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Face of the Surface (小説版)  作者: 悟飯 粒
鏡にキスを編
80/92

Skooop On Somebody

 イリナの圧倒的な力を前に敵の攻撃は止まり、俺たちは悠然と街を探索していた。住民が避難してすっからかんの街は気持ちがいいな。空気が澄んでいるというかなんというか………俺はストレスを溜め込んでいる人間が作り出す人混みの熱気が嫌いだからね。まぁこんなこと言ってるけど一番陰鬱な空気を出しているのは間違いなく俺だから、一緒にいるみんなには申し訳ないな。


 「ラグエルさん見つからないなぁ」

 「こうなっちゃったら隠れる意味もそこまでないと思うんだけどなぁ」


 こっちを攻撃してきた以上、彼らが今から逃げたところで責任の全てを俺になすりつけることはできない。さらに言えば俺はイグノーヴァさんとその街を味方につけ、更に別の重役を間接的に味方につけている。俺が有利なのは間違いない。……時間を稼ぐことにもし意味があるのならば、考えられるとすれば増援。もしくは証拠の隠滅。証拠に関しては元からそこまで期待していないから別にいいとして、増援はマズイ。今から崩れ落ちる彼らを助けようだなんてやつはそうそういないだろうが、もし彼らを助けるような者がいるとすれば…………カースクルセイドだろうな。だから増援が1番の懸念事項になるが、それ以外は特に警戒する必要もないだろう。


 「イリナ、これからは敵の増援も考えながら行動してくれ」

 「わかってるよ。私はいつだって一対複数を仕掛けられてきた勇者だよ。頭の中には敵からの奇襲、復讐、一蹴があるんだからね」

 「敵を全員やっつけちゃってるじゃん。そんな頼もしいイリナを頼ってどんどんいっちゃうか」


 俺は水で兎を10体作り出し目的地を設定すると一斉に放った。本当なら形を与えずに水を広げて探索したいのだが、街は複雑な地形が多い。複雑な動作を遠隔で、しかも形のない水にさせるとなると効率が悪いのだ。仕方ないから兎のイメージを与えて探索する。


 「へぇーーもう10匹も作れるようになったんすか。慣れるの早いっすねぇ」

 「全然だよ。カイは何十匹と作り出してたからさ………水の魔力に関してはまだまだショボくて足手まといだ」

 「でも水に概念を与えるのは得意なんでしょ?足手まといとか嘘でしょ」

 「概念を与えるのと、動物のイメージを付与するのは結構違うのよ。んーーどう説明しようかな」


 水を手のひらから生み出し、それに概念を与えて赤色に変えてイリナにぶつけた。


 「ちょっとなに!?やめてよ!」

 「正確には[概念を与える]のではなく[概念を抽出]するんだ。みんなが水に抱いているイメージを引っ張り出して顕現させる。今のは破壊のイメージを水から引っ張りだしてイリナにぶつけたわけだが、ダメージはなかっただろ?」


 水は少量だと[癒し]や[恵]というプラスなイメージをいだきやすい。逆に大量だと[雄大]だったり[破壊]、[危険]だと思う人が増えるわけさ。だから少量の水から[破壊]のイメージを引っ張り出しても今みたいにダメージはない。


 「逆に動物のイメージを付与させるのはどうなのかっていうと…………まぁ、大変だよな。そもそも水に物理法則を無視した動きを命じ、それを維持し、さらには各個体に状況に合わせた判断を強要させる。求められるものが大きく術者の負担がデカすぎるから基本的にはやらない方がいいんだ」


 しかし、動物のイメージを与えることで得られるメリットはでかい。イリナの雷の龍のように、龍のその神聖で凶暴なイメージが技をより強力にし、さらに鋭く巨大な牙と爪が雷と相まって凄まじい破壊力を生むのだ。イリナはそれを誰に習ったでもなく無意識でやっちゃっているわけだが…………センスの塊だなあいつ。


