第二十二章 楔を打つ 1
SAF号は海岸沿いを飛行し、漁業で栄える港エスパニシーオネにあるガラファンドランド・ドックを目指していた。
クレアの目的は、テオ少佐と落ち合うことだった。エスパニシーオネには軍の設備はないものの、軍人は配備されていた。
ガラファンドランド・ドックはスタンドフィールドとも縁故で空挺修理工場を営んでいるが、テオ=アラゴン少佐の機体を専属で修理しているところでもあった。
他にも、ジョナサンの行動を不審に思い、空挺全体を再点検する意向だった。
「やったぁ!美味しいものが食べれるぞぉ。」
行き先が決まると、カスターは叫んだ。
漁業で栄える港には、鮮魚が豊富な上、空と海の運搬業が栄えていることもあいまって、食材も豊富だった。
腕自慢のシェフが集まり、思い思いの店を出していることで有名な港でもあった。
ジリアンは浮かない顔をした。先日まで難民と行動をともに、食べ物は必要栄養分しか口にしていなかったからだ。
そのことを察して、コーディがジリアンに言った。
「美味しいものを食べるのはエスパニシーオネの人たちにとって贅沢ではないのです。与えられた恵みを美味しくいただく姿勢があるからです。
ジリアンさんはお肉を食べるようにしましょう。食べることで筋肉がつきますよ。」
ジリアンは深くうなづいて、納得した。
右側で水平線に夕日が沈みそうな時、左側で海岸がまばらにネオンを散りばめた状態となり、煌々と光り輝く街並みが広がり始めた。
ドックには向かうと連絡してあって、ドックの責任者シモン=ポルトは快くSAFを迎え入れ、晩餐をひらきもてなした。
「久しぶりに会ったのに、まるで昨日のことのようだな。スワン村へ行くと言って黒衣の民族に襲われてブルーバードを失ったことをだ。」
「シモン、あの村は曰くつきでね。必要とされないものには近づくことさえ出来ないらしい。ロブを連れて行こうとしたのが間違いだったんですよ。」
クレアはレインたちの叔父であるラゴネ=コンチネータの製造したワインをシモンに振舞った。
シモンはラゴネとは旧知の仲で、上機嫌で晩餐の会話を盛り上げていた。
晩餐は酒の勢いで長くなり、時間をもてあましたレインとジリアンは失礼することを謝ってから席を立った。
二人がいなくなったのを見計らって、シモンがロブに言った。
「スタンドフィールドは未来が明るいな。うらやましいよ。」
「何を言ってるんですか。シモンには後継者がいるでしょう。」
シモンは酒に酔ったことを感じて空ろな目でロブを見ていた。
「相変わらず、オンナの尻を追いかけてる馬鹿息子か。あれを後継者として認めたら、このドックが馬鹿にされる。」
「プレッシャーに負けているのでしょう。まだ若いのですから、長い目で見てあげましょう。シモン、あなたを慕って一所懸命に働いている技能者がたくさんいらっしゃる。」
ロブは少し同情し、慰めたつもりだった。
「ロブ、君も痛いほど理解しているだろう。ゴメスが死に、フレッドも死んで、技能者が去っていったことを。
私が死んだら、その者たちも去っていくに違いない。」
ロブ自身、自分の振る舞いで技能者が去っていった現状がスタンドフィールドにはあった。
「ええ、痛いほどわかります。ディゴがいなかったら、ドックは再建する余地もありませんでした。」
その言葉にディゴが口を挟んだ。
「技能者も生活がかかってる者は見切りをつけるものですよ。我がドックには、わが身を振り返られない、自分の腕を信じ腕を磨かせてくれたところを恩返しもせず去ることなんてできない野郎どもが残ってますから。」
「そうだなぁ、スタンドフィールドは、ここと違って家族ぐるみが多かったからな。ラゴネと一緒に肩身の狭い思いをしたものだ。」
シモンは一笑して弱音を吐いたことへの至らなさをかき消した。
レインとジリアンはドックのデッキに出ていた。
そこにはエアジェットの機体がいくつも並んでいた。
年老いた男性がひとり、機体を修理していた。
「こんばんわ。仕事中すみません。見学してもいいですか。」
レインは男性に声を掛けた。
男性は振り返りもせず、言った。
「子供が来るところじゃない。あっちへいきな。」
レインは眉をひそめて近づこうとしたのをやめた。
ジリアンはレインの服を引っ張った。
二人は男性から、後ずさりした。
男性は修理の手を止め、しばらく考え込んだ。
「スタンドフィールドの連中が来てるって聞いたが、お前ら、スタンドフィールドの子たちか。」
そういいながら男性はようやく後ろを振り返って、二人をみた。
「レテシアにそっくりだな。お前がレインだな。」
レインは汚い軍手で指を指されて、その指先にある男性の顔をみて驚いた。
顔の半分が青く痣になっていたからだった。
ジリアンはレインの露骨な反応に、横から肘でつついた。
