5、魔力の使い道を探して
「おーい、ボウズ、次はこれを頼む」
昼頃に、アリスンの店に来いと言うので向かうと、ガーライルにつかまった。
ガーライルは四分割された一地区のまとめ役だそうだ。
要するに、この辺のゴロツキのまとめ役。
自治会の区長さんみたいな感じ。
ガーライルから俺への頼みごとは、街の所々にある時計に魔力を込める事だった。
一日は十二時間。丸い円形の皿のフチが光っていて、時計のように光が外周を回り、日本の時間なら二時間で長針が一周するようだ。
短針はなく、代わりにお盆の中央の数字が光っている。
文字はこの世界特有なのに、数字はアラビア数字なのが不思議。
俺はその時計の中央についている電池がわりの赤い石をあたためてまわった。
街に共用の時計は五つあるらしい。
東西南北と、中央広場の時計をチャージして、またアリスンの店に戻る。
戻りつつ自分のステータスを確認すると、魔力は65290と、あまり変化はない。
そして現在進行形で魔力はじわじわと回復する。
……脳内窓の魔力使用量よりも、回復量のほうが勝っていたんだな。
小燃費の検索魔法を心の中で称賛しているうちに、アリスンの店についた。
カウンターには寝起きから酒を飲んでいるガーライルがいて、俺に向かって手を上げた。
「早かったな、魔力は足りたか?」
「時計の充電くらいでは、全く支障はありませんでした」
「……ほぅ」
ガーライルの目がキラリと光る。
また何かやらされそうだが、共用の施設のメンテナンスなら進んでやりたいところだ。どうせ暇だし。
他に何か仕事は無いかな……と、店内を見ると、床は食べかすだらけ、テーブルも結構汚い。
飲食店でこの汚さは保健所に怒られるレベル。
「店の掃除はされないんですか?」
アリスンに聞くと、アリスンもガーライルもキョトンとしていた。
「床が濡れていたり、食べかすが落ちていると、虫や(雑菌)が繁殖しますよ」
と、口にだして、雑菌が言葉に出来ずに、雑菌の部分だけが口パクになった。
「ん? 害虫と、なんだって?」
「えっ……(雑菌)、(カビ)とか、病気の原因に……」
言葉に出来ない部分があり、会話が穴あき状態になる。
……なんだこりゃ、菌について、語ってはいけないのか?
驚いて脳裏の窓を確認すると、菌の存在はこの世界では確認されていないので、ふせないといけないらしい。
製鉄だけでなく、菌もダメか……。
「じゃあ塩水を(電気分解)して(水酸化ナトリウム)を作ったり、(次亜塩素酸)を作って(消毒)したりは出来ないのか」
「は? ボウズ、頭は大丈夫か?」
「親方、石鹸は? 石鹸はありますか?」
「石鹸?」
「あの……草木の灰を煮て、油と混ぜて作る、洗うためのものです」
「石鹸はあるわよ」
アリスンが棚から箱に入った石鹸を大事そうに見せる。
……科学は、生活レベルのものならセーフ? 酒があるのに、菌の研究がされていないのは不思議だが、酒も魔法で作れるのかもしれない?
「スミマセン、把握しました。まあとりあえず、床に水掛けてホウキかなにかで洗いませんか?」
「……アハハ……ちょっと、ムリかなー?」
「何故?」
ガーライルはフウとため息をつくと、重々しい口調で呟いた。
「水不足なんだ、水は飲み水に回すので手一杯だよ」
……マジで?
暗い室内に、重い空気が漂った。
どうもこの街は、大気は汚染され、井戸は枯れているらしい。
大気の汚染の影響か、作物もあまり育たないので、食料は東の国から仕入れるらしい。
さらに水問題。近くに川はあるが、水質が悪く飲用に適していないとか。
じゃあどうやって生活してんだよ、と思うが、だから魔物から取れる魔法結晶が重宝されているのだろう。
……ここって人が住んでいいところなのかな?
