第二十二章 楔を打つ 2
夜遅くになって、クレアとアルバートがエアバイクをドックから借りて、出て行った。
明日の朝が早いと聞いたのに、何をしにどこへ向かうのだろうと、二人が出て行く様子をロブは見ていた。
そんな姿を同情していたコーディは、声をかけた。
「シモンさんの息子さんを迎えに行ったそうですよ。」
「ダニエルか。」
「明日行く場所を案内してもらうことになったそうで、朝が早いから連れ戻しに行くそうです。」
ロブは納得したとコーディに背を向け片手を振り、去っていった。
クレアたちが向かったのは、歓楽街だった。
エスパニシーオネのネオン街をすこし山の手にいったところに行くと、女郎屋が立ち並ぶ。
利用者はさまざまだが、ほとんどが船乗りだった。
「質の良いオンナは、ここにはいない。あばずればかりだ。」
「僕は興味ないですよ。」
「そうだったね。」
クレアとアルバートはそっけない会話のやり取りをしながら、エアバイクを降りてダニエルを探していた。
クレアの顔見知りが声をかけたので、ダニエルをみかけなかったかと聞くと、一発で判明した。
妖精旅館という名前の店に入り込み、支配人に問い合わせをかけ、シモンから預かった金を手渡すと、ダニエルがいる部屋番号を教えてもらった。
クレアはアルバートに受付で待っているように指示をした。
アルバートが待っていると、クレアは顔に痣をつくった痩せたオトコを連れてもどってきた。
「イテテ、イテテ。たまには優しくしてくださいよ、クレアさん。」
「何を寝ぼけたことを言ってるんだ。あたしとの約束破って、こんなところにしけこんでる場合じゃないんだよ。」
クレアはそのオトコの襟足を掴んで、足で横っ腹めがけて蹴りを入れた。
「イテェ~ッ」
アルバートがその様子をみて、クスクスと笑っていた。
そのオトコはアルバートを見て、自分より弱いと外見で判断して、強気でにらんだ。
「オイ、ダニエル。アルバートはお前みたいな弱いオトコなんて、ひとひねりなんだよ。」
薄笑いをやめないアルバートはクレアの言葉に訂正を入れた。
「クレアさん、ひとひねりなんて、豪腕ないい方しないでください。僕はスマートに叩き込むだけですよ。」
クレアは襟足を掴んでいたオトコをアルバートに突き出した。
「オンナみてぇな面しやがって、抜かしたこと言うなよ。」
オトコの顔を薄笑いを浮かべたまま、アルバートは見ていた。
「アル、ダニエルを寝かしつけてくれないかな。」
「はいはい。」
アルバートはダニエルの突き出した顔を顔色も変えずに見たままで、膝をみぞおちに叩きつけた。
「グェッ。」
オトコはみぞおちを両手で押さえ込みかがむと、アルバートは上から両手を組んで背中に叩き込んだ。
「ウゲェ。」
ダニエルというオトコは、そのまま、床に伏せて気を失った。
ダニエルが乗ってきたエアバイクにアルバートがのり、クレアは失神したダニエルを後部に乗せて乗ってきたエアバイクでドックに向かった。
翌朝、ドックの食堂で、レイン、ジリアン、コーディ、クレア、アルバート、そして痣だらけのダニエルが集まった。
クレアに首根っこを掴まれたダニエルは、皆の前で朝の挨拶をして、自己紹介した。
「おはようございます。俺はダニエル=ボルトといいます。ドックで塗装工しています。」
クレアは深くうなづいた。
「今日は、クレアさんの言いつけにより、アニーさんのところへ行き、その後、ショルダー伐採所へ案内させてもらいます。」
「ハイ、よく出来ました。」
ダニエルの首根っこを突き放し、解放したクレアは席に着いて、食事を始めた。
みんなはクレアに続いて、朝食を食べ始めた。
「クレアさん、アニーさんって、どんな方なのですか。」
みな、痣だらけのダニエルをみて驚きはしたもののいつものようにしていて、レインが恐る恐る聞いてみた。
