第三章 ロブ=スタンドフィールド 3
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
ゴメス=スタンドフィールド(主人公の父)
ロザリア=スタンドフィールド(フレッドとロブの実母。ゴメスの前妻)
アレックス=スタンドフィールド(主人公の祖先)
マーク=テレンス(タイディン診療所の医者)
クレア=ポーター(前タイディン診療所の医者ダンの養女・医者)
ヴェンディシオン川は何度となく、災害を起こした。
分流するオホス川との間に三角州のようにできた土地はあっという間に洪水で埋もれてしまう。
アレックス=スタンドフィールドが存命のとき、ヴェンディシオン川に治水として、地下水を分流させるなど大掛かりな工事を手がけたりした。
それでも間に合わず、ヴェンディシオン川やオホス川に接する土地の住民は災害にあい、命を落とすことがしばしばあった。
この苦難を治めるために、建立されたのが、テラスのある大理石像、それはレジーナ像と呼ばれた。
アレックスに空挺・アレキサンドリア号を譲与した皇帝・レジーナ女帝は早世し、その若さゆえにアレックスへの想いが深く、悲しみの願いが災害という形であらわれたと人々に思われたところから、像を建立したのだという。
アレックスの死後、そのテラスはどんなに除草しても、雑草が生い茂り、テラスを覆い隠してしまうため、スタンドフィールドの人々は、レジーナがアレックスへの想いを恥ずかしがって、隠したがっているのではないかと考えた。
たびたび、災害に見舞われ汚泥にまみれようが、そのテラスは枯れ枝や木々に覆われ、姿を隠し通した。
たびたび、災害に見舞われて雑木林が一掃されるのだが、そのたびに蘇生し、また雑木林にもどることを繰り返し、その一帯は5M以上の高さの雑木林にはならなかった。
それは木々が生長し、雑草が生い茂ることがなくなると、テラスの姿があらわになるのを恐れているかのようだった。
スタンドフィールド家は、そのテラスを秘密の花園として、一族以外の者には足を踏み入れないようにしていた。
熱心に祈りを捧げたのは、ロブの実母であるロザリアで、幼い頃のロブは、ただその後姿だけを眺めていた。
ロブが熱心に祈りを捧げるようになったのは、フレッドを失ってからだった。
(祈れば何とかなるとか、おもっちゃいないが、俺にできることがあれば祈ることでもしていたい。)
自分の無力さと弱さを自覚して、母親を想った。母親にしかできなかったことを今の自分がするべきだと悟った。
ロブは、テラスを去ったあと、墓地に向かった。
そこは、岩山の小高い丘にあり、墓地からテラスが見下ろせる位置にある。
ロブが、墓地に足を踏み入れると、マーサの墓にだけ花が供えられていた。
(たびたび、墓地に来るとみかけるが、誰がおいているのだろう。)
墓地のいちばんうえに、アレックスの墓があり、そこへ一礼すると、ロブは父親の墓にきて座り込んだ。
(俺は親父のように、口出しするときはする、しないときは一切しないとタイミングよく振舞えないな。)
口やかましいだけの兄を演じているという違和感があって、甘い対応をしてしまっていると一人になってみて反省してみた。
日が暮れはじめたころ、父親の墓に長い影が差し掛かった。
ロブが後ろを振り向くと、カスターが立っていた。
「昼過ぎには墓参りに行ったみたいだっていうけど、帰りが遅いものでね。迎えに来たよ。」
立ち上がって、ロブは服についたほこりを払った。
「ふふ。後ろから見ていると、怒られてしょげかえっている子供みたいだったよ。ロブ」
「レインが怪我をしたから、俺がしょげてるとでもいいたいのか。」
「なんだぁ、自覚しているのか。ふふ。」
「俺はレインにくらべれば、怪我なんていくらでもしたんだ。怪我ぐらいでしょげるか。」
「クレア先生から暗号通信が入ったよ。」
昨日の今日、マーク・テレンスからクレアの話を聴いたばかりで、ロブはタイミングよすぎるなと思った。
