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Face of the Surface (小説版)  作者: 悟飯 粒
鏡にキスを編
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犯人は誰か

 ディーディアの家族は資産家だった。膨大な土地を所有し数多の事業に着手する事業主。抱える雇用者の総数は万を超え、勇者領で第二位の資産を保有する。彼らは他を寄せ付けない圧倒的な財を持ち…………本来ならばその力は絶大なものであったはずだ。

 しかしこの世界で最も力を持つ者は勇者なのだ。たとえ使いきれないほどの財を持とうと、階級の高い勇者のほうが価値は高いのだ。優遇されこそすれ、彼らはこの世界の頂点に立てずにいた。またディーディアの家族は更に運の悪いことに、階級の高い勇者が生まれることもなかった。資本主義ではなく勇者主義のこの世界に彼らは絶望していたのだ。


 「勇者なんて消えてしまばいい」


 そんな両親の口癖をディーディアは聞き続けて育った。しかし何不自由しないその家計と、そもそも勇者に虐げられなかったこともあって、ディーディアは勇者を嫌いになれなかった。


 3年前のとある日、家庭教師とお出かけしていたディーディアは盗賊に狙われた。盗賊はディーディアの一族がお金を持っていることを知っていて、この日に狙いを定めて攫う計画を立てていたのだ。あっけなく捕まりみせしめとして家庭教師は殺され、身代金の為に1人生かされたディーディア。片目だけ潰され、舌を引き抜かれ、両手の指を全て切り裂かれた家庭教師の死体をかたわらに、刃物をちらつかされる恐怖。いつ殺されるかもわからない極度の緊張状態に彼は気が狂いそうだった。それでも彼が狂うことなく済んだのは勇者の存在があったからだ。家族が通報さえしていれば勇者が助けに来てくれる…………それを信じて彼は耐え続けた。

 しかし不運なことにディーディアの家族は勇者に借りを作るのが嫌で通報していなかった。自力でなんとかしようと秘密裏で奔走する両親。指定された額の身代金を盗賊達に手渡し、ディーディアを取り返そうとした。

 だが結果は悲惨だった。勇者がいないことを理解した盗賊は味を占めて更なる身代金を要求したのだ。ディーディアは助け出されることなく、盗賊達に脅されながらまた長時間生きることを強いられた。

 力がないくせに自力で解決しようとし傷口を広げる両親。強い勇者として産んでくれなかった両親。金だけしか持ってないからこういう状況を生み出した両親。………彼は両親に絶望していた。このまま両親の金がなくなったら殺されてしまうのか…………ディーディアはそんなことを思いながら暗闇の洞窟の壁を見続ける。見続けた血によって出来たシミはあいも変わらない。


 「君は運が良いね、偶然私が通りかかったんだから」


 洞窟の入り口が光り輝き眩しさに目を閉じた。そして次に目を開くとディーディアを見張っていた盗賊達が全員死んでいた。あっという間の出来事だった。イリナが冒険の途中でこの近くを通り、化け物じみた第六感で不穏を感じとり助け出してくれたのだ。


 この時からディーディアは勇者に憧れた。自分も他人も助けるのは金ではなく実力なのだと理解したからだ。



 「飯田狩虎を殺せば勇者にしてやろう」


 そして今、危険人物探しに難航していたディーディアに1人の男が話しかけていた。彼は勇者領のとある重役の使者で、命令により勇検に忍び込み狩虎を殺そうとしていた。しかし常にグレンかディーディアが一緒にいるせいで狩虎を殺す機会を失っていたのだ。


 「………な、何言ってるんだ急に」

 「私は君のことをよく知っている。勇者になれない事情も、勇者になることを切望していることも………よく知っている。だから私が上の人間に掛け合ってやろうと言っているのだ」


 近づけないのならば、近しい人間に殺させるしかない。使者はディーディアを取り込んで狩虎を殺させるつもりなのだ。


 「君もわかっているだろう?飯田狩虎………やつは危険なんだ。早いうちに始末しなければ勇者領は大変なことになる。勇者領のためにも、君のためにも奴を殺そうじゃないか」


 ディーディアは考える。重役とこの男が繋がっているのなら、たとえここで危険人物を捕まえられたとしても勇者になれない可能性がある。ならば狩虎を殺すのが一番な気もするが………今、狩虎はグレンと戦っている。どちらも難しい選択だ。


