第十九章 雷雨の思い出 2
レインにとって、レテシアがいるのは、太陽に近い場所だった。
幼いレインがレテシアとエアジェットで飛行するときは、いつも膝の上。
二人の同じ栗色の髪が絡みあうほどに、肌身にぴったりとくっついていた。
レテシアが得意げに飛行すると、キャッキャッと喜ぶレイン。
愛しい我が子が喜ぶ顔、いつまでも、こうしていたいと強く願った。
そんなレテシアに、暗雲が立ち込めて、行く手を阻んだ。
まるで、その後のレテシアを彷彿とさせるような天候に変わっていったが、レテシアは不安を感じていなかった。
厚い黒い雲は、次第に稲光を放った。
そして、レインは泣き始めた。
「ヨシヨシ、ママがついているから、大丈夫よ。お家に帰ろうね。」
レテシアはいつものようにレインを宥めた。
稲光とともに風雨が機体を叩きつけ、レインは叫んだ。
「キャーッ、怖いよ、ママ。」
「大丈夫よ。ママが守ってあげるから。」
レテシアはレインを強く抱きしめた。
レインは両手で耳を塞いで顔をレテシアの胸にうずめた。
我が子をホーネットの機体に乗せて飛行を楽しむ時間が短かったことをすこし、悔やんで、レテシアはドックへ帰還した。
町での火災が雷雨でおおかた鎮火したので、ロブたちは引き上げていた。
ロブがドックにもどると、レインがいないことに気が付いた。
血相を変えてレインを探すロブに、セシリアは何も知らないと言ってのけた。
レテシアが連れ出したことを知っているはずのラゴネは、グリーンオイル製造タンクに篭ってしまっていなかった。
そんなときに、ホーネットの機体があらわれ、勝手に着岸した。
操縦席から、レテシアが顔を出したかと思うと、レインを先に外に出した。
レインは泣きじゃくっていて、デッキに下ろされると、走り去った。
「わぁ~ん、怖いよ、怖いよ。」
走りついた先は、マーサだった。
マーサは抱きしめて、レインを宥めた。
困った顔のレテシアが機体から降り立つと、顔を真っ赤にしたロブが足早にあらわれた。
パッーン
ロブがレテシアの頬を殴った音がデッキ中に響いた。
レテシアはロブに殴られたことが信じられなくて、微動だにしなかった。
マーサは気遣って、レインにレテシアとロブが見えないようにして、連れ去った。
「お前は勝手に軍の機体を乗り付けて、我が子を危ない目にあわせて、どういうつもりなんだ。」
レテシアにはロブから何を言われているかもわからなかった。
ただただ、殴られた頬を手で押さえて痛みをこらえていた。
「なにか言ったらどうなんだ。自分の好きな事をするだけで飽き足らずに、レインを軍の機体にのせるなんて、勝手すぎるだろ。
しかも、勝手に連れ出したり、お前は何様のつもりなんだ。」
矢継ぎ早に思いつくだけの罵倒をロブはレテシアに浴びせていた。
ロブは最後に、言ってはいけない事を叫んだ。
「レテシア、母親失格だ。もう、このドックに来るな!俺の前に二度と顔を出すな!」
それはどんなほかの言葉よりも、酷いと感じた。
レテシアは聞こえてきたことさえ、信じられなかった。
振り絞って、言った言葉が「どうして?」だった。
ロブは何も言わず、レテシアに背を向け、その場から足早に歩き出した。
自室茫然でレテシアは立ち尽くしていたが、ロブが吐き捨てるように言った。
「レインにお前は必要ない。二度とここへ来るな。軍へ帰れ!」
レテシアの目から涙がこぼれてきた。
言われたことで残った言葉が、「軍へ帰れ」だった。
レテシアは何も言わず、冷静を装って、操縦席に戻り、機体のエンジンをかけて、発進した。
雷雨は降り続いていた。
レテシアは声を殺して泣いた。
レインは雷雨に怯えて泣き続けていた。
デッキの隅で、一部始終をみていたセシリアは口を押さえて笑っていた。
これ以上面白いことはないくらいに。