第二十一章 川面に映るもの 1
深い森に朝がくると、白い靄があたりを覆い尽くし、体を休め眠りにつく子供たちを覆い隠しているかのようだった。
武器をもったジョイスたちは疲れきった体を木々にもたれて休め、見えないながらも耳の感覚であたり見張っていた。
クレアは寝息をたてるウィンディを抱きしめていた。
ロブは叱られた子供のようにひざをまげて足を両腕で抱えてうずくまっていた。
レインとジリアン、カスターとアルバート、それぞれに寄り添って、眠っていた。
交代を言われて、ようやくジョイスは武器を手渡して、眠りについた。
目が覚めたウィンディはジョイスのそばに寄り、手紙を置いた。
「ほんとに、いいの?」
「ええ、あなたに任せるわ。クレア。」
トラックで移動中、ふたりは話し合った。
ウィンディはジョイスと離れる事を決意していた。
「クレア、前にも話をしたわね。ジョイスを生んだ理由。」
「ええ。」
「これからは、ジョイス自身のために生きていて欲しいの。生んだことを後悔したくないから。」
ウィンディは、強姦されて、ジョイスを身ごもった。
犯人を突き止めるために、ジョイスを生んだというのが理由だった。
「一度、生んだ事を後悔したわ。育てる自信を失くした時よ。愛しいってどうしても思えなくて・・・。」
ウィンディは育児放棄として、生後3ヶ月のジョイスに乳を与えず、餓死させようとしていたことがあった。
「小さな手をちからいっぱいに、わたしの指を握って、一生懸命、乳を欲しがった。あの時の苦しみを乗り越えて二度と死なせはしないって誓ったの。」
クレアはウィンディが言いたい事を考えあぐねていた。
それまで危険な目に合うことを承知でそばにおいていた。親子として生活できなくても、一日一度は顔を合わせて無事を確認できる生活に満足していた。
その生活を手放してまでの決断は何だったのかと。
決断させたもの、それを口にしないまま、クレアはウィンディの話を聞いていた。
「あの子は、クレアを信用しているわ。あなたの言うことながら、聞いてくれると思うの。」
「悪いけど、他人の子供の面倒はそんなにたくさん見切れない。ロブ、キャス、アル、レイン、ジリアン、この上、ジョイスまでなんて、無理よ。」
「ふふ、そうね。でも、面倒見て欲しいわけじゃないわ。あの子が自分で自分のために生きていけるように、アドバイスしてほしいの。」
「見守ることもできそうにないけど、誰かに言付けて置くことはできるわ。」
「言付けておく?」
「ええ、スタンドフィールドドックを拠点に巣立っていく分には、大丈夫だろうと思う。テレンス夫妻に見守ってくれるよう言付けておけるわ。」
「そう、そうしてもらえると、ありがたいわ。あなたが育った診療所を守っている夫妻ね。」
「で、面と向かって話すわけ?」
「ううん。手紙でも書いて、黙って去るわ。」
ウィンディはジョイスの頭にキスをすると、施設にいた軍人たちとともに、徒歩でその場を去った。
次第に靄が晴れ、朝日が木々から差してきた。
鳥たちの鳴き声が森のなかに響き渡り、森に住む生き物たちが活発に動き始めようとしていた。
その動きに呼応するかのように、レインたちは眠りから覚め始めた。
ロブが目を覚ますと、立ち上がり、クレアを探した。
クレアはひとりトラックの助手席で寝ていた。
ロブはその姿をみて、レインたちがなぜ狙われたのか、尋ねることを諦めた。
布をかぶって寝ていた子供たちもつぎつぎと置きだし、建屋に向かっていった。
建屋では備蓄された非常食があり、建屋に来たものから配給していった。
ロブは、コーディがいないことに気がつき、カスターを起して、理由を聞いた。
「クレアさんに言われて、SAFにもどり医療の消耗品搬入の作業することになっていたよ。」
しばらくして、起きていたアルバートがロブに言った。
「なにか、あったら、SAFにフォレスタ・プロフォンタへ行くよう指示していたよ。」
大きなあくびをしながら、そう伝えると、ロブはクレアが寝ているトラックの方を見てにらんでいた。
(なに、最初からなにかあるとわかっていたのか。また、レインたちを餌に・・・。)
アルバートはロブが何を考えてるかわかっていたので、言った。
「なにか、あったらというのは、レインたちのことじゃなくて、施設のことだよ。
僕たちがいた施設ぶっ飛んだんだから。」
「聞いたよ。でも、先にレインたちが襲われたのは確かだ。」
「知ってたかな、ロブ。」
「なにを?」
「あの施設の3階屋上はすでに破壊されてたんだよ。」
「え?!」
「今度は屋上だけじゃ済まないってわけだよ。」
あくびをしながら、アルバートは建屋の方をみていた。
「施設だけじゃなくて、難民たちの住居まで狙い撃ち。それは僕たちがあそこに行く前からわかっていたことなんだよ。
レインたちのことはあわよくば、始末しようって魂胆だったかもしれないけど、稚拙だったんだ。計画性がまるでなってない。」
アルバートは建屋を指差して、「もらってくる。」とだけ言って、二人の前からいなくなった。
カスターは両手を上げて、首をかしげた。
「クレアさんのやることに口出ししても仕方ない。信じるしかないでしょ、ロブ。」
「口出しするつもりはないし、信じてないわけじゃない。知っていること、わかっている事を教えてくれないんだ。」
「じゃ、知らなくてもいいことじゃないのかな。僕はもう、クレアさんが怖すぎて、知りたいとも思わないよ。」
カスターも大きなあくびをしたが、ロブににらまれて、中途半端にあくびをやめた。
ロブはあたりを見渡し、ウィンディと軍人がいないことに気がついた。
「ウィンディさんがいない。」
「そうだね。クレアさんは?」
「トラックで寝ている。」
「じゃ、別行動じゃないのかな。軍人もいない様子だし。」
ロブは当りをみわたし、子供たちばかりなのを不思議に思った。
「逃げてきたのは子供たちばかりじゃないか。」
「何、今頃そんなこと言ってるんだよ。」
カスターはロブを鼻で笑った。
今度はロブににらまれてもやめなかった。