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1、目覚めたら全裸だった

 

 目が覚めた……のだろう。


 はっきりしないのは、目蓋が動かないから状況が全く視認出来ないせいだ。


 手も、足も動かない。

 心臓も動いている様子はないのに、血のような何かが体を循環しているのは分かる。

 だから、俺は生きてはいるのだろう。


 体は一切動かないが、思考は出来る。


 ここは外気の入らない場所で、俺の体は仰向けに横たわっている。

 そして、おそらく衣服は着ていない。


 ……えっ?


 自分でそう思って、自分で驚く。


 ……俺は、真っ裸で寝ているようだ。


 さいわい人の気配は一切無く、動植物はおろか虫さえもいない空間のようだ。

 もしここに人がいたら社会的に死ぬ。真っ裸はさすがに困る。


「……ん」


 自分の置かれている状況に焦ったせいか、声が出た。

 全く動かなかった体で、舌が、肺が動いた。

 息を吐くついでに、喉の振動で「うう」と唸る。

 この調子で目蓋、目蓋も開けたい。

 流石にこのまま何日も放置すると死ぬだろうし。


 ……目を開けたい。


 それだけを目的に頭頂に力む日々を送って数日。今の俺には水も食料も要らない事を知る。

 気がついて三日と七時間を経過しているが、喉の乾きは全く無い。

 排泄も必要無い。

 いや、何で正確な時間が分かるんだ? 時計なんてないし、見ることも出来ないのに。


 日時が知りたい。

 そう思うだけで今の正確な日時が分かる不思議。

 もしかして俺は死んで、機械の体か何かになっているのかもしれない?


 人間だった最後の記憶では、日本の男子中学生だった。

 幼馴染みの女の子が化け物に命を狙われていて、それから守る為に戦って……多分出血多量で死んだ。


 ならこれは、転生ってやつか。

 異世界転生。

 何て事だ。まるで小説の主人公のような展開だ。


 いや、ここが異世界かどうかは今だ確認出来てはいないのだが。

 最初喋れたのも気のせいだったようで、俺はずーっと真っ裸で仰向けに寝ているだけだ。


 ……神様、仏様、俺は目を開けたいです。


 俺は無宗教なのに、困ったときは神頼み。

 八百万の神々のどなたでもよいので、アドバイスをください、お願いします!


 そう念じると、脳裏にパソコンの窓のような四角形の図形が浮かんだ。

 慣れ親しんだパソコンの窓。そして入力エリア。


 文字入力をしろといわんばかり、窓の左上にある小さな四角形が点滅をしている。


 ……体を動かす、方法


 考えただけで小さな四角が動いた。

 少しの間を置いて、窓にドバーッと文字が現れる。日本語でも英語でも無いので困惑したが、この頭はその文字を理解した。


[額の結晶から魔力を解放し、魔力回路を通じて体に巡らせる]


 ……あー、結晶とか、魔力回路とかがついているんですね、これ。


 半ば半信半疑で額に集中し、魔力とやらを流せと念じる。すると、動かなかった目蓋が動いて、周囲が見えた。


 ここは、教室くらいの広さの部屋で、壁にはSF映画で見るような、人が入るサイズの透明なケースが並んでいた。

 八個あるそのケースのひとつは倒れていて、俺の体の横に転がっている。どうやらこのケースには俺が入っていて、ケースが倒れた時に外に追い出されたようだ。


 異世界ときいてファンタジーを想定したけど、もしかしたら未来なのかもしれない?


 俺は指先に魔力を通して指を動かしてみる。

 正常に動いたので、全身に魔力を行き渡らせ、慎重に起き上がってみた。


 ……はい、想定通り、真っ裸でした。


 ペタペタと自分の腕や胸を触って、体がいやに大きい事、そして、かなり筋肉がついているなと思う。


 ……とりあえず衣服が欲しい。


 ケースの置いてある部屋から外に出てみる。

 日の光の入らない、薄暗い廊下には、所々に灯りがついている。

 側で確認してみると、それは火でも電気でもない謎の発光物だった。


 ……なんだこりゃ?


 そう思うと、展開しっぱなしだった脳裏の窓に答えが表示される。


[ライト/スクロール]


 それは灯りの魔法らしい。

 俺の体に魔力を流した時は気がついていなかったが、ここは魔法の存在する世界のようだ。


「……わぉ」


 現金な事にそれだけで心が躍り、やや弾みながら足を進める。

 通路から人の手が入った痕跡のある扉を開け、個室のような部屋のタンスを開ける。

 これは勇者特有の略奪行為だ。

 さあ、服は手に入るのか?