「『近日中に、そちらに伺うので、話がしたい。』ということです。話ってなに?」
「知らないよ。もう荷物を運べとは言わないさ。」
「クレア先生とロブって、あ・うんの呼吸で空をエア・ジェットで行き来してたんだろう。浮いた話のひとつでも・・・」
「お前か、キャス。テレンス先生にいらぬうわさを耳にいれたのは?」
「違うよぉ。二人をよく知る人物っていっぱいいるじゃないか。いらぬうわさってどんなうわさなんでしょうか。」
あきれた顔で、ロブはカスターを見ていた。
「やれやれ」
ロブは目を閉じて考え込んで、父・ゴメス=スタンドフィールドと一緒に墓参りに来たことを思い出した。
岩山を背にして、ロブは左を指差して言った。
「俺が11歳で親父とふたりで墓参りに来た時、今みたいに太陽が沈みかけていた。」
何を突然話し出すのかと、興味深深で話を聴くカスター。
「岩山から突然エアジェットがあらわれたかと思うと、それは左右の翼を回転させて、まるで風車を風に押し当てたかのように、スクリュー飛行してきたんだ。」
ロブは左を指ししめした腕を、そこにエアジェットが飛んでそれを追いかけて指差しているかのように動かした。
「俺は一瞬で心が奪われたよ。」
その言葉がなにを意味しているのか、カスターには最初わからなかった。
「すごいことをする奴がいる。俺もあんなふうに飛んでみたいって。」
どこかで聞いたような言葉だなってカスターは思って聞き入った。
「その機体は、また岩山から現れたかと思うと、今度は背面飛行して、俺たちの真上を飛行していったんだ。度肝を抜いたよ。」
ロブはまるでそこにその機体がいるかのように上を見上げて言った。
カスターは驚きの表情で、その状況を思い浮かべ、ロブと一緒に上を見上げた。
「真上を通過するとき、その機体の操縦席で手を振る女の子が見えたんだ。」
「え、女の子?!」
「ああ、それが俺の初恋なんだ。」
「はぁ。へぇ。」
カスターはすっとんきょうな声を出して驚いていたが、少し考えてロブの考えていることを理解した。
「ああ、そう、わかったよ。つまり、あれだよね、クレア先生は初恋の女性じゃないって言いたいんだ、ロブ。」
照れくさそうにしながらも、口をゆがませて、カスターから目をそらした。
「親父もお前みたいに、あっけにとられた変な顔をしていたさ。そんな親父の顔をみたのは初めてだったよ。」
笑みを浮かべて、ロブは歩き出した。
「そのとき、親父はこう言ったんだ。『あの馬鹿、お調子者のじゃじゃ馬娘を連れてきやがった。』ってね。」
「あ、それで、その後、進展あったわけ?」
「お調子者のじゃじゃ馬娘は翌年、スカイロード上官育成学校に入隊した。」
「ああ、そう。11歳のロブに、ええっとぉ、14歳かな、その女の子って。すると今は31歳。」
残念そうに言ったカスターだったが、その先のネタをひねりだそうとしてロブの後ろについて歩き出した。
「なにが言いたいんだよ、キャス。」
「今でも、その女性のことを思い続けているとかじゃないよね。」
「なにを、言うんだ。」
「クレア先生に手も出さないなんて、男としておかしいでしょう、ロブ。」
「おかしくはない。クレア・ポーター先生は、命がけで医療行為をしている女性で俺は敬意をあらわして接している。」
「クレア先生ったら、ロブにモーションかけているのに、ロブったら目もかけてやらないんだから。」
「気持ち悪いから、やめろよ。」
「ね、その女性は美人だったんでしょ。」
「そのうち、会うだろう。相変わらず、空を飛び回っているっていうことらしいから。」
「え、その女性のこと、ちゃんと把握しているんだ、やっぱり・・・・。」
「やっぱり、じゃない。飛行気乗りに命をかけた人間は、それがやめられないんだよ。」
ロブは自分に言い聞かせるように、その言葉を吐いた。
「さっさと、帰ろう。暗くなる。」
「はいは~い。」
カスターは、ロブが言った言葉になにか引っかかりの答えを感じていたが、その言葉の意味を今は理解できないでいた。
BGM:「初恋サンセット」メレンゲ