第二十一章 川面に映るもの 3
寝泊りする場所を与えられて、非難した子供たちは一斉に河川敷に向かい、水浴びをし始めた。
レインたちは夜、川に入ることには抵抗があった。
ここの川は底が浅いのを承知しているが、夜の川は冷たくて、浴びるどころの話ではなかった。
しかし、ジョイスは平然と水浴びをしていた。
「俺たち、難民キャンプでは水浴びするのに慣れてるから、冷たくても大丈夫なんだよ。」
レインたちはクレアからタオルをもらい、それを濡らした体を拭いた。
「ジョイス、夜警はしなくて済みそう。トランスパランスのメンバーで警護担当の者がこちらでも配備してくれるという話しだから。」
クレアはジョイスにタオルをかけ、髪を乾かしてあげながら言った。
「それは良かった。これで今晩はゆっくり眠れる。」
「トランスパランスの幹部が災難を逃れたであろう大人たちとの連絡をとってくれるというので、落ち着いたら今後どうするか話し合ってくれる。」
ジョイスは頭を垂れされるがままの状態でクレアに言った。
「明日にはもう、レインたちやクレアはここを去るんだね。」
「ああ。しばらくは辛いかもしれないが、ここが落ち着いたら、動くといい。」
「うん。」
「これだけは言っておく。ウィンディはジョイスを見放したりしたんじゃない。生き延びて幸せになってほしくて、別れを決意したんだ。」
「うん。わかってる。ウィンディより先に命を落としてしまうようなことになったら、俺を生んだ事を後悔したくなるって、そう手紙には書いてあった。」
頭をタオルで包まったジョイスをそのまま、抱きしめた。
「どんなに離れていても、ウィンディはジョイスを愛しているし、幸せを願っている。それだけは忘れないでいてほしい。」
「うん。」
深い森の奥で、白い壁に覆われたコミュニティは月明かりでより一層輝いているように思えた。
レインたちは無事でいられたことに安堵感をもったものの、このまま無事でいられるかどうかの不安がよぎっていた。
寝泊りしている建屋は明かりがついているうちは賑やかだったが、就寝時間が決まっていたので、明かりが消えると、ひっそりと静まり返った。
トランスパランスの警護の者たちが建屋の周辺に配置された。
足音が響いたが、建屋のなかで眠る子供たちは疲れきっていて寝入っていた。
アルバートは眠れず、建屋の入り口で座り込んでいた。警護の者たちが素通りしていく姿を眺めていた。
アルバートはいつの間にか寝入ってしまい、朝靄がかかって冷えてきたのを感じて目が覚めた。
肩まですっぽり布が掛けられているのに気がついて、立ち上がった。
顔を洗おうと、河川敷に行くと、クレアが全裸で水浴びをしていた。
靄がかかっていて姿かたちはわからない。クレアの服らしきものが河川敷に置かれているから、全裸なんだとわかった。
アルバートは川に近づくことはしなかったが、そこから離れることもしなかった。
クレアは水浴びを終えて振り返り、服がある場所に誰か立っているのに気がついたが、眼鏡をかけておらず、わからなかった。
「俺だよ。」
声からアルバートだとわかると、裸のまま、近づいて行った。
動揺することもなく、服のそばまできて、濡れたまま、着こんだ。
眼鏡を取り、かけると、髪をまとめあげた。
その様子を身動きすることなく、アルバートは見ていた。
「クレアさん、ご褒美はいつもらえるのかな。」
「今ではないことは確かだ。」
アルバートはそのまま、立ち尽くし、クレアはその場から立ち去った。
靄が晴れると、建屋の子供たちは一斉に置きだすと、川に向かい、顔を洗い始めた。
レインたちも同じように、顔を洗った。
レインは川面に映る自分の顔を見て、レテシアを思い出した。
(今頃、どうしているだろう。僕たちのことを知って、心配していないだろうか。)
「なんだよ、レイン。男前だからって、自分の顔に見とれているのか。」
ジョイスが背後から声をかけ、からかった。
「そんなはずないだろ。」
レインは自分の顔が映った場所に手でバシャバシャとかいた。
ジリアンがジョイスの肩に手をかけ、言った。
「レインは自分のソックリなお母さんを思い出していたんだ。
ジョイス、レインはお母さんと離れて暮しているんだよ。」
その言葉に、ジョイスは罰を悪くした。
「俺は顔が似てないから、疑われることなかったけどな。似てなくて良かったかな。鏡みて思い出すこともない。」
悪びれてそういったものの、言ったことに対して悲しくなってきた。
ジリアンはジョイスの肩に置いた手を強く握った。
「強がるのはやめよう。ただ、僕たちもジョイスと同じ境遇だって言いたかっただけなんだ。」
「そうなんだ。ごめん。」
素直に謝ってジョイスはジリアンの手に自分の手を置いた。
「俺、ここが落ち着いたら、ドックへ行くよ。」
レインとジリアンは顔を見合わせた。意外だったからだ。
「僕たちと一緒にSAFで・・・。」
「ああ、俺、高所恐怖症なんだ。建物にいる分にはいいけど、空飛んでいるのはだめなんだ。」
ジリアンは少し目を丸くした。
「空飛ぶのがだめなんて、それだけは気持ちが理解できないや。ごめん、ジョイス。」
「はは、そうなんだ。そうだよなぁ、あのピカピカ光った飛行機を乗り回しているもんな。」
「いつか、ジョイスをパジェロブルーに乗せたいなって思ったんだけど。」
「無理!」
「即答だね。」
3人は笑った。
「僕たちより先に、ドックにいるかもしれないね。僕たち、これからもSAFに乗ってあっちこっちへ向かっていくから。」
レインはジョイスの方を向きながらも、別のところを見ているかのように言った。
「前にも言ったけど、僕たちがいなくても、ドックの人たちが歓迎してくれるから。」
「わかったよ。じゃ、今度会うときは、ドックで会おう。約束だ。」
ジョイスが右手を差し出すと、レインとジリアンも右手を出し、3人で握手をした。