第二十章 暗闇に閃光 3
天井の抜けた部屋は砂だらけで、テント生地を下に引いて寝床を作ったほうがよさそうだった。
壁の上部に縄を張って梁にし、テント生地を吊って、部屋の中にテントを作った。
二つ分作って、一つはクレアとコーディ、一つはアルバートとレイン、ジリアンの寝床となった。
「どちらにしろ、窮屈だが、しばらくの我慢だな。」
「クレアさん、2,3日で本当に終わらせることって出来るんですか。」
アルバートが尋ねたが、クレアは眉を寄せるだけで返事をしなかった。
その様子にレインとジリアンに不安がよぎった。
(僕たち、いつまで持つだろうか。気が狂いそう。)
その後、食事の用意が出来たと、階下へ降りた。
たくさんの子供たちがテーブルのない思い思いの場所で食事をしているなか、軍服の集団がテーブルについて食事をしているところがあった。
その場所に空いているスペースがあったので、食堂で食事を受け取ると、5人はその場所の席に着いた。
軍服の集団の中にクレアの顔見知りがいた。
「クレアさん、戻ってきたんですか。」
「テリー軍曹、戻ってきたわけじゃないんだけどね。」
「そうでしょねぇ。いろいろなニュースが飛び込んできてましたが、ここに来るとは聞いていませんでしたので。」
「こちらとしては予想もしてなかったよ。」
クレアは顔見知りのテリー軍曹をみんなに紹介した。
「テリー軍曹、こちらがスカイエンジェルフィッシュ号のメンバーで、アルバート、レイン、ジリアン。コーディは紹介しなくてもいいよね。」
「ああ、もちろんですよ。わたしがこの診療施設の警備隊隊長・軍曹のテリー=スライです。よろしく。」
レインたちは口々によろしくと挨拶を済ませた。
テリー以外の軍人は口々に「スカイエンジェルフィッシュ号だってさ。」と馬鹿にし始めたが、レインたちは気にしないようにした。
「そういえば、わたしの紹介がされてなかったわよね。」
クレアの後ろに立ったウィンディが白衣を脱いであらわれた。
「わたしが紹介しよう。我らが、白衣の天使様であられるウィンディ=コートレイル少佐です。」
「いつの間に少佐になったの。」
クレアは顔を見上げて言った。
「ここの地区の医療行為が賞賛に値するといって、わたしの身分を上げてくれたの。」
「持ち上げて何をしようというのか、上のすることは理解しかねますがね。」
テリーのあきれた様子にクレアも察しがついていた。
「ふっ、部下もいないというのに。」
「部下なら、いるわよ。」
ウィンディは周辺にいてる子供たちを指差した。
「おやおや、かわいい部下たちがたくさんいらっしゃること。」
「まぁ、たしかに俺たちよりは頼りがいのある少佐の部下ですね。」
テリーが鼻で笑うと、他の軍人たちもクスクスと笑い出した。
ひとりの軍人が食堂に駆け込んできた。
「少佐、また、幼い子供が誘拐されそうになり、怪我をしました。治療に当たってください。
診療室に運び込みました。」
「了解、すぐに行くわ。」
ウィンディは呆れ顔で、クレアに目配せをして、その場から足早に去っていった。
「軍曹、誘拐犯罪はいまだに減らないの?」
「ええ、もう、いたちごっこですよ。あの手この手でなんとか幼い子供を略奪しようとする。」
「3階の天井が爆撃でやられたのは?」
「誘拐で連れ去られた子供たちを奪回するという計画を実行し成功したのはいいのですが、その仕返しですよ。」
「犯罪者集団を操っているのを取り押さえることってできないのか。」
「できないですねぇ。犯罪のための誘拐ではなく、脅しのための誘拐みたいなものですから。」
そういうと、テリーはクレアに耳打ちした。
「皇帝擁護派による、排除派への脅しですよ。」
そして、クレアがいった。
「身内同士の争いか。一般人というか難民を巻き添えにするなんて、言語道断だが。」
食事を終えると、クレアとコーディは診療室に向かい、ウィンディと交代して治療にあたることとなった。
レインたちは、ウィンディが食事をしている間もその場にいてるよう言われた。
「君たちには、明日からここの子供たちと一緒に作業をしてもらう。」
「何の作業ですか。」
「やることが一杯あるのよ。生活していくうえで、ゴミは処理していかないといけないし、砂嵐で周辺が汚れてしまい、衛生上良くないから病気が蔓延しないように消毒しないといけないし。
ほんと、いろいろあるのよ。」
「僕たちができることであれば、します。」