「アニーは、ダンの母親なんだ。」
「え?!」
「ダン先生にお母さんがいたのですか。」
コーディとアルバートは黙々と食事をしていた。
「誰にでも母親はいてるものだよ。ダンの母親は、薬剤師だったんだけど、森に引きこもって、薬草の調合をしたりして研究しているんだよ。」
「はぁ、そうですか。」
「朝が早いうちに行っておかないとあえないからね。それと、森にいくには、エアバスで行かないと。それでこのダニエル君に案内してもらおうと思ったのさ。」
クレアはちびちびと食事をしているダニエルの肩を引き寄せ、ダニエルは怯えて返事をした。
「よろしく頼むよ。」
6人は、食事を終え、支度をすませて、エアバスに向かっていた。
シモンがクレアを引き止めた。
「話がある、ちょっと。」
シモンはクレアを呼びつけて、ふたりで話せる場所へと移動した。
そこは、設計室だった。
「なにか見つかったのですか、シモン。」
「いや、何も見つからない。」
怪訝な顔でクレアはシモンを見ていた。
「だが・・・。」
「だが?」
「何かを取り外した後がある証拠は見つかった。」
「何かを取り外した?」
シモンはクレアの言葉に深くうなづいた。
シモンは白い紙を取り出し、机の上に広げて書き始めた。
「これがパジェロブルーの翼だとする。ここにオイルタンクが収納されていて、エンジンに注がれる管があるわけだが。」
絵を描き、内容を説明していくシモン、真剣なまなざしで書かれた絵を見入るクレア。
「この管を取り出して、覗き込んだら、澱がこびりついている箇所があったんだ。」
クレアはしばらく考え込んだ。計器類が狂ったとき、エンジンタンクに澱が溜まっていたことを思い出した。
「グリーンオイルの澱ですか。成長剤を使いすぎて、鉄分を分解してしまって澱ができてしまうという。」
「俺はそこまで知らないが、グリーンオイルの澱らしいものがこびりついているのが確認できた。しかも、下側じゃなく、横だ。」
シモンは一呼吸置いて、話を続けた。
「おまえさんも知ってのとおり、磁石で鉄粉を引き寄せるとそのかたちに媚びりつくだろう。まさにそれ、長方形の形をしていたんだよ。」
クレアは腕組みをして、考え込み、うーんと唸った。
「磁石だと簡単に取り外しはできる。成長剤でグリーンオイルに澱ができるなんて予測ができなかっただろうな。俺も驚いたぐらいだから。」
「このことは他に誰が?」
「チャベスと、俺ぐらいだ。他言無用にしてある。」
「察しが良くて助かるよ。」
シモンは自分が描いた紙をライターを手に取り火をつけて燃やした。
「証拠としては残らないが、確証は得た。後は、相手が動かないなら、こちらから動くしかない。」
シモンはクレアの肩に手を置いた。
「逸るなよ。命は大事にするんだ。相手は確実にお前たちの命を狙っているだろう。それがこないだの赤い閃光だったんじゃないのか。」
クレアは目を閉じて言い返した。
「あんなのは脅しにしかならない。そして、そんな脅しには乗らない。相手が動かないのは、正体を知られたくないから。こっちはもう正体をつかんでいるのだから。」
「俺は、説教できる立場にないから、これ以上は何も言わない。アニーも呆れてたぐらいだしな。」
シモンはクレアの肩から手を離し、設計室のドアを開いた。
「さぁ、アニーに会ってくるといい。説教はいまさらしないと思うがな。」
「ああ、行ってくるよ。シモン。」
シモンの横をすり抜けていくように、クレアは設計室から出て行った。
この光景を前にもみた気がしたシモンは、考えた。
「そうか、前にもダンとここで・・・。」
シモンは、こころのなかでつぶやいた。
(ドックを発つともう、2度とクレアに会うことはないのだろう。)