 「ふーん…………じゃあ黒垓君のやつも難しいの?白色の剣と盾。あれも能力に形与えてるんでしょ?」

 「いや、あれは逆に簡単だよ。形を与えて[固定]しているんだ。鉄を叩いて磨けば剣になるように、能力に一定の役割や形を与えることで出力を安定させる」


 例えば黒垓君の白色の剣は触れた一部分だけをワープさせて魔力や物を切断する。この作業を簡単に表すと、「能力に触れた瞬間にワープ能力を解除、すぐさま再発動して次に備える」だからね。こんなの一々やったらめんどうでしょ。集中できないわ。だから彼は自身のワープ能力を剣の形に変え、その作業の全てを自動化することにした。剣ならば切断するイメージとピッタリで、自動化させやすかったのだろう。魔力とはイメージと密接に結びついているのだ。


 「能力に形を与えるということは[役割を固定する]ことに近い。確かに難しい技術だけれど、一度でも形を与えられたら後は簡単なんだ。全て自動だからね」

 「へぇーー…………あっ、ちょっと待って。ならこれもできるのかな?」


 そう言うとイリナは雷で棒を作りだし、先端を俺にくっつけた。そしてその棒についているボタンを押すと電撃が走って俺は感電した!


 「成功ー!テレビの罰ゲームとかであるじゃん、ビリビリ棒!それイメージして作ったんだよね!」

 「さ、………才能を遺憾無く発揮するのは構わないが、無闇に俺を攻撃するのはやめてくれ…………」

 「いや、さっき私に水かけてきたじゃん。それのお返し」


 このぉぉ…………つーか雷みたいに形のない自然現象で形を作るのって難しいんだぞ。しかも大規模な雷なんて一瞬しか発生しないから難易度はエレメント系では最上位だし………しかもボタンで雷を発生させるってことは通電と絶縁まで付与してるわけだろ?1秒やそこらで成功していいシロモンじゃねーぞ。


 「まっ、さすがと言うべきかな。私、天才ですから」

 「でもそれだけじゃ俺には勝てないからね。もっと精進せぇよ」

 「……いつか倒してあげるから期待して待ってるんだね!」

 「期待してるよーーん」


 ………さて、そろそろラグエルさん達を見つけてもいいころじゃないか?この緊迫した戦場でこれ以上会話を続けるのキツいよ?こう見えてかなり神経すり減らしてるからね?

 いまだに確認できていないテレパシーやワープなどの魔力不干渉の場所は2箇所で、そこに俺は10匹の水兎を放った。普通に考えたらここにいるはずで、さらにもっと普通に考えたらそろそろ見つかるはずなのだ。よっぽどのイレギュラーがない限り…………


 バシャッ!


 すると遠くで兎が破壊された!ビンゴ!やはりもう逃げきれないよな!俺達は兎が破壊された場所へと走って向かう!場所はこの街の公民館かな?こじんまりとした施設の中だ。建物の中に入ってしまえばもう逃げ場はない。なぜならイリナの怪力なら簡単にこの施設を倒壊させ敵を圧殺できるし、近くの壁をぶん投げれば全ての障害物を破壊し獲物に一直線で飛んでいく武器になる。イリナと屋内で戦うことは死を意味する。


 「………やっと会えましたねラグエルさん」


 そして公民館の中、一階の一番広い部屋の中で俺達はラグエルさんと対峙した。腹がちょっと出ていて、髪の毛は整えられている。高職に相応しいおさえられた紫色のスーツは、派手さはないがぱっと見だけでそれが高級品だとわかる。


 「私が1人なことに疑問は持たないのか?」

 「警戒してますけど、貴方以上に警戒しなきゃいけない人は周りにはいない。俺はそう判断しています」


 ラグエルさんの表情から覚悟が読み取れる。生半可な覚悟ではない。…………ここを間違えれば死ぬことをちゃんと理解している。さてとここからが本番だ。イグノーヴァさんと彼の街、さらには重役のポストを手に入れるにはラグエルさんを殺さなきゃいけない。しかし彼がそんな簡単に殺されるはずがない。特に今回は準備をする時間がたんまりあったのだ、何か仕掛けてくるはずだ………見極めてやろうじゃないか。


