乗っていた。

足元がガラス張りとはいえ、下が見えることに恐怖して、青い顔をしていた。

ロブはキャサリンが来るのを知って、パジェロブルーに乗り込んだ。

一人で飛行するつもりだったが、なぜかカスターを乗せてしまった。

「試しに乗っておいたほうがいい。」

「操縦なんて、出来ないよ。」

「もし、万が一のことがあったらだな・・・。」

「万が一に僕が操縦することになったら、それこそ、墜落するよ!」

「それでも、着陸できるくらいの手順を覚えておいて欲しいね!」

けんか腰のやりとりが続いて、二人はパジェロブルーで飛行することになった。

横から眺める分には、気持ちがいい。

エスパニシーオネの街並みや海岸沿い、逆を向けば、限りなく広がる水平線に海の広大さを感じて、清清しさを得られる。

しかし、下をみれば、座席に固定されているとはいえ、落下しそうな勢いの長めだった。

海岸沿いを飛行すれば、岸壁に落ちて体が砕けるところを想像してしまって、気分が悪くなる。

そうした高揚と落ち込みで上下して、次第に平常心でいられなくなった。

いろいろと口にしてわめいていると、ロブがぼやいた。

「キャサリンと一緒にいたほうがましだったかな。」

ロブは予定より早く切り上げて、ドックに戻ることにした。


デッキに着陸すると、キャサリンが走りこんでいてロブに飛びついた。

「ダーリン、わたし、待ちくたびれたわ。」

「誰がダーリンなんだよ!」

「あらぁ、いつでも、わたしはOKなのよ。レテシア少尉と別れてからわたしを迎えに来てくれるって首を長くして待っているのに。」

ロブはキャサリンを突き飛ばした。

「キャーッ。」

その様子を目を丸くしてみていたカスターだった。

「え?!ナニナニ。ロブに、オンナがいたの?」

「いるわけないだろうが。」

ロブは足早に立ち去ろうとした時、そこに、青い顔をしてロブの様子を見ていた者がいた。レインとジリアンだった。

(いちばん、見られたくない奴がここにいた。)

逃げるようにしてその場からいなくなった。

突き飛ばされて尻餅をついたキャサリンを、カスターは右手を差し出した。しかし、キャサリンは無視をして、自分で立ち上がった。

飽きれた顔をしたものの、レインたちの方へ向かっていった。

「お帰り、どうだった?」

茫然としていた二人はカスターの言葉が耳に入らなかった。

(この二人にも僕は無視されているのか。)

そこへチャベスがあらわれた。

「おい、大丈夫か。妙なものをみたのか。」

チャベスは目線をキャサリンに向けると、何があったのか理解できた。

「おまえさんたちは、キャサリン嬢を知らないんだな。」

「ええ、どういった方ですか。」

カスターが聞き返すと、キャサリンがデッキから出て行く姿を見計らって口を開いた。

「エスパニシーオネきっての大手造船所の会長さんの娘さんで、アクロバット飛行コンテストで優勝常連だったロブに一目ぼれしてエアジェットの飛行士になったんだ。」

「ひとめぼれですか。」

「ああ。このドックに入り浸ってて、スタンドフィールドドックに何度も行った事があるんだが、レテシアのことがあってから、軍に入隊したんだ。それから、テオ少佐の部下になった。」

「へぇ。でも、ロブは無碍に扱うんですね。」

「ああ、あい変わらずだな。」

ふたりの会話が耳に入らなかったわけでもなかったので、ジリアンはつぶやいた。

「ロブ兄さんって、やっぱりモテるんだ。」

「女性の話しなんて、聞いたことなかった。」

「うん。兄さんもレテシアさん一筋なんだよ、きっと。」

レインはばかばかしく思えた。きっと考えれば考えるほど、ロブとレテシアの事を心配すればばかばかしくなるんだと思った。

キャサリンはもうひとりの部下を引き連れて、テオのところへいこうとした。

「キャシー、見たか。あれ、ロブとレテシア少尉の息子だよ。少尉にそっくりじゃないか。」

「そうね、ほんとそっくりね。」

わざとらしく強調されて言われていたので、腹を立てながら、靴音をならし手を大きく振って歩いた。

ロブがシモンの部屋に入ろうとすると、アルバートが立っていた。

「中には入れないよ。」

「俺を中に入れさせないのか。」

「そうだよ。」

舌を鳴らしたロブの後ろから、靴音を立てて近づいてくるキャサリンがきて、中に入ろうとした。

「あんた、誰?」

「わたしはキャサリン=オルブライト准尉。中にテオ少佐がいるなら、入れて頂戴。」

「だめ。」

「何ですって。」

「大事な話をしているんだよ。お嬢ちゃんは入れないの。」

顔を赤くして怒ったキャサリンはアルバートの足を力強く踏もうとしたが、交された。

「よく、お嬢ちゃんだって、わかったな、アル。」

「ああ、クレアさんからキャサリン嬢は中に入れないようにいわれたから。」

ロブは仕方なく、キャサリンともう一人の部下を連れて、デッキに戻ることにした。

「話があるんだが、キャサリン。」

「ええ?ロブから、何の話かしら。」

甘い声を出して、キャサリンはロブについていった。

キャサリンはもう一人の部下についてこないように言ったが、ロブが止めた。

デッキで、ロブは単刀直入にレテシアと一緒にいる白髪の少女のことを聞いた。

「名前をイリアっていうらしいの。」

「イリア?」

「ええ、年のころは、18歳くらいかしら。」

「どうして、それを?」

「あら、少尉がアクロバット飛行をしているなら、相棒がいるでしょ。どんな人物か気になるところでしょう。」

ロブは、感嘆の声を漏らして、自分の思量の至らなさを嘆いた。

「グリーンエメラルダ号のクルーから小耳に挟んだの。クルー自体もイリアを直接見た人は少ないらしいわよ。でも、レテシアが娘のようにかわいがっているっていうのは聞き及んでるのよ。」

自慢げに話すキャサリンと違って、だんだんと落ち込み暗くなるロブは、レテシアの身を案じた。

脳裏にはコーディに言われた手紙のことが浮かんできて、あれから何度も書いて書き直し、まだ、書き上げていなかった。

もうひとりの部下が吐いたことばに、ロブの揺れていたこころに突き刺さった。

「もう、30歳過ぎたんだから、少尉もいいかげん、空を身一つで飛ぶ危ないことはやめないといけないよな。まるで、自殺行為だ。」

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