第二十二章 楔を打つ 4
カスターはひとり、ドックのデッキを立ち尽くしていた。
見渡す限りに、水平線が広がり、左手に街並みがちらりと見えるだけ。
エスパニシーオネの奥にある崖にそびえ立つのが、ガラファンドランド・ドックだった。
さきほどの顛末を思い返していた。
朝起きた時は、多少頭痛がした。ワインの呑みすぎである。振舞われた晩餐の食事が美味しくて呑みすぎたのだ。
朝食が済んで、ロブとディゴが揉めている様子に、口出しをしたら、相手にされなかった。
しょげていると、ドックのオーナー・シモンから声を掛けられた。
「おまえさんは、たしか、クルーの通信士カスターだったな。」
「ええ、そうです。なにか?」
「クレアのことはどう思っている?」
「?!。ウグッ。」
予想外の質問に、動悸が襲って、カスターは顔を赤らめて胸を押さえた。
しばらく考え込んで、質問の意味を深読みしていた。
「変な質問だったか。ロブやディゴじゃ、頼めないことを頼みたいのだが。」
「え?!」
「ロブたちには理解できないことかもしれないのでな。」
「理解できないこと・・・。死んでからのことですか。」
「なにか、言われたのか。」
「いえ、今のクレアさんは自分の体が汚れていると言ってました。だから、今度生まれ変わったらって。」
「ふむ。」
シモンはしばらく無言だった。そして、ロブとディゴが揉めている様子を眺めていた。
「悪いが、カスター。」
「はい。」
「クレアに何かあったら、ロブたちに言う前に、俺に連絡をくれないか。」
「え?どうしてですか。」
「ロブたちには、知られたくないというのは、クレアの養父も同じ事を思っていたことで、おそらくクレアもそうだと思う。」
「はい。」
「クレアはこれから、なにかしようとしているのだと思う。ダンと同じことになるかもしれない。」
「そんな!」
声を荒げたカスターに対し、シモンはカスターの口を押さえた。
ロブとディゴは振り返ったが、カスターは苦笑いをして、何もないという素振りをした。
「ダンも真相を隠し通したのは、知っているだろう。」
「はい。」
「ならば、クレアも同じことをするだろう。」
「そんな・・・。」
「ロブたちがそれをすれば、どんな行動を起すかわからん。それはダンもクレアも望んではいないことだろう。」
カスターは無言でうなづいた。
「だからだ。クレアに何かあったら、俺に連絡をほしい。アニーと話しあって、君にもわかるように説明しよう。その時にな。」
「わかりました。必ず、説明してくださいね。」
「ああ。」
カスターが真顔でシモンと話をしている様子を、ロブは横目にしながら、ディゴと口論を続けていた。
「俺はもう、我慢ができないんだ。」
「ジョナサンは、よせ。」
「あいつらの命が掛かっているのなら、放っておけるわけがないだろう。」
「だから、落ち着けって言ってるんだ。それこそ相手の思う壷かもしれない。こちらが疑った動きをするのは良くない。」
「じゃ、わかっていて、素知らぬ振りをしていろっていうのか。」
「そうだ。少しは冷静な行動をとれるように、しておくんだ。」
ロブは横目をちらつかせながら、腕組みをして、ディゴをにらんでいた。
ロブの目線の動きに多少気にしていたが、見ている方向がシモンとカスターだったので、気にしないようにした。
「クレアさんが、何も話してくれないから、おとなしくできないんだ。」
「ロブ、お前は子供じゃないんだら、拗ねるなよ。」
「拗ねてなんか・・・。」
「クレアは、お前に短気な行動を起して欲しくないのだろう。レテシアのことがあるからな。」
ロブはぐうの音も出せなかった。
真顔で立ち尽くすロブの姿をカスターはシモンが去ったあと、見た。
そして、口論が終わったのを見届けて、デッキで物思いにふけっていた。
クレアは、写真を壁から取り外した。
「勝手にそんなことしていいのですか?」
レインが目を丸くして、クレアにたずねた。
「アニーに思い出話でもしてもらおう。お茶が進むよ。」
クレアはふたりに笑顔を向けて言い、写真をレインに手渡した。
二人がリビングに行くと、コーディがお茶を入れているところだった。
「アニーさん、クレアさんがこの写真についてお話をしてもらいなさいって。」
アニーは目を細めて、レインから写真をとった。
「ああ、これかい。懐かしいのおぅ。」
アニーは写真を見ながら、椅子に座るよう促した。
コーディはお茶を入れ終わると、台所へいき、もどってきて皿に盛られたお菓子を持ってきた。
「アニーさんが用意してくださったクッキーです。いただきましょう。」
レインとジリアンはおそるおそる、お茶を口にした。
苦味が口に広がったと同時に甘みを感じて、不思議な顔をしていた。
「ふふ、ハニーカモミールじゃ。風邪をひきにくくしてくれるお茶じゃよ。」
レインはクッキーに手を伸ばした。
「いただきます。」
「あの、アニーさん。ロザリア・・・さんのお話を聞かせてください。」
ジリアンは、改まった顔をして、アニーにつめよるようにいった。
「ロザリアかい。か弱い子じゃったな。」
ロザリアの思い出話を始めた。