第三章 ロブ=スタンドフィールド 2
登場人物
レイン=スタンドフィールド(主人公・愛称レイニー)
ジリアン=スタンドフィールド(主人公の弟・愛称ジル)
ロブ=スタンドフィールド(主人公の兄)
カスター=ペドロ(スタンドフィールド・ドックのクルーでメインは通信士・愛称キャス)
コリン(レインのクラスメイト)
カスターがエアバイクでジリアンを学校まで送っていった。
レインが来ていないことに気づいたコリンがジリアンに近づいた。
「ねぇねぇ、ジリアン、レイニーはどうしたの?」
「今日は、おやすみ。寝込んでいるんだよ。」
ジリアンはコリンの顔も見ず、そう答えた。
目をあわせようとしないジリアンの行動は理解できていたが、コリンはレイニーのことには納得がいかなかった。
「昨日さ、自警団の集会があって、強盗が人を襲ったって話をしていたらしいんだけど、レインたちじゃないよね。」
「僕たちだよ。だから、当分、レイニーは登校出来ないから。」
そういうと、ジリアンは足早に初等科の棟にむかっていった。
「そんな、レイニーは大丈夫なのか、お見舞いに行かなくちゃ。」
ジリアンは意地悪に言った。
「オホス川を自力で渡ることができたらいいね。兄さんはお見舞いなんて望んでないから。」
そして、ジリアンは棟の中に消えていった。
コリンは苦みばしった顔をした。
カスターはエアバイクでタイディン診療所に向かっていた。
昨夜レインとジリアンの様子をロブと話していたが、カスターの中で納得できない引っかかりがあった。
(どうして、レインをパイロットにさせないことにこだわるのだろうか。)
カスターが診療所に着いて、中に入ると、老女たちに囲まれているレインがそこにいた。
「キャス、来てくれたんだ。」
目を輝かせて、助けを求めるレイン。
「あらぁ、レイニーのお兄さんはこんなひとだったかね。」
「もっと、男前だったよ。」
「そうだったかね。」
「心配してみに来たのかい。」
カスターはあっけにとられていて、状況がよくつかめなかったが、ロブと間違えられていることだけは理解できた。
「いえいえ、僕はレインのお兄さんじゃないですよ。ロブほど、男前じゃないですがね。」
「ほう、お兄さんはロブって名前だったかね。」
「そうだよねぇ、もっと男前だったはずさ。こう、鼻が高くて、目が大きくて綺麗でさ。」
「ははは、その鼻の高さで顔に傷を作った人ですから。僕は男前でなくてよかったなって。」
その会話を聞いて、レインは開けた口が閉じられなかった。
「あ、キャス、話があるんだよ、こっち来て。」
レインは老女たちを置き去りにしてカスターの腕をとって、病室に向かおうとした。
「みなさま、ご機嫌麗しゅう、また。」
そういって、カスターは老女たちに手を振った。
病室に入ると、ジリアンはベッドに座り、カスターはいすに座った。
「話ってなんだい。」
「あのさ、キャスって、軍人だったんだよね。」
「ああ、そうだよ。それがどうかしたの。」
レインは天井を見上げ、何から話そうかと考えていた。
その様子を不思議そうにみていたカスターだった。
「養成所に1年間いて、そのあと、通信部に配属になって、1度だけ貨物搬送空挺で任務に就いたぐらいだよ。」
「キャスって、軍隊の部隊、小隊とかって詳しい?」
「そんなに詳しくないけど、把握していないと、交信での内容が理解できなくなるからね。」
「あのさ、ホーネットクルーって知ってる?」
「知らないわけじゃないけど、その小隊は僕が入隊したときには解散してるよ。」
レインはしばらく考えた後、ためいきをついて言った。
「解散しているのは知ってるんだけど・・・。ねぇ、キャス、ホーネットクルーについて、調べてほしいんだけどさ。」
「なにを?」
「ええっと、これは兄さんには内緒でお願い。」
「どうしてさ。」
「ああ、なんか、知られたら、怒られそうな感じがするんだよ。当時、最新鋭の小型機を搭乗していた部隊でしょ。」
「ああ、確かに皇帝専属偵察機部隊だから、特別部隊だったからね。だからって、ロブが怒るとは・・・・。」
「ね、お願い。兄さんには内緒で。」
手を合わせてお願いするレインの姿をみて、カスターはニャッと笑みをうかべた。
「いいよ。僕たち二人の内緒ごとだね。」
「ああ、うん。」
「何を調べてほしいのかな。」
「ホーネットクルーの機体あるでしょ、マーキングでその、熊蜂の女の人の絵。あれが夢に出てくるんだよ。」
