第二十一章 川面に映るもの 4
河川敷にSAFが着陸すると、レインたちはジョイスたちに別れを告げて、搭乗していった。
SAFが離陸すると、レインとジリアンは、窓からしたを見下ろした。
一生懸命に手を振るジョイスがだんだん小さくなっていくと、ジョイスの無事を祈った。
クレアは診療室の診察台に膝を抱えて憂いでいた。
コーディがクレアの様子をみて、いつになく落ち込んでいると感じて、音も立てずに診察室から出た。
クレアはウィンディを想った。
(はやまったことはしないでほしい。わたしたちが恨んでいる相手は復讐するような相手ではない。)
クレアが考え付いた答えに、ダンの服毒死が歯止めをかけたのだから、ウィンディにも歯止めを掛けないといけない。
全裸で絡まった二人の体、求めていた情熱がそこにはあったのだと確信できた。
自分の腕を撫でて、ウィンディの肌を思い出していた。あの肌が震えて怯えている姿は思い浮かべたくない。
しかし、ジョイスの父親の正体を知った時、どれだけの衝撃がウィンディに起きただろうか。
セシリアの遺伝子情報を教えて欲しいと言ったとき、理由を聞けば良かったのだろうか。後悔しても遅い。
朝方、川で水浴びをしたのは、後悔を振り払うため。そして、自らを清めるための儀式。
汚れきった体は洗い流せない。しかし、こころは汚れていないはず。
ジョイスはテレンス夫妻にまかせよう。ウィンディも安心するだろう。
そして、自らは、罠を仕掛ける事に集中しようとしていた。
コーディが診察室を出て、倉庫へ向かおうとしたとき、ロブに声を掛けられた。
ロブは思いつきで、コーディにクレアへの疑問を問いかけた。
「クレアさんがなにをしようとしているか、コーディがわかる範囲で教えてもらえないだろうか。」
「クレアさんがロブさんに教えないことを、わたしがどうして教えることができるでしょうか。」
「全部は、話せなくてもいい。少しだけでも聞かせてもらえないだろうか。」
「わたしもクレアさんと同じ気持ちで、レテシアさんを理解できないうちには、クレアさんが考えていることも理解できないと思います。」
口をつぐんだロブの姿をみて、コーディは同情していた。
「ロブさんはいづれ、その人物と戦わなくてはいけないと思うのです。しかし、ただ単に殴り合って喧嘩するわけにはいかないのです。」
「どういうことなんだ、コーディ。レインたちの命を狙っている人物が誰なのか知っているのか!」
「それは、あなた方だけの問題ではないのです。だからこそ、自分のプライドを捨てて、愛情を確かめる必要があるのです。でなければ、レインさん、ジリアンさんの命だけを救うなんてことはできやしないのです。」
ロブはすこし面食らった。コーディがそこまで知っていて、言おうとしない姿勢に。
「わ、わかったよ。コーディがそこまで言うのなら。しかし、もう、レテシアと会う機会はないし。俺はいったいどうしたらいいのか。」
「会う機会がないいわけじゃないでしょう。一度目のチャンスは逃しました。このことで大きな痛手を負わないように、先手を打ってください。」
「先手?」
「手紙を出すのです。」
「レテシアに?」
「そうです。なにも、ストレートに書く必要はありません。話し合いをしたいとだけ書けば良いことです。話し合いをするのはロブさんあなた自身ですることです。」
青ざめてロブは考え込んだ。
「わたしがロブさんにして上げられるとしたら、そういったアドバイスしか思い当たりません。」
コーディはそう言って、頭を下げて、その場から立ち去った。
コーディの後姿をただ茫然と見ているだけで、ロブは手紙を書くことへの抵抗感で頭がいっぱいになっていた。
非難してきた河川敷の川は、他の川と合流して大きな川となった。深さは増し、森の中をうねるように流れていく。
SAFはその川にそって飛行していった。
次第に、森から平野に変わり、そして、牧草地へと変わっていった。そして、川は大きな海へと流れ着いていった。
海にまた、出戻ったことで、展望台にいたレインはレテシアと再会したことを思い出していた。
太陽にまぶしく明るい母親の姿。命を危険に晒したことで、自分の命がなくなったら、レテシアはどんなに悲しむことだろうと考え、すこし切なく思えた。
レインは自分たちの命を狙う人物がどんな人物かも知らない。クレアが知っているであろう、その人物から身を守るためにはロブが不可欠だということをジリアンと語っていた。
エミリアにもらったスカイブルーのスカーフを手にして風に晒した。
手放せば、このスカーフは亡くなってしまう。エミリアへの思いもなくなってしまうのだろうか。
風に揺られているスカーフをみて、自分自身を重ねて考えてみた。
ここで手放せば、確実に海に落ちるだろう。下手をすればSAFのどこかに引っかかるかもしれない。でも、それは元のかたちのままではいられなくなるだろう。
スカーフをギュッと握り締めた。
(なにも諦める必要なんてないさ。)
そう思ったとき、母親のレテシアはきっと、ロブの事を諦めていないだろうと思えた。
だから、離れていても、ロブの事を思うことが出来るんだと。
そして、こころのなかで、ある結論に達した。
信じよう、ママも、ロブのことも、そして、自分自身も。
愛しているから、信じることが出来ると。