 「例えばあの機械を使って一か八かの特攻?それとも魔力を限界以上にためて大爆発?それとも巨大な魔導兵器を使って道連れ?…………この街から出られないとわかっていながら俺達から逃げていたってことは、反撃する為に準備していたと考えるのが自然だ」

 「いいや、ただ逃げていただけだ。こんな歳になってもまだまだ命が惜しくてね、無駄な足掻きだとは分かってはいたが勝手に脚が動いてしまったんだ」


 …………時間を稼いでいるな。言葉の節々からそれを感じ飛び出そうとしたイリナを俺は止めた。逆にそう思わせて攻撃させるのが狙いかもしれない。ラグエルさんはわざわざこんな明らかに自分に不利に働く場所を選んだんだ。攻撃させるための誘導と考えてもおかしくない。


 「その言い方だとまるで俺達がラグエルさんを殺そうとしてるみたいじゃないですか。いやいやあり得ないですって。俺達はあれですよ、ただラグエルさんに会いにきただけですよ。やっぱり重役の方にはゴマをすっておかないといけないじゃないですか。俺って長い物大好きですから」


 さーーて何がくる?何を狙っている?俺はラグエルさんに話しかけながらゆっくりと近づいていく。それに続いてイリナ達もゆっくりと近づいていく。距離は残り30m。イリナが飛び出せば0.1秒もかからずラグエルさんを倒せてしまうだろう。


 「そうか………私は小さい物の方が好きだ。大は小を兼ねるというが、大半の物事は小さくても事足りる」

 「…………なるほどなぁ。そっちにも発展させてたのか」


 俺は一歩だけ後ろに下がった。それと同時にラグエルさんを中心に床がひび割れていく!亀裂が俺らに向かって走り、崩壊が始まっていく!


 「急いでこの建物から出るぞ!」

 「逃すわけがないだろ!」


 この部屋を出る為に俺は扉を蹴飛ばす!この先は玄関であっという間に外に出られるはずなのに………その先に玄関はなかった。道が無限に続いている。それを確認した途端、イリナが地面に脚を思いっきり振り下ろした!その衝撃は凄まじくこの部屋と廊下が一瞬にして崩壊した!

 しかし床が崩落して落ちるはずの俺達はすぐに床に着地する。一瞬で新たな床が生み出されたのだ。


 「ビルド&クラッシュ………結合と乖離!これまた厄介な能力が来やがった!」


 俺は水をラグエルさんに放つが到着する前に水は霧散しどこかに消えていった!………水が気体になっているんじゃない!やはり分離させられている!


 「イリナ!絶対にラグエルさんに近づくなよ!身体が分解されるぞ!」


 再構築された地面にまた亀裂が入り、俺たちに向かって破壊が加速していく!ラグエルさんの能力は破壊と再生ができるようだ。そして俺の水が破壊されて確信した。その破壊と再生は分子や原子の結合と乖離によって行われている!普段通りなら水が衝撃で霧散したら気体となり操ることはできるのだが、今回は操れなかった。分解されて酸素と水素に変えられ、俺の魔力の対象外になったってことだろう。


 「マジでぇ!?それじゃあ倒せないじゃん!」

 「ああ、普通ならな」


 普段のイリナの雷は物質の4態、プラズマだ。高イオン状態のそれは同じ階級ではない限り防ぎ切れるものではないのだが、魔導兵器によって強化されたラグエルさんの魔力は、イオンを結合してなんとか気体に変換しているのだろう。物理法則の中にいては俺達に勝ち目はない。


 「でも俺を倒すにはこの難題を突破しなきゃいけない!物理法則を無視しろ!魔の法則によって貫け!イメージするんだ目に見えぬ魔力すらも破壊する雷を!」


 イリナはもう無意識でそれを出来ているが、無意識ゆえに物理法則を無視した100%の魔力を発揮できていない。今度は意識的に!完璧な魔力を発揮することができればラグエルさんの魔力を突破できる!