幼馴染みの夢の話では、魔法が発達していて、火、風、水、土は魔法操作可能の筈。
水は北の竜の管轄で、北の国ファリナの守護竜はキレイな水を無尽蔵に出せる筈。
「……あっ」
神殿で見た青い髪の人、あの人が水竜だ。北の国の守護竜。
先に知っておけば、水を分けて貰えたかもしれないのに。後悔先に立たず、残念。
「どうした? ボウズ」
「いえ、なんでもありません。それよりも、飲み水って魔法で出せないんですか?」
「出せるさ」
「なら……」
「西の学舎でお高い巻物を買って、魔力を補填して作動させればな」
「巻物?」
……魔法は、機械みたいなハードがないと作動しないのか?
「スクロールって言うんだがな、羊皮紙に魔力のあるインクで書かれた実用品だ。時計も皿の裏に西の国の魔法陣が記載されている」
「いや、雑貨屋の老人は鑑定に巻物を使ってはいませんでしたよ?」
「ジジイはガチで魔法使いだからなぁ……ジジイの魔法を見たなら分かるだろう? 何もない空中に魔法陣を書けるのが魔法使いだ」
……空中に、素手で記号を書く?
ためしに指先に熱を持つイメージをして、指で一と空中に書いてみる。
案の定、何も書けなかった。
ガッカリする傍ら、ひとつアイデアがうかんだ。
指先を熱くする事が出来るなら、熱の範囲をぎゅっと縮小して熱を集める。
そして、空気から酸素を分離して、そこに集めた熱を移動する。
ーーボッ
指先に小さな火を灯す。
手を焦がさないように、空中の酸素濃度の濃い所を座標で指定。燃やす素材が酸素しか無いから燃焼を維持するのは大変だ。続けると酸欠で死にそう。
消すときは、酸素を散らして二酸化炭素を集める。はい、消火。
「……火を灯すくらいなら、魔法陣は必要無いですね」
実験が成功した事に慢心し、振り向くとアリスンとガーライルが口を開けて俺を見ていた。
「……陣無し、名無し、無詠唱で魔法を使う奴とか初めて見たわ」
これはやったらアカンものなのかと青ざめて、脳裏の窓を見ると、赤字が画面を埋め尽くしていた。
科学と魔法を混ぜたらいけないんですね、スミマセン、いつかちゃんとスクロール買って来ますね。
……旅費が稼げたら、の話ですがね!
ナイナイつくしの異世界生活は前途多難だ。
俺はその後、森で草木を採取しホウキを作ったり、草や木を焼いて灰を作り、灰を床に撒いて水分やゴミをくっつけて、アリスンの酒場の掃き掃除をした。
清潔って、大事だよね!
・・・・・
ガーライル親方は、俺がほぼ無尽蔵の魔力持ちだと気が付いたらしく、ポケット充電器が如く、俺をつれ歩くようになった。
親方と共に街を巡ると、目に入るのは病気を患う人々だ。
大気汚染で肺や呼吸器をやられ、かつ水不足と水質汚染のせいで、体力がた落ち。
海は遠いので塩は高く、食べ物は近くで獲れる魔物以外はバカ高い。
……飲まず食わずで活動出来る体で助かった。
川の水質汚染が気になって、川に行くと親方もついてきた。
コップに川の水を汲んで、脳内窓で分析。汚染物質は、魔物の死骸や糞尿のようだ。上流に魔物がいるらしい。
「……水を見るだけで、なにかわかるのか?」
「あ、はい。汚染は魔物によるもののようです」
ひとまず俺は、持ってきた樽に砂と石を詰める。
先日の火の魔法のせいで、親方は俺が異端だと気が付いたらしい。
あれから、行動のひとつひとつを観察されるようになった。
キャンプで学んだ野外の水のろ過装置を作りつつ、親方に話す。
「……親方……もう、お気付きでしょうが、私は人間では無いらしいです」
「そうだな、飲まず食わず、そして夜も寝ていないからな、かといって、人間にしか見えないから面白いよなぁ」
……面白いですか、気味悪がられなくて良かったです。
石と砂を詰めた樽に、川の水をそそぐ。すると、下のほうに開けた穴からタラタラと水が出る。
水の出方が気になるので、穴に円筒の魔物素材を刺して水の通り道を作る。
その樽に何度か水を流して、濁った水が澄むまでろ過を繰り返した。
かなりキレイになったら、布で濾して水質を調べて見る。
「……不純物は除去出来たけど、まだ飲めないなぁ」
「キレイな水に見えるがな、何が問題か分かるか?」