 「わかっているんだろう?私が重役に少し話すだけで君は勇者になれなくなるんだ。勇者になりたいのならば私の言葉に従うしかないんだ」

 「重役つったか今?」


 ドスッ


 使者の胸を腕が貫いた。


 「なっ………はっ!?」

 「なんだなんだぁ。ようやく偉い奴が来たと思ったらお前雑魚じゃん。期待して損したぁ」


 使者の胸を貫いた男は空いた左腕で死者を八つ裂きにすると、両手についた血を払いながらディーディアに近づいていく。


 「二次試験の時からウロチョロしてたやつだなお前。俺を探してたんだろ?そりゃあつまり上の人間と繋がりがあるってことだよな?」


 狩虎が言っていたことをディーディアは思い出していた。この危険人物は私怨で動いている…………勇者領の上層部に何か恨みを抱いているんだ。


 「俺ぁ勇者が嫌いなんだ。特に上層部がなぁ………あそこはダメだ、腐った豚肉の匂いがする」


 男はディーディアに近づいていく。そして地面から剣が飛び出し、男は剣を掴むとディーディアに振り下ろす!


 「勇者は全員殺さなきゃならねぇ!カースクルセイドに頼んで手に入れたこの力で皆殺しだ!」


 男は高速で剣を振っていく。身体能力的に第一類勇者クラスの力はある。普通に戦えばディーディアに勝ち目はない。


 「じゃあなんで俺の顔を知らないんだよ」


 男の首が斬り裂かれた。そして地面に転がる頭をディーディアは踏み潰した。


 「君が勇者にどれだけの恨みを抱いているか知らないけれど、俺は勇者を尊敬しているんだ。俺が勇者になる邪魔をするのならたとえ仲間でも許さないよ」


 そして彼が手を叩くとこの試験会場にいる他の受験者の首が斬り裂かれた。


 「まったく無駄な仕事を増やしやがって………君からカースクルセイドの情報が流れて俺の正体までバレたらまずいだろうが………なぁ?」


 そして全ての頭を踏み潰し、唯一生き残っていた受験者に視線を向けた。



 〜現在〜


 「なにこれ…………」


 狩虎とグレンの戦いが終わり、亜花に連れられて現場に駆けつけたイリナは声を漏らした。全ての人間の首が斬り裂かれ頭が潰されていたからだ。危険人物の仕業か?どちらにしろこれじゃあ人相を確認できない。


 「…………2人足りねぇ」


 グレンは風を生み出し解き放った。その3秒後、突然グレンは走り出す。そして辿り着いた場所にはディーディアが座り込んで震えていた。傍には心臓を突き刺された死体。


 「じゅ、受験者達がいつの間にか死んでて………そ、そしてこいつが襲いかかってきて、俺、しかた、仕方なく………」

 「………………」


 グレンは無言でディーディアを見ていた。イリナも無言で考える。普通に考えれば唯一生き残ったディーディアが一番怪しいのだが、全員の頭が踏み潰されていたことが気になるのだ。殺された人間の顔を識別させないような…………どんな理由があったんだ?


 「じゃあディーディア、こいつが危険人物だって言いたいんだな?」

 「……………」


 ディーディアは無言で頷いた。


 「………そうか大変だったな。まぁひとまずゆっくりしろ」


 グレンはディーディアにそれだけ言うと彼から離れた。


 「いいのグレン?彼最高に怪しくない?」

 「しょうがねーだろ。全員死んじまってるんだから確認のしようがねぇ。ここはあいつの言葉を信じることしかできん」


 しかしイリナは納得がいかない。もし彼が危険人物だったらこのまま野放しにしては被害が広がってしまうからだ。


 「毒には毒をだ。お前らの部隊に入れて監視させる。奴の発言が本当ならば実力は折り紙付き、かなりの戦力になるだろうし、嘘ならばお前らのせいでそう簡単に変なことはできなくなる。丁度良いだろ」

 「…………あのさぁ、私達のことなんだと思ってるの?」

 「才能のゴミ捨て場」


 グレン達が離れていくのを見ながらディーディアはほくそ笑んでいた。勇者を志したあの日、彼の隣には家庭教師の死体が横たわり恐怖に支配されていた。しかし勇者になることができた今日、隣に自分が殺した死体があるにも関わらず彼は悦びに満ち溢れている。…………あの日、もしかしたら彼は恐怖に耐えきれずに実は狂い始めていたのかもしれない。