 バチィインン!!!


 イリナの体から放たれた青色の雷がラグエルさんの魔力を貫いた。




 〜2日前〜


 カースクルセイドの拠点は1週間ごとに移動していた。さらに彼らは複数のグループに分かれ、リスクを徹底的に分散。特にこの階級制の世界では雑魚100人を失うよりも、そいつらよりも階級が一つでも高い者を失うことの方が損失がデカい為、階級が高い集団と低い集団で明確に分けられていた。今回は最も階級が高い者達が集まるグループで起こった2分間の記録である。


 「偽炎帝ちゃんよぉ。便宜上おまえをリーダーとしてまつってはやるが、存在価値のないお前の命令を訊くつもりはねぇよーー」


 しゃがみ、内容が聞き取れないほど小さく早い声で呟き続ける偽炎帝に優太が上から話しかけた。


 「確かにお前みたいな弱い人間は大好きだ。安全安心に傷つけ、虐めて楽しめるからだ。だがそんな奴が俺の上にいるのは気に入らねぇよなぁ。カッコいい帽子を注文したのに届いたのが羊1匹と[頑張って作ってください]って書かれた手紙だったみてェな気持ちだ。捻り殺したくてしょうがねぇ」


 優太は自分が勝てる確証がなければ絶対に戦うことはしない男だ。勇者領を裏切ったのもこのまま着いていたら確実に負けると直感したからだし、青ローブから魔族の魔力を貰うことで自分がより強くなることが出来るからに他ならない。彼の行動理念に義とか勇とかはないのだ。あるのは打算だけ。だから今彼が偽炎帝に喧嘩を売っているのも、確実に勝てると判断し憂さ晴らしをするためだ。


 「殲滅戦の時も参加しなかったしよぉ。どうせ本物の炎帝に勝てねぇんだ。戦力にも神輿にもならねぇお前に存在価値とかあんの?」

 「まぁまぁ、そう虐めてくれるな。やはりグループを最初に作った人間っていうのは大切だろう?彼にもある程度の求心力があるんだ。そこは認めてやってくれ」

 「だけどよ昴ー。階級制のこの世界では階級が全てだぜ?弱い奴が強い奴をまとめるなんて無理なんだわ」


 昴は頷いた。第二類勇者になれなかった昴からすれば痛いほど実感していることだ。全ての魔力を操れても階級が低ければ格上を倒すのは至難の業。階級に差があるということは生物レベル以上に違うということなのだ。


 「君の言う通りだが、しかし一つ訂正するべき所があるとすれば階級ではなくて強さということだ………分かった、この偽炎帝と戦って勝てたら今度は君をリーダーにしてあげようじゃないか」

 「リーダーに興味はねえ。だがこいつを殺してもいいんだな?」

 「やっちゃって構わないよ」


 許可がおりた瞬間、優太は魔力で黒色の槍を作り出すとしゃがんでいる偽炎帝に振り下ろした。


 ヂッ………


 そして偽炎帝の身体が光り輝いたと思うと、優太の槍の先が消えていた。ほとんど条件反射のように一歩後ろへと飛び跳ねた優太を追いかけるように青色の炎が襲いかかる!空中に足場を作り空を駆け巡る優太を追跡する青色の炎が、空に無数の軌跡を引き埋め尽くしていく。炎はまるで矢のように鋭く見るだけで食らうとタダじゃ済まないのがわかる!

 しかし逃げながら優太は力を溜めていた。そして壁に接地すると、さっきよりも大きく長く、鋭い槍を作り出しぶん投げた!万物を、別次元すらも貫く黒色の槍が青色の炎を貫きながら偽炎帝へと突き進む!