俺はため息をついて上流を見る。
「おそらく、川の上流に魔物の巣があると思います、その糞尿がまじっているのかと」
「ぐえ……フツーに飲んでいたわ、川の水……」
「まあ、ゴミを沈殿させて上澄みを沸かせば飲めるとは思います。貝殻とかあれば、さらに浄水できるんですがね」
「塩さえ高いのに、そんなものあるかい」
ズビシ! と、頭をはたかれた。
親方は立ち上がり、うーんと伸びをした。
「魔物……討伐依頼でも出すか」
「親方、依頼を出す前に、調査が必要だと思いますよ、敵が何か分からなければ、人数も装備も想像できません」
「……はぁ」
親方の反応が悪くて軽く驚く。
「……お前、そんな有能なのに何をやらかして追放されたわけ?」
「追放された事は無いですよ」
……ただ単に、最近聖地で誕生しただけなので、罪を犯してはいない筈。
「……裸だろ? 衣服剥がされて追放とか、よっぽどの事をやらかしてないとムリだって、話しによっては後始末してやるから、正直に言ってみな?」
親方は顔をずずいと近付けて、真剣な顔をする。これは、オッサンの親切モードだ。
「何もしていません、私の履歴は真っ白です」
「……クソ、親身になってやろうと思ったのに、いつかどっかの教会につっこんで、神託で悪事をバラしてやるからな」
……悪事と教会? 何の関係が?
ガーライルの言葉がひっかかって、帰り道にオートモードで歩きながら、ガーライルの犯罪履歴を検索してみる。
[名称:ラナイス、分類:人間、性別:男、出生地:ファリナ/ノイナ地区
父:レグラスロベス、母:ノリスロベス
来歴:ノイナ地区の領主の三男、八才時に領主が領土を王に返し、一家で別領土に移転するが、冤罪で家族は処刑される、処刑時に生き残ったラナイスは治療を受けセダン領南にて難民として働く、セダンで農家の娘アリシアに婿入りし、息子を授かるが、妻子はアスラの魔物に殺される。以降はひとり聖地自治区に逃れる]
データを見て、ここまで詳細に書いてあることに驚き、そして妻の名前を見て二度驚く。
一瞬アリスンさんと結婚されたのかと思ったが、妻の名前はアリシアだし、別人だろう。
……ガーライルさんの人生不幸すぎる。
まあ、窓の検索で詳細な個人情報がみられるとか、誰にも話す気はない。
……ガーライルさんの怒涛の半世は、そっと胸にしまっておきます。
ろ過した水をアリスンへの手土産にして、ふたりは街へ戻る。
ガーライルさん、悪党のボスだと思ったけど、過去には妻子もいたし、世話焼きだし、俺に押し付ける仕事は公共のもので、私利私欲とは無関係だ。
もしかして、この熊のようなオッサンさんは、かなりの良い人なのでは?
俺はガーライルの広い背中を見てそう思った。
・・・・・・・
「なーんで私が行くのよ!」
どんより曇った空の下、アリスンが文句をいいながら山を登っていた。川沿いは殆ど人が通らないらしく、魔物素材の鉈で道を切り開きながらの行軍だ。
「調査をするだけですから、私ひとりで大丈夫ですよ、アリスンさんはお店にいてください」
「ええー、だってガーライルが行けって言うから……私、親方には逆らえないのよぉ」
「……何か弱みを握られちゃいましたか?」
どうもこの世界の住人は、それぞれウィキペディアのように個人情報が残されているらしい。
悪事をしていれば、すぐにバレる。
アリスンはメソメソと弱音を吐きながら街に向かって叫ぶ。
「ガーライル! 愛してる! だから、捨てないで!」
……弱みでは無かった、惚れた腫れたの問題だった。
俺は聞かなかった事にして、黙々と山道を登った。
半径五十メートルに探知はかけているが、危険な魔物はいないので、前を行くアリスンの背中を見た。
……検索。
[名称:アラン、分類:人間、性別:男、聖地自治区生まれ]
親方と比べると、ステータスも低いし、犯罪履歴も婚姻歴も無いし、とにかく記載が薄い。
……いや、注釈がある
[属性:聖属性魔法、聖地神殿神官の子孫]
……なんかあった、くっついてた。
アリスンさんの人生には何もおきていないけれど、潜在的能力が付与されていた。
聖属性魔法持ち……聖属性というと、傷を治したり、浄化したりかな?
