第二十二章 楔を打つ 3
エアバスでドックを出ると、街に少し入り、すぐ人気のない道へと入っていった。
山道を走るエアバスは、霜が降りている所為で濡れていく。
二日酔いが抜けていないダニエルの運転で、酷く揺れる。
クレアは気にしていない風だった。
山道を抜けると、舗装されていない道になり、浅瀬の川が現れると、そこをエアバスが上流に向かって進んでいく。
周囲は黒々とした木々に囲まれていた。
「魔女でも住んでいそうだね。」
アルバートの言ったことに、ダニエルがぼやいた。
「ああ、たしかにアレは魔女だな。」
「いらないことは言わなくていい。ダニエル。」
ダニエルは首をすくめた。
川は滝つぼに差し掛かった。
「みんな、シートベルトをしっかり掴んでくれ。」
エアバスは左に反れて、ジェット噴射で上空に向かって飛んだ。
黒い森が広がり、緩やかな傾斜山並みが続いていて、谷間をエアバスは飛んでいく。
飛行先に滑らかな崖が広がると旋回して、奥へと入り込む。
日差しが入り込まない、暗がりの谷間へと入り込んでいく。
ホバリングをして、木々が生えていない岩場へと着陸した。
エアバスから降り、岩場からも降りて森の中をいく。うっそうと生い茂る木々を掻き分け、一行はある古びた一軒家にたどり着いた。
クレアが玄関のドアをノックすると、中から声がした。
「はいな、どちらさんかね。」
「あたし。アニー。ちょっと大勢で着たけど、中に入れてもらえないかしら。」
クレアは普段使わない言葉を口にしたので、背中に虫唾が走ったように震えた。
ギッギィー
古い戸が開き、中から背の低い老婆が出てきた。
「クレアかい。」
目を細長くして、クレアの背後にいてる者たちを見ていた。
「ほう、コーディも来たのかい。家が傾かないかね。」
苦笑いをしながら、コーディは「ご無沙汰してます。」と挨拶をした。
ダニエルとアルバートは家の外で待たされた。
クレアとコーディ、レインとジリアンが家の中に通された。
玄関のドアは低く、みんなかがまないと中に入れなかった。
玄関を入ると廊下があり、左手に台所、右手に書斎と古びてはいるが、整理整頓された清潔な状態の部屋が続く。
奥まで行くと、植物園のような部屋が現れた。
中は実験室のようになっていて、いたるところに植木鉢が置かれ、植物が葉を生い茂らせてお互いを主張しあって覆っているかのようになっていた。
その部屋の様子をジリアンはプラーナが植物研究している将来の姿を思い浮かべて、感動のまなざしで眺めていた。
車輪がついた椅子に腰掛けて、老婆はため息をついた。
「はぁ、いよいよ、来なすったね。」
コロコロと腰掛けた椅子を動かし、戸棚に向かうと、腰の位置の引き出しを開けて、小瓶を取り出した。
「ようやく、調合できたよ。」
元に位置にもどり、クレアの前にその小瓶を取り出した。
「ほれ。」
「ああ、ありがとう、アニー。依頼していたものを覚えていてくれたのね。」
老婆はニタニタと笑いを浮かべ、クレアは冷や汗をかく思いで口にしていた。
老婆は、レインたちのほうへ指を指した。
「あの子達は、ラゴネが言っていた、ゴメスの孫かい。」
クレアは振り返って、二人の顔をみた。
レインとジリアンは、ゴメスの孫として紹介されたのは初めてだったので、キョトンとしていた。
「ええ、そうです。こっちがレインで、こっちがジリアン。」
老婆はジリアンを指差した。
「フレッドの子かい。そっくりだね。いい子に育つといいね。」
クレアは二人に老婆を紹介した。
「こちらの婆さんが、ダンのお母さんでアニー=ポーター。薬剤師でもあるけど、グリーンオイルの生産資格を持っているひとでもあるのよ。」
レインは少し眉をひそめた。ジリアンだけ興味をもたれたのが気になったのと、クレアの言葉遣いが妙な感じがしたからだ。
「初めまして、ジリアン=スタンドフィールドです。」
ジリアンは挨拶をしながら、レインに肘で突いた。
「あ、初めまして、僕はレイン=スタンドフィールドです。」
アニーは目を細めて、二人をみた。
「悪いが、わたしゃロブが嫌いでね。あの子は人のいうことを聞く子じゃなかった。ゴメスに似て頑固で意地っ張りだった。」
レインはあっけに獲られた。ロブの素性を知っている人物に会ったのが珍しく思えた。
「ああ、アニーは、シモンと一緒でスタンドフィールドにいたことがあってね。ロブの小さいころをよく知っているのよ。」
「その点、フレッドはいい子じゃった。図体がでかくても威張ることもなく、誰にでも優しく振る舞い、強くて頼れる男の子じゃった。」
アニーはそういうと、目を潤ませて、着ていたエプロンのポケットからボロの布切れを取り出し目頭を拭った。
アニーは椅子をコロコロと動かし、ジリアンのそばに寄ってジリアンの手をとった。
「お前さんは良い子になる。ああ、良い子じゃとも。親思い、兄弟思いのフレッドの子じゃもの。」
ニコニコと笑顔でジリアンを見つめるアニーに対して、ジリアンは作り笑顔を返すことしか出来なかった。
怪訝な顔をするレインの側により、クレアは囁いた。
「アニーは、ハートランド艦長とは仲が悪くてね。レテシアのこともあばずれにしか思っていないの。」
好奇な目でみられることが良くあっても、最初から倦厭される扱いを受けたことがなかったレインは、ただただ、理解不能だという顔をするしかなかった。
クレアはおもむろに小瓶を手に取った。
「これが成長剤解毒剤なのね。」
「あんたが手に入れた成長剤で作ってみたけど、テオが手に入れたものとは少し違っていて、効き目が悪かったんじゃ。一応、品質改良を施したがね。」
クレアは、小瓶を見る振りをして、目を泳がせて周囲をみていた。
アニーが椅子をコロコロと動かして、動き回る様子にクレアを背後しにした途端、クレアはコーディに合図を送った。
「アニーさん。みなさんにお茶でも入れて差し上げたいのですが、わたしは要領を得ませんので、台所へご一緒していただけませんか。」
しばらく黙っていたアニーは深くうなづいて、椅子から立ち上がった。
「そうじゃのう。元気の出る薬草茶でも飲んでもらおうかのう。」
アニーの歩く後ろを支えるようにコーディはついていった。
「レイン、ジリアン。コーディの後に着いていって、リビングで待っていなさい。」
ジリアンもようやくクレアの口ぶりが違和感を覚えて、眉をひそめて返事をした。
「はい。」
レインは壁にかかった写真に目が止まり、返事をしなかった。
「クレアさん、この写真。」
その写真で、レインが知るものが映っていた。それはゴメスの若い頃だった。
一緒に映っている美しい女性に目がいっていた。
「ああ、アニーがスタンドフィールドにいた頃の写真だね。この若い女性がアニーで、ああ、ゴメスの横にいるのが・・・。」
「誰なんですか。」
「ロザリアだと思う。」
「え?!」
レインが言葉にしなかったことをジリアンが言った。
「お祖母さん?」
「そそ、ロブとフレッドの実のお母さん。あたしも初めて見たわぁ。」
そして、ジリアンは余計な一言を言った。
「美女と野獣・・・。」
レインはジリアンの頭を軽く叩いた。
「イタッ。う、ごめんなさい。」