 「爪楊枝か?」


 ズォアアッ!!!


 黒色の槍を青色の炎の槍が真っ向から貫いた!


 「炎帝かよおまっ!?」


 突破されたことには驚いたが、炎の速度を見て瞬時に「回避可能」と判断した優太は左方向へと逃げよとした。その時、通り過ぎていったはずの炎の矢が滞留しているのが目に入った。しかし次の判断を下す間もなく爆発。数多の爆発に巻き込まれて逃げ場を失った優太の胸を、一筋の流星となった炎の槍が貫いた。それは地下に作られていたアジトの壁を貫き、地上へと飛び出し、成層圏あたりで消滅した。


 「今の偽炎帝はかなり強いよ。ただこの状態に仕上げるのにかなり時間がかかったちゃって殲滅戦に間に合わなかったんだ」


 胸を貫かれた優太の治療をしながら昴は右目を閉じた。


 「君達もこれぐらい強くしてあげる。安心安全、非の打ち所がない弱い者いじめで勇者領を滅ぼそうじゃないか」


 格上の優太を倒したというのに、偽炎帝は喜ぶことなく座りながら独り言を呟いている。彼の目には優太でも昴でもなく、倒すべき飯田狩虎の姿だけが写っていた。


 「君達の強化が終わったその時が、次の戦争の始まりだ」


 そして昴は右目を開いた。




 〜現在〜


 ラグエルが目を開けると、そこには狩虎とイリナ、染島と黒垓が座っていた。イリナの一撃によって吹き飛ばされた公民館の残骸。彼らが座っているのは壁だったものだ。


 「なんでかわからないけれど最近、魚のみりん漬けにハマってるんですよねー。最高に美味しいとは思わないんですけど、ずっと食べちゃうんですよ。どうしちゃったんでしょうか俺の身体」

 「ミリンは味や成分をよく浸透させますからねぇ。見た目も光っていて上品さがあって、人間の食に対する貪欲さや叡智が詰まってますよね」

 「まぁ私なら普通の焼魚食べるけど」

 「オラは牛肉っすねー。わざわざ魚を食う気にはならんすわ」


 敵が目の前にいるというのに呑気にご飯の話をしている彼らにラグエルは驚いていた。ここから不意打ちをされるとか思わないのだろうか………そう思いながら現状を打破するために考えていた。


 「ラグエルさんはどうですか?みりん漬け、好きです?」

 「…………気づいていたのか」

 「ええ、ラグエルさんならみりん漬けが好きだと分かっていました」

 「そっちではない。そして分かっていたのならそんなくだらないことを訊くな」


 ラグエルは上体を起こして改めて周りを見る。さっきの戦いによる余波で周りの家屋は傷んでいるが、それ以外の損傷はない。ラグエルが気絶している間に彼らは何もしていなかったのだろう。


 「………私を殺すつもりだったのだろう。なぜ私が起きるまで何もしなかったんだ」

 「殺すつもりがないからですよ。この状況からだけでラグエルさんならわかっていることじゃあないですか」

 「意図はなんだ。人質にでもするのか。言っておくが今の私に人質としての価値はな………」


 俺はラグエルさんの前で両膝両手ををつけて土下座した。


 「俺達の為に力を貸してくれないでしょうか」

 「…………何を言い出すんだ急に。社会的な地位を失った私にそもそも貸せるほどの力はない。貴様らは私を殺して力を奪うことでしか利用できないことぐらいわかっているだろう」

 「貴方の社会的地位ではなく貴方の才能が欲しいんです。いや、もっと突っ込んで言いましょう。俺は貴方が欲しい。肩書きではなくラグエルさんが欲しいんです」


 頭を上げることなく、俺はひたすらに言葉をつなげる。ラグエルさんと戦い始めた時からこうすることは決めていた。いまの俺たちには間違いなくラグエルさんが必要だと。


 「ただ才能があるだけの人間ならその場で殺してしまってもいいと思ってました。でも貴方が1人で俺達の前に出てきた時に思ったんです。他にもいるはずの部下を逃したんだなって。貴方が隠れていたのも部下が逃げるまでの時間を稼ぐため。部下のために命を張れる貴方を殺すなんてこと、俺にはできません」