だがMP77ならあまり大がかりな回復魔法は使えないかもしれない。
あと、神官の子孫って何だ?
先祖があの廃墟神殿で働いていたということ?
それは、戸籍に記載されるようなものなのか?
「……浄化魔法!」
黙々と登山をしていたのに、突然大声をあげたので驚かれた。
「何よー突然、浄化魔法なんて、えらーい神官様しか使えないわよ」
「……あ、アリスンさん、もしかしたらアリスンさんなら出来るかもしれませんよ?」
「無理よ、魔方陣も知らないのに」
……また魔方陣という壁が立ち塞がるのか。どこかに魔法についての本が置いてある図書館とかあればいいのに。
「ちょっと休憩しませんか?」
そう切り出すと、アリスンは喜んで岩に腰かけた。
俺は持っていたろ過水をいれた皮の水袋を取り、木製のコップを出す。
……そういえば、アリスンが守護竜は何でも知っていると言っていた。もしかして、この窓に魔方陣の情報を引き出せるかもしれない?
俺は「水、浄化、魔方陣」と念じながら窓を見る。すると、脳裏の窓に円形の模様が表示された。
……細かいな。これを覚えて、空中に記載する?
目を閉じて、ペンで書くイメージで魔方陣を空中に書いてみる。
空中は一瞬赤く光ったが、綺麗な円が描けなくて中断した。
光が出たので、アリスンが近付いて来た。
……魔法はどうやら、イメージできるかどうかの話だ。ペンで書こうとするからダメなんだ。
画像を写す方法は
俺は脳裏の模様にコピー機ように、上から下まで光で撫でる。光に写した模様を、目の前にある器の上に展開した。
「なにそれ!」
「スミマセン、ちょっとお静かに」
コップの上にろうとのようなイメージで浄化の魔方陣を描き、そこに皮袋の水を垂らした。
水は魔方陣に触れるとキラキラと光り、浄化されて器に注がれた。
「……解析」
器の水の成分を窓に表示される。
まじりっけのない純水が出来た!
……あれ、水の美味しさって、カルシウムとかミネラル由来だった筈。そこんとこ、純水ってどうなの?
静かにしろと言われて、口を手で押さえていたアリスンが、魔方陣が消えるのを見て、興奮気味に話す。
「今の何? そのお水、どうなったの?」
俺は器ごとアリスンに渡す。
「思い付いたので、水の浄化をしてみました。浄化はできたけど、味は美味しくは無さそうです」
「飲めるのね! 飲んでいい?」
「味見する程度なら」
アリスンは目を輝かせて、器の水をなめた。
「全然臭くないよ! おいしい水だよ!」
目を輝かせて飲む女性は可愛く見えて困る。
まあ、中見は男性で年齢は三十二才なのだが。
自分の作ったもので喜ばれると、日本人としては嬉しい。
「今度、魔力のあるインクとやらを入手して、布とか石とかに浄化の魔方陣をかいてみます。そうしたらアリスンさんも使える筈です」
「ん? 私、魔法使えないよ?」
「いえ、アリスンさんは聖属性魔力持ちですよ、そこのところは保証します」
保証と聞いて、アリスンは弾けるように笑う。
「君みたいな放浪者に保証されても信用度薄いよ!」
……君、キミと言われてドキッとした。
そういえば、幼馴染みは俺の事をキミと呼んでいた。
彼女は常に隣にいたのに、ここに来てから殆んど思い出さなかった。
その理由は至極単純だ。
この体には食欲や性欲が無い。
食欲や性欲で幼馴染みを思い出すとか、本人に知れると怒られそうだが、事実そうなのだから仕方ない。
彼女に触れたい。この想いが俺の根幹だった。
……ゾッとした。
俺の中の大切なものが、ゴッソリ抜けていたことに全く気が付いていなかった。
「ねえ、大丈夫?」
アリスンが横から俺の腕を揺する。
この体はハリボテで、中身も無いとしたら、俺とは一体何なのだろう?
心のどこかで恐怖を思うが、実際はそんなにダメージを受けていないことにも驚く。
……この体は、ありとあらゆるとこに鈍感だ。
「大丈夫だ、先に進もう」
俺はアリスンと共に川の上流に向かった。