止めなきゃ
登場人物
・飯田狩虎:あだ名はミフィー君。主人公らしい。いや、どう見てもちゃうやんこんなの。
・イリナ:最強の勇者。希望の象徴。
・ユピテル:貴族。すごい人。芯がある人はいいですね。
・寿々乃井遥:生徒会大好き人間。変換がだるい。
・リヒト:敵。光と時を操る。
・優太:敵。万物を貫通するすごい能力を持つ。
狩虎が城を消滅させたのを見てこの場にいる99%の人間が停止した。太陽よりも眩しく世界を照らす業火に目を細め、浅い呼吸を繰り返す。何があったのか一切わからないが、魔王の封印が解かれたということは否が応でも本能が理解した。
しかし何も理解できなかった数人が狩虎に向かい、各々の体に染み込んだ技術と魔力を駆使し襲いかかる!しかし攻撃が到達するよりも前に彼らの体は一瞬にして消滅した。
「さぁ終わらせようじゃないか」
狩虎の声と共に直径3kmの火球が数百個生み出されこの大地に降り注がれる!逃れようのない大虐殺が始まった。
「おい寿々乃井!お前こうなるのを知ってたのか!」
ユピテルは寿々乃井の手を払い立ち止まった。
「ええ、2日前に聞いてました。カースクルセイドを全滅させてからイリナさんに殺されるそうです」
「そっちじゃない!あのボタンだ!あれは狩虎を殺すボタンじゃあないのか!」
「…………飯田狩虎がそう言ってただけでしょ。私は[制御装置を破壊するボタン]とだけ聞いてましたよ」
「騙したのか!どこまで卑劣なんだ!」
ユピテルは頭を掻き乱した。どうすれば、何をすればいいんだ?こうなってしまってはもう私じゃあどうしもうないのか?
「………私から言わせれば、彼の話を鵜呑みにした勇者領側に非があると思いますけどね。[ちゃんとしていれば][ちゃんと警戒していれば][ちゃんと考えていれば]これは事前に防げたことですからね。………これだけじゃない、カースクルセイドの出現も、元はと言えばあなた達の怠慢から生まれたわけですからね。卑劣なのは勇者領の上層部ですよ」
それでも寿々乃井はユピテルの手を掴んで狩虎から離れていく。
「まっ、私は勇者領やカースクルセイドがどうなろうとどうでもいいんですけどね。イリナさんと私が助かればそれでいいのです。あっ、ユピテルさんも気に入ったから助けてやるって言ってましたよ。だから私が逃がしてあげているわけですし」
寿々乃井の頭の中では、狩虎が全てを滅した後にイリナに殺されて全てが丸く収まると本気で考えている。さらに言えば狩虎を殺したことに傷心したイリナを手中にできたら尚いいとまで思っている。嫌いな生徒会長が死んだ、好きな生徒会役員を手に入れられる最高のハッピーエンド。それだけ狩虎の提案は寿々乃井からすれば魅力的だったのだ。
「………確信はあるのか?」
ユピテルは寿々乃井の手を握ったまま立ち止まった。
「狩虎がお前に言った話の全てが嘘ではないと確信はあるのか?」
「え?いや……だって…………」
「…………奴がイリナに執着しているのはわかる。イリナを殺すようなことは多分ないだろう。だがお前はどうなんだ?狩虎との約束を守っただけだろう?殺されない確信はあるのか?」
「………それはない。だから早めに距離を取ってるわけでして」
「…………奴はこの場にいる全員を殺すつもりに見えるがな、私からすれば。目の前を見てみろ」
ユピテルの声で振り向いた寿々乃井の目に映ったのは、この戦場を取り囲む漆黒の壁だった。
「あれは私の魔力と同じものだろうな。奴はここから誰も逃さないつもりなんじゃあないか?」
「で、でも………」
「奴の炎は規模が大きすぎて全てを無差別に焼く。殺す、殺さないを見てから判別するなどは出来ないだろうな。それでもお前は殺されないという確証があるのか?」