 しかしラグエルさんは諦めて死を待っていたわけではない。勝算が限りなくないと分かっていても、出来る範囲で勝率を上げるために彼はあの公民館を選んだ。魔力の全貌はまだわからないが、触れたものを分解するということは逃げ場のない屋内が望ましいのは簡単に理解できる。…………自分を犠牲にして部下を逃し、あわよくば勝てるように作戦をたてていたんだ。冷静に物事を判断し、自身を含めた人々の命を平等に扱い、諦めることなく戦うことができる。こんな人を殺すなんて勿体なさすぎる。


 「俺達はこれから勇者領を再編する。そのためにその頭脳と、勇気を、覚悟を。信念を。………俺達に貸してくれないでしょうか」

 「…………承諾以外の選択肢を無くすために私を追い詰めたのによく言う。断ることなど出来ないだろう」


 俺は顔をあげてラグエルさんの目を見た。


 「それじゃあ貸し」

 「だが私は普通じゃなくてな。断らせていただくよ」


 ちょっ、ラグエルさん!?ここまでお膳立てして断るってマジかよ!


 「飯田狩虎、貴様がこれからやろうとしていることがどれだけ大変なことなのか理解しているのか?カースクルセイドと戦いながら勇者領を再編するということは、自軍を弱体化させながら強敵に立ち向かうことと同義だ。基盤の失った国など怖くはない。…………確実に負ける。そんな滅びゆくことが決まった国を救うために、社会的に一度死に、さらにその国から追われる危険性をおかしながら生き延びて敵と戦うなど無謀もいい所だ。私は遠慮させてもらうよ」

 「俺が魔族領から魔族を連れてきて戦力にするつもりです。………分かっていると思うのですが、貴方達が生み出したこの魔導兵器は魔族にこそ有利に働く。魔導兵器を持った魔族を戦力にできれば形勢は一気に変わるはずです。不可能ではない」

 「いや、それが不可能なのだ。………この魔導兵器は私ともう1人の重役が主導で作ったとイグノーヴァから聞いていることだろうが、実はそこには誤りがあるんだ」

 「…………うーんなんですかね。実は真の黒幕は慶次さんで、ラグエルさん達は雑用だったとか?」

 「はっはっはっ!笑えない冗談だ。慶次は基本的に勇者領の事務仕事や王様のサポートしかせず、他の重役のように何か新しい事業を興すことはない。奴が関わっていることは万が一にもない。…………しかしいい線はついている。そうだ、実はもう1人、主導していた人物がいたんだ」


 もう1人主導していた人?重役クラスの人だよな…………やっぱり慶次さんじゃね?あの人かなり怪しいからなぁ。裏で何かコソコソやってそうじゃない?


 「…………昴だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、頭が高速で回転して身が締まったような気分になった。考えられる最悪が頭の中に溢れ出し汗が止まらない。


 「昴が裏切るなんて誰も想像していなかったんだ。それはそうだろう。奴は王様を護衛するガーディアンフォースの一員で、勇者領における確固たる地位を築いていたのだから。……だが奴は裏切った。その時に私達は[勇者領は負ける]って確信した」


 勇者と魔族、2つの魔力を持った人間が魔導兵器なんて持ったら…………勝ち目がない。ラグエルさんじゃなくてもこんなこと簡単に分かってしまう。まずすぎるぞ………


 「第二類勇者が裏切ったのもきっと、魔導兵器の存在を教えられたからだ。あんなものをカースクルセイドが持っていると分かれば裏切りたくもなる。勝ち目のない戦いに利益などなにもないからな」