「そそ、働かない者は食うべからずだからね。」
ウィンディはレインに顔を近づけて、言った。
「ジョイスには気をつけてね。あなたのほうが年上だし背丈もあるから、喧嘩を売ったりしないかもしれないけど、相手にはしないでね。」
レインはウィンディの顔を間近で見て顔を赤くしたと同時に見覚えがあるような気がした。
アルバートがレインの顔を両手で押さえ込んで自分の方へむかせた。
「何顔を赤くしているんだ、レイン。」
「ああ、いや。そのぉ。」
レインは返事に戸惑った。
察しの付いたジリアンが代わりに言葉にした。
「ミランダさんに似てる。」
その言葉に合点がいったとばかりにレインは目を丸くしてうなづいた。
「ああ、クレアの義父さんの初恋の人ね。」
「ええええ、そうなのぉ。」
レインは大きな声をだし、ジリアンは白い目でレインをにらんだ。
あわてて、レインは自分の手で口を塞いだ。
「初めて聞きますよ、ダン先生の初恋の相手がミランダさんだなんて。」
「クレアと初めて会ったとき、ミランダに似てるって言われたわ。」
得意げな顔をするウィンディを横目に、アルバートはずっとニヤ着いていた。
「アルバートって言ったわね、ハーフ君。なにか言いたいって感じね。」
「いや、クレアさんって、案外マザコンだったんだなって。」
「そうねぇ、母親の愛情には飢えていたかもね。」
二人のその会話にジリアンは深くうなづいていた。
レインはただただ意味がわからなくて、困惑していた。
「ジリアン、ふたりが言ってることってわかっているわけ?」
小声で囁くと、ジリアンは当然と言った。
「僕、わからないんだけど。」
「わからなくてもいいよ。理解できないかもしれないから。」
その言葉にレインはむくれた。
治療が一段落したのが、深夜になっていた。
施設では、見回りの警備隊が出ているほか、ほとんど人間が就寝にしていた。
クレアは白衣を着たまま、ライトを手にして外に出た。
しばらくすると、エアバイクがやって来て、クレアがライトを大きく振ると、その場所に停車した。
ヘルメットをとると、ロブだった。
「クレアさん、お疲れのところ、すみません。」
「いいんだけど、話がしたいって何だよ。」
「ひっかかったものがあって。クレアさんは此処には来たくなかったんですよね。なぜですか。」
「なぜって、治安が悪くて自分たちの身を守るのに精一杯になる可能性が高いからさ。」
「軍の内部で対立している抗争の一派がここだって、知っていたからじゃないですか。」
「どこで仕入れたんだ、その情報。」
「ジェフが、心配して連絡よこしたんですよ。クレアさんが此処に来たことがあるのを知らなかったみたいで。」
クレアは腕組みをして考え込んでいた。
あきれた顔をして、「そんな話なら、帰れよ。」と言って、ロブに背を向けた。
「そ、そんな、ク、クレアさん。」
施設に戻ろうとしたクレアはその場で立ち止まった。
施設からウィンディが出てきたからだ。
ウィンディはクレアを通り過ぎて、ロブの前に立ち止まった。
「あら、こんなところで逢引かしら。」
ロブは浮かない顔でウィンデイをみていた。
「あなたが、男前のロブ=スタンドフィールドね。」
そして、ウィンディは右手を差し出して握手を求めた。
「わたしはこの診療施設の責任者で少佐のウィンディ=コートレイル。よろしくね。」
「あ、はい。ロブといいます。」
ロブがウィンディの右手に握手すると、ウィンディはここぞとばかりに強く握り返した。
ロブは声を上げそうなのをこらえて、痛みに耐えた。
その様子にクレアと何か関係あるのを理解した。
「夜這いにでもしに来たわけ?」
「ウィンディ!ロブをからかうのはやめて。」
罰がわるくなったのを感じたロブは後ずさりした。
「誤解されているようで、俺はこれでもどります。」
「あら、尻尾を巻いて逃げちゃうの?」
その言葉にクレアは振り返り、ウィンディの肩を掴んだ。
「止しなさいって言ってるの。あたしの言ってる言葉が聞こえないわけ?」
「聞こえてるわよ。」
二人の様子にロブは背を向けて、去ろうとした。
「ロブ。レテシアに謝れって言ったのに、そうしなかったんだから、話すことなんて何もない。」
クレアにそういわれて、ロブは振り返ると寂しそうな目をしていた。
そして、足早にバイクに向かい、エンジンをかけて、バイクにまたがった。
その音にかき消されるようにして、ウィンディが言った言葉はロブには聞こえなかった。
「今にも泣き出しそうな顔。」