「……………」
私は寿々乃井の手を払った。
「私は戻る。何ができるかわからないが、奴をこのまま野放しにするのは得策じゃない」
「死ぬのがわかってるのに行くんですか?」
「平和の為に力を使う、それが貴族の務めだ」
ユピテルは狩虎の元へと向かう。
歩きながら片手で髪を束ね、口に咥えたヘアゴムを掴んで髪を結ぶ。
「このままじゃあ犬死にするだけだ!諸君!申し訳ないが私と一緒にあの魔王と戦い、勝機を見出すために死んでくれないか!」
だが髪はあまりにも長く、纏めきれなかった髪が肩甲骨まで到達する。それが鬱陶しかった彼女は髪を剣で斬り髪を投げ捨てた。
「私が先陣を切る!平和の為に死にたい奴はついてこい!」
駆け出したユピテルの後に続く足音。それは彼女が踏み出すごとに音を大きくしていった。
「狩虎の力が解放するなんて聞いてねーんだけど」
優太は右の眉毛指でかきながら走っていた。
「俺は弱いものいじめが好きなんだ。格上なんかと戦ってられるか、逃げるに決まってんだろ」
「まぁまぁそう言うなよ、な?」
「……………」
目の前に狩虎が立っていた。
「………なんで魔族のお前が勇者の先回りできてんだよ」
「俺のエネルギー量は無限だからな、空間を捻じ曲げるぐらいわけがない」
狩虎が歩くたびに空気が枯れ空間が撓んでいく。
「全員殺すがカースクルセイドは最優先事項だ。特にお前の魔力は残すと厄介だからな、最初に消す」
「俺の魔力を知ってんのか?」
「[万物を貫通する魔力]だろ?物体だろうと概念だろうと空間だろうと全てを貫けるってやつだ。いいよな、使い易くて羨ましいよ」
「そうだ!俺の魔力はどんなものでも貫く!お前の炎だろうと例外じゃない!死ね!」
優太は白色の槍を10本生み出すとそれを束ね、一つの大きな槍にして狩虎に投げた!それは狩虎の炎を貫
「いや、例外だ」
炎に触れた瞬間、貫く前にその槍は溶けて消えてしまった。
「俺が厄介だと言ったのはお前を敵として認識しているからじゃない。ここの壁を壊されるのがダルくて仕方がないって意味だ。じゃあな」
炎が優太を消滅させようと襲いかかった時、光が優太を包んで明後日の方へと飛んでいった!そして続け様に飛んでくる大規模魔法!カースクルセイドの全軍が狩虎に総攻撃を仕掛けたのだ!
「リヒトか。優太を確保してどうにかしてこの場を逃げるつもりなのか」
向かってくる魔法の全てを消滅させながら、狩虎の両手に炎が溜まっていく。
「俺相手にそれは無理だ」
そして両手で地面に触ると、何百本もの巨大な炎柱が大地から噴き上げる!その天辺が見えないほど高く伸び上がったそれは炎を噴き出し続け、特大火球が大地に降り注ぐ!
その圧倒的な火力によって着弾と同時に水素爆弾のような勢いで大地を消し飛ばし、人間を粉々に吹き飛ばしていく!狩虎の魔力の射程距離はこの戦場の3倍の広さを優に超える。一瞬で数百kmを移動できなければ逃げ切ることはできない。
「逃げてばっかじゃどうしようもない。この状況をどうにかするには俺を倒すしかないぞ?」
カラッカラに晴れ渡った空から地上へと雷が一筋降り注いだ。その黄色の閃光は着地と同時に狩虎の元へと飛んでいく!
「なぁそうだろ!イリナぁ!」
黄色の長髪、黒色のドレス。光り輝く伝説の光剣でイリナが狩虎に斬りかかる!
「君を止めにきた!」
そして狩虎は魔剣で攻撃を受け止め、さらに炎で大剣を作り出すとイリナを吹き飛ばした!
「じゃあ止めてみろ!俺が全てを殺し切る前に!」
そして狩虎を中心に炎が放射状に放たれ、この戦場全てを飲み込む!絨毯のように敷き詰められた炎の大地から噴き出す無数の炎の柱。降り注ぐ隕石のような火球。この世が赤色の地獄へと染まっていく!