 こうして長いようで短かった勇検は終わり、唯一生き残った狩虎とディーディアは勇者になることができたのでした。めでたしめでたし。



 「なわけないでしょアホなの」


 俺が良い感じに終わらせようとしていたのにイリナがツッコミをいれてきやがった。俺は無視するために目を閉じて寝息を立てる。


 「私は納得がいかないことがたくさんあるんだ。ちゃんと全部説明してもらうよ」

 「俺がわかってる範囲でいいなら」


 俺は目を閉じたまま話すことを決めた。


 「今回の危険人物ってさ、やっぱりユピテルさんの婚約者殺してないんだよね?」

 「ああ、ほぼ間違いなく別人だ。俺だからその判断を下すことができる」


 考慮しなきゃいけないことは腐るほどあるが、かなり端折って説明していこう。


 「まず考慮しなきゃいけないのは犯人の強さだ。ユピテルさんの婚約者がどれほど強いのか知らないけれど、勇検の試験官なんだろう?相当な実力者だと想像はつく。それを殺したんだ犯人はかなり強いと考えるべきだ」


 グレンほど強いとは思えないが、それにしたって勇者の資格を与えるのだ。そこにはかなりの責任がついてまわり、勇者領からかなりの信頼を得ていなければ試験官になれるものではない。婚約者の方はきっと強かったのだ。


 「そしてその犯行をウィンディゴさんに被せたということは、犯人は魔族の事情をよく知っている人間だとわかる。魔族と親交の深い勇者か魔族の犯行になるわな」


 そうなると考えるべきことは絞られていく。


 「階級の高い魔族は基本的に魔族領から出てこない。出るにしても事前に確認をされるから出た人間は分かるんだ。あの日は俺と友達とウィンディゴさんしか勇者領に行ってなかった」


 そしてウィンディゴさんは人を殺すような魔力ではないため容疑者から外れる。俺が犯人だというのは、まぁ………あり得なくはないが、俺が何かを企てるのならこんなチマチマせずに勇者を全滅させるからね。俺ではないよ。


 「じゃあその友達が一番怪しいってこと?」

 「いや、そいつらは魔王だ。俺と同じ理由でそんなチマチマした殺人は起こさない」

 「ちょっと待ってよ知らない間に魔王達が勇者領に遊びに来てたってマジ?」

 「うん。これほどのメンツで俺達は観光をしていたのさ。何か問題でも起こしてみろ、勇者領はパニックになって戦争が起こってもおかしくなかった。もとから変なことをするつもりはなかったんだよ」


 もしかしたら犯人はそれを狙っていた可能性があるな。試験官を殺すついでに俺達の存在を暴露し勇者領に混乱を与える。あり得そうな話だ。


 「魔王って思ったよりも温厚なんだね」

 「いや頭ぶっ飛んでるよ。決まりがあるから勇者とは戦わないだけで…………」

 「決まり?決まりって何?」


 …………あれ?これって言ってなかったっけ?無言で次の返答を探るが、イリナもまた無言だ。うわこの空気マジで知らないやつだ。


 「驚かないで聞いて欲しいんだけどさ」


 俺はようやく目を開けてイリナの目を見た。


 「階級の高い魔族って勇者と戦っちゃいけないんだよね」

 「…………マジで言ってる?」

 「大マジ」


 もちろん勇者が襲ってきたら正当防衛で戦うが、基本的には勇者と戦ってはいけないことになっている。なんなら勇者領に来ることすら厳しく制限されてるからね。


 「遥か昔からの取り決めで魔族は勇者領を侵略してはいけないことになってるんだ」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!じゃあなんで魔族がちょくちょく勇者領に来て被害を出してたのさ!勇者を襲っちゃダメなんでしょ!?」

 「…………それこそが青ローブの存在意義だった」


 青ローブの存在意義、カースクルセイドの出現。そして一年前に俺がカイを殺したこと………全ては繋がっている。彼らの全ては魔族領が………いや、世界の歪みが生み出した結果なのだ。


 「これから始まるのは昔話だ。信じるかどうかは全部イリナ次第だ」


 俺は話し始めた。

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