 確かにラグエルさんの言う通りこの状況は絶望的だ。しかも俺はこの状況で勇者領を再編しようとしているんだから……無理だ、ほぼほぼ不可能だ。断るのも当然だろう。敵と味方の両方から追われながらやるようなことじゃない。でも………


 「それじゃあなぜラグエルさんは勇者領を裏切らなかったんですか?誰よりも勇者領が追い詰められているのを分かっているのに…………おかしくないですか?」

 「ふん、内側から崩壊させるつもりだったんだ。そうすればある程度功績を認められてカースクルセイドに生かされると思ってな。私はかなり打算的だよ」

 「なるほど、確かにそれは賢いですね。でも俺はそうは思えないんですよねー」

 「何が言いたいんだ?」

 「裏切るつもりなら、わざわざリスクを冒してまで魔導兵器の研究を続ける必要などないじゃないですか。カースクルセイドが勇者領を滅ぼすまでに研究がバレてしまっては、今回みたいに勇者領に先に殺されてしまう。…………賢いことではないと思うんですけどどう思います?」

 「………………」


 やっぱりラグエルさんは仲間にしたいなぁ。この人の力がないとこのままじゃあカースクルセイドを倒すのは不可能になってしまう。


 「勇者用の魔導兵器を作っていたんじゃないですか?………貴方は勇者領を裏切れなかった。部下や街の人々を見限って自分だけが助かる道を選べなかった。だから勇者領が勝てるように研究を続けていた…………違いますか?」

 「……………はぁ。この少ない状況でよくそこまで辿り着けたな」

 「人が何を考えているのか気になっちゃうような小心者なんですよ」


 俺は改めてラグエルさんに頭を下げた。この人は絶対に必要だ。この知能と、勇者領に従事する責任感は本物なのだから。


 「もう一度お願いします。勇者領を守るために俺達に力を貸して下さい」

 「…………普通なら、こんな泥舟になど乗るものはいないのだがな。生憎私は普通じゃない。しょうがない、協力してあげよう」


 こうして俺は重役のポスト一つと、ラグエルさんと言う心強い味方を手に入れた。そしてもう一つ………



 「今回、重大な規約違反を犯したラグエルを処刑し、さらにイグノーヴァの街の住人を守った功績を認め、ユピテルを重役として認めることにする」


 勇者領の中心部、剣戟の城ホワイトドリームの最上階にて重役会議が行われた。重役が座る大きくてフカフカな椅子に座るユピテルさんと、その隣で立っている俺。


 「それでは重役会議を………」

 「あーーその前にいいですか?ちょっと大切な報告がございまして」


 俺は重役の1人を見つめ、ニヤって笑うとすぐに無表情に戻って周りに視線を向けながら話を始める。


 「実はですね、ラグエルさんが行っていた極悪非道な行為を見たうちの魔物がですね、偶然。そう偶然なんですけど、とあることを思いついたんですよ。[魔力を集める?じゃあそれを応用したらすごい兵器作れるんじゃない?]って………そしてそのアイデアを形にしたのがこの魔導兵器というものなんです」


 俺は重役達に魔導兵器を配りながら話を続ける。


 「そうつまり。この魔導兵器はうちの魔物のウンモが作り出したわけなんです。ラグエルさんの研究からパクったとかそういうのじゃなく、ええ、魔物が天才的な発想により作り出したんです。つまり()()()()()()()()()()()。これは勇者の魔力を強化する優れもの。きっとこれからの戦争に大きく役立つことでしょう」


 そして最後の1人、俺がさっきガン見した1人の重役に魔導兵器を渡した後に俺は笑った。


 「やっぱり魔物の魔力に対する知識はすごいですねー………そう思いませんかオファニエルさん」

 「………そうだな飯田狩虎」


 そして今日、敵がもう1人増えた。それはラグエルさんと共同で魔導兵器の研究をしていたオファニエルさんだ。

信念があるものは仲間以上に敵を作る。

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