狩虎の周りに無数に浮遊する炎でできた大剣。それが一斉にイリナに襲いかかる!
〜2分前〜
イリナの渾身のパンチが炸裂し吹き飛ばされるリヒトだったが、断続的に時を止めながら態勢を立て直すとイリナから距離を取る!リヒトもいい一発を食らったとは言え、イリナは下腹部に穴が空いている。時間さえ稼げばイリナを倒せると判断したのだ。
「ぶっ飛ばす」
イリナは腰のポーチから巻物を取り出すと広げた。螺旋状に開く巻物。そして最後に巻物を投げ捨てると、イリナの右手にはいつの間にか光剣が握られていた。
カースクルセイドは聖剣を集めて勇者領を滅ぼそうとしていた。そのため、万が一戦いの最中で盗まれることを危惧したイリナは光剣を使わないようにしていた。しかしリヒトの力の危険性を把握したイリナは光剣を使うことを決断する。
イリナが飛び出した。その圧倒的な踏み込みに大地が吹き飛び、空気が裂けていく。光剣から放たれる光が軌跡となってリヒトに襲いかかる。時を止めながらかわすリヒトと、光剣で斬りかかるイリナ。その2人が交わるたびに激しい閃光を生み出す!
するといきなりイリナが光剣を投げた!と同時に放たれる斬撃!
「第二の舞、二人羽織」
光剣は7種類の武器に変化することができる。第二の舞は双剣であり、右手の剣を投げると同時に左手の剣を振っていたのだ。しかしリヒトは時を止めて辛うじて攻撃を避け距離をと
「第三の舞、打烙の因果」
光剣が棍へと姿を変えてすぐさま追撃する!両手を使いリヒトは棍の攻撃を受け止め掴み、反撃の為にひねりを加えながら上段蹴りをする!
が、棍の先端が外れイリナはリヒトの攻撃をダッキングでかわし懐に入り込み、鳩尾に肘打ちを決める!リヒトが吹き飛びながら棍から鎖が伸びていく。そしてイリナは棍に力を込めてリヒトを引っ張り込むと、力の限り左手に握られていた棍でぶん殴って地面に叩きつけた!
イリナの棍は三節棍だったのだ。
グッグッグッッッ!!!
右手に力が込められ血管が浮き出る!そして倒れているリヒト目掛けて…………
ドッッッッゴォォォオオオンンンン!!!!
振り下ろされた鉄槌は地面を陥没させ砂埃を吹き飛ばす!!!食らった人間はまず助からないだろう破壊力。だがリヒトは時を止めてその窮地から脱出していた。
「………チッ、あの時を止める能力をどうにかしないと」
時を止めるという反則級の能力相手に攻勢一方の状況がまずおかしいのだが、イリナは攻めあぐねていることに苛立つ。
もういっそ最終手段を使うか?そうしないとこいつは仕留められない気がする………そう思っていた時だった。
突如世界が赤く染まった。振り返ると、そこにあったはずの城が炎で消失していた。魔王や第二類勇者の力でしか壊れない城が跡形もなく消し飛んでいるのを見て、イリナは一瞬で「ミフィー君の力が復活した」と理解した。そして一年前の記憶が蘇る。状況が似ている。大戦の時に突如現れた魔王。それが勇者の全てを滅ぼし、私の相棒であるカイを殺した。
「…………止めなきゃ」
でも、イリナを突き動かしたのは絶望ではなかった。悲惨な過去などではなくて、脳裏によぎったミフィー君の悲しむ顔だった。
まだ私は彼の全てを知らない。でも彼が人を殺すことを望むわけがないのは知っている。彼はカイやたくさんの勇者を殺したことにトラウマを抱いている。そんな彼が好き好んで人を虐殺なんてしたいわけがないのだ。このままじゃ彼が取り返しのつかない場所に行ってしまう。
「………あんた、もうどっか行っていいよ。私はミフィー君のところに行くから」
私はもうリヒトから視線を切っていた。どうでもよかった。今私がしなきゃいけないのは、ミフィー君を止めることなのだから。
私は絶望を纏った炎の中心へと飛び出した。
話的にラストスパートだと思うやん?序盤なんだぜこれ。