「あ、そうです。僕がレイン=スタンドフィールドです。ママ、いえ、お母さんを知っているんですか。」
軍の施設に到着すれば必ず聞かれたが、ガラファンドランド・ドックにきて、レテシアの名を聞いたことがなかった。
「ああ、わしはチャベス=ギャロだ。グリーンエメラルダ号にいたことがある。」
チャベスは軍手を脱ぎ、レインに握手を求めた。レインは躊躇することなく、手をさしだし、握手した。
ジリアンもついでとばかり、手を差し出すと、チャベスは眉間にしわをよせながら、ジリアンと握手した。
「僕はジリアン=スタンドフィールドです。あのぉ・・・。」
「ああ、フレッドの子だな。そっくりだからすぐわかるよ。フレッドのことはロブより買ってたからな。残念だよ。」
そういうと、チャベスは修理場にもどり、作業を続けた。
「見たけりゃ、好きなだけ見るといい。質問は少なめにしてくれな。」
二人はかしこまって、「はい。」と返事をした。
修理されている機体をふたりはあっちこっちとうろうろしながら見ていた。
塗装はほとんどされていない機体で、ところどころ、泥がつき、木々の汁が染みているような部分がところどころ見られた。
「この機体はどのようにして、使用されていたのですか。」
ジリアンが質問した。
「森林伐採を営んでいるところが、保有している森林に薬剤を巻くのに使用したんだ。この辺は海が近いので塩害があったりするんだ。」
作業の手を止めないチャベスにレインは関心していた。
「墜落したのですか。」
「ああ、そうだ。木に引っかかったんで大破を免れたんだ。」
ジリアンの質問が出るたびに、レインは自分が遅れをとっているんじゃないかと焦った。
自身はただ、機体を手で撫でて質感を確かめている振りをすることしかできてなかった。
チャベスはレインの方をチラリと見て、二人にわからないように鼻で笑った。
次にジリアンはチャベスのところへ来て、作業する様子をじっと見ていた。
レインはあわてて、ジリアンのそばにより、同じように見ていた。
「エンジンが焼けちゃったんですか。」
「ああ、手入れしないものだからな。この手に気を使わない連中は壊れるまで遣いこむしか脳がないからな。」
レインはチャベスが作業している様子をみて、エンジンの焦げ具合を見ていた。
チャベスが焦げた部分を清掃してしまっているので、焦げ後の様子で機体が動かない具合が判断できなかった。
チャベスは突然手を止めた。
「フレッドが亡くなったのはそう昔のことじゃないだろうが、お前たちを教育したのはロブかい。」
二人は顔を見合わせた。
「教育というか、いろんなことを教えてもらったのは、ドックにいている人たちで・・・。」
「だろうな。ロブはレテシアの尻を追いかけていたから、技能が身についていないだろう。」
二人はチャベスの口の悪さに閉口した。
「相変わらずですね、チャベス。」
その声に二人は驚いて振り返ると、口角をゆがませたロブが立っていた。
「おう、男前。生きてたかぁ。死んだと聞いたと思ったがな。」
「悪いんですが、まだ、死ねないのでね。」
「まぁ、このガキふたりを残しちゃ、死ねないわな。」
しばらく、ロブは黙っていた。
レインとジリアンは罰が悪そうに、その場から立ち去ろうとした。
「二人とも、シャワー浴びて、寝るんだ。クレアさんが街に連れて行くと言ってたから、明日の朝は早いぞ。」
「はぁい。」
二人はなま返事をした。
二人が去る様子をロブとチャベスは眺めていた。
「レテシアにそっくりだな。あんなに似るとまでは思わなかったな。」
「オトコなのにってやつですか。」
ロブは、近況を聞こうとチャベスに話をしに来た。
クレアから聞けない、情報がチャベスから聞けないかと思ったからだ。
チャベスから聞いた話は、レテシアのエアジェットの相棒が白髪の少女だという話しだった。
「白髪の少女?」
「ああ、年のころは18歳だと聞いた。軍に所属していない。つまり、艦長の独断で乗せているらしい。」
「いつからですか。」
「さぁな、去年くらいからみかけたと聞いた。」
「誰にです。」
「テオ少佐率いるエアジェット隊のメンバーだ。」
その言葉に、ロブは少し顔をゆがませた。
「ほら、お前さんも知っているだろうが、べたべたまとわりついて好かれているキャサリンの嬢ちゃんだよ。」
チャベスは意地悪な笑いを浮かべた。
ロブは嫌な顔を隠そうとしなかった。
「レテシアのことをいろいろと調べているらしい話は艦長から聞いてたんでな。ちょっと探りを入れたら、嬉しがってしゃべるぞ、あの嬢ちゃんは。」
ロブは情報ほしさにキャサリンというオンナに頼み込んでいる姿を想像してみたが、有り得ないと打ち消した。
「シモンが言ってたなぁ。スタンドフィールドのオトコには、女難が憑き物だって。」
ロブの嫌な顔をみてチャベスは一笑した。