「ほう。レイニーは見たことがあるっていうわけか。」
「覚えていないんだけど、搭乗したことがあるかもしれないんだ。」
「え?そんなこと、いくら、スタンドフィールドドックのメンバーでも、ありえないと思うんだけど。」
「やっぱり、そうかな。」
「それで、誰に乗せてもらったかってことを調べるのかな。」
「ああ、うん、女の人に乗せてもらったみたいなんだけど、顔も名前もわからないんだ。」
「え?女の人ってわかっているんだ。」
「うん、長い髪の毛が腕にまとわりついてるのが印象的で、僕はその人の膝上にいてて、搭乗してたみたいな。」
「はぁ。想像できないな。最新鋭の機体に子供を乗せるパイロットなんて。」
「ぼ、ぼくの願望なのかな。夢にでてくるまで、ホーネットクルーのことなんかは知らなかったんだけど。」
「僕の知人でスカイロード上官育成学校を卒業して空挺部隊に詳しい人間がいるから聞いてみるよ。」
「ほんと?誰かわかったら詳しく教えてほしい。なにかこう、頭のなかでものすごくモヤモヤするんだ。」
「そうかそうか、そんなにモヤモヤしていたのか。だったら、早く聞いてくれればよかったのに。いいよ、詳しく調べてあげるさ。」
うれしそうに話すカスターをみてると、レインはなにか一抹の不安を覚えた。
「レイニーはその夢をみていて、パイロットになりたいって思ったのかな。」
「ううん。兄さんたちが雲ひとつない青い空を飛ぶ様子をみて、僕もああなりたいって。気持ちいいだろうなぁって。」
両手を広げてうれしそうに話をするレインは自分が病室にいることを忘れているかのようだった。
「いつもさ、操縦しているのは兄さんたちで、僕はいつものってるだけだから、自分で操縦桿にぎって思うとおりに空を飛びたいって思ってさ。」
「そうか、そうだろうなぁ。『スタンドフィールドの人間はみんな空を飛ぶのが好きだから』が口癖だもんな。」
「早く腕を治して、ドックにもどりたい。いつも空を飛んでいられるようになりたいから、やらなくちゃいけないことがいっぱいある。」
「今は、あせらず、完治できるようにおとなしくしていたほうがいい。」
「了解です。キャス。」
レインはカスターに笑顔でそう答えると、座っている場所から、部屋の開けられた窓を眺めた。
「僕は間違いに気づいたんだ。欠点を直すことばかり考えていたよ。がんばれば、欠点なんてなくなるって思ってた。」
キャスの笑顔をみてうれしさを隠せないカスターを横目にみながら、レインは話す。
「治せなくて悔しいっておもってたけど、そうじゃないんだね。僕にできることを誰にも負けないように努力すればいいんだって。」
「そうだよ、レイニー。ジルにはそつなくこなせる力が元からあったかもしれないけど、できないこともあるんだよ。」
「うん、そうだね。出来ること出来ないことをお互い持ち合わせて僕たち二人で一人前のパイロットに航空士になっていくよ。」
窓からは、二人に心地よい風が入り込んできた。
ロブはレインとジリアンが登校日には地下の格納庫で作業しているのだが、キャスを診療所へ様子を見に行かせたので、岩山から離れてオホス川の分流付近目指して、雑木林を進んでいった。
岩山の反対側と違って、ここの樹木の高さは5Mくらいしかない。
ロブが上を見上げると、木々の間から光が差し混んでいるがみえた。
光と一緒に風が抜けて、木々が揺れる。
モヤモヤした想いがロブのこころを侵食するとき、ロブはある場所に行く。
たどりつくには、自分の勘を頼りに行くしかない。
まるで誰かが手引きするかのように、導かれて、そこへたどりつく。
鉄の柵があるのだが、それは蔦や雑草にまみれていて、見分けがつかない。
ロブが蔦で出来たような壁に手を差し込むと、施錠された鍵が現れ、胸ポケットから鍵を取り出し、開錠した。
鉄柵のドアにからまった蔦を引きちぎるように、ロブはドアを開いて中に入っていった。
少し進んでいくと、林から開けた場所に出て、そこにはテラスがあった。
そのテラスは大理石で出来ていて、その場所も蔦や雑草にまみれていた。
テラスの屋根の下部分には、彫刻の像があり、それは見事な裸体の女性像だった。
長い髪を両手でかき上げて、腰をくねらせた裸体像。
ロブはその像の前に膝まづき、大理石の台の上に両ひじをついた。
その台は、ちょうど両手のひじがめりこむくらいに磨り減っていた。
ロブは頭をたれて、両手をにぎりしめて祈り始めた。
BGM:「Blue sky」押尾コータロー