 俺はドキドキしながら引き出しを覗いた。


 そこには布らしきものは入っていた。

 だが、手に取ると破れ、ポロポロと崩れ落ちた。


「経年劣化?」


 やはりかなりの未来に飛ばされているのかもしれない。


 ……今は何年なんだ?


[千十六年春四十三日]


 窓に表示された数字をみて、思考が止まった。


 未来では無く過去だった?

 そして月が三十一を越えている。


[一週は十三日、一季は五十二日、七季で一年、余りを年越しの祭りで補う]


 暦の数えかたが全く違うらしい。

 十三×四とか、トランプのような数えかただ。


「……異世界確定、かな?」


 真っ裸のまま、ポテポテと建物の中を練り歩く。

[研究室]

 と表記される部屋は十二あった。

[飼育室]

 は三部屋で中身は空っぽ、他は個室や相部屋などの、人が寝泊まりをする施設だ。

 調理室や、保管庫、トイレなどもあり、人が住んでいた痕跡があるが、どれもかなり前から使用された形跡はなく、壊れたり、埃が積もっていた。


 細いドアを開けると、どこまでも続く深い穴が見えた。

 その穴のまわりを、螺旋階段が下に、下にと果てなく続いている。


 下に行っても出口は無いだろう。

 そうは思うが、裸で外に出る気にはなれなくて、長い螺旋階段を下りる事にした。


 無心で一歩一歩下りていき、途中に広い踊場が見えたので、下りるのをやめてそこにある大きな扉を開けてみた。


 光に目が眩む。

 反射的に目を閉じて、恐る恐る目蓋を開けると、そこはとても広い空間で、空には青空と太陽が見え、足元には芝生のような草が生えている。

 そしてその空間の中央には、見たことがないような巨木が空に向かってそびえ立っていた。


「……なんだこれ、スカイツリーより高そう」


 地下に下りていた筈なのに、突然野外に出たような気分になるが、よく見ると空は膜のような物に覆われているようで、見方を変えると色が変わって見えた。


「地下にある、巨大な温室? いや、ドームか」


 ふと、幼馴染みの女の子が言った言葉を思い出す。


『フレイは外に出ることは禁止されていて、いつも世界樹のあるドームにいたの』


 俺は樹木に向かって走った。


 ……ここは、彼女が夢を見ていた世界なのだろうか? 何か、それを証明するものは無いだろうか?


 巨大な幹の根は太く、地面を波打つように生えている。

 一部ポッカリと根が生えていない場所があり、そこには直径一メートルくらいの大きさの丸い透明な珠が置かれていた。

 珠は転がらないように台座に置かれてあり、台座の一部分は人が座っていたような跡があった。


 俺はその跡に座ってみる。

 曇りの無い透明な珠に手のひらをあてて、額から流れている魔力を手から珠に流す。

 すると、珠は薄く光り、中央に画像が浮かんだ。


 それは今いる場所の俯瞰映像のようで、大きな樹の下で裸の男が珠を触っている。

 珠の映像は思うように動かせるようで、俺はその男に焦点をあてて、拡大して見た。


 日本の俺と同じ黒い髪だが、肌の色は白く彫りが深い。

 中学生だった元の自分と比べると、年齢は十以上は高いと思う。

 目の色は青みがかった緑だった。


 ……外人だ。


 思わず自分の頬を撫でて、今見ている映像と同じなのかを確認する。

 鏡を見ているように、映像の俺は俺と同じ動きをした。


 そこで、ずっと展開したままの脳裏の窓が点滅した、


[遠見の珠:魔力を流し、見たいものを命ずる]


 なるほど、この珠は見たいものを見られる魔法アイテムなのだろう。

 今一番見たいものは……?


コウの安否」


 コウとは日本で化け物に追われていた幼馴染みの女の子だ。

 俺は死んだけど、彼女が助かったかどうかは切実に知りたい。

 教えてくれ。


 珠は沈黙したように、何も写さなかった。


 ……不発なのか、それとも実行不可能な命令なのか?

 エラーかどうかを確認するには……。


「現在地から、地上の光景」


 珠に向かって告げると、珠の中に森が映し出された。

 森の中心に大きな一枚岩の床のようなものが見え、周りには壊れた柱が転がっている。

 

「現在地の名称、及び座標」

 

 この命令には珠ではなく、脳裏に展開していた四角い窓に答えが映し出された。

 

[大陸中央/聖地/神殿/地下/世界樹の間/27337.65315.521]

 

 最後の数字が座標なのかな?

 

 ためしに部屋を出て、もう一度同じ要請をしてみる。

  [大陸中央/聖地/神殿/地下/階段/27336.65315.521]

 すると数値がひとつずれた。

 おそらく、数値はXYZだろう。Zが上下だ。

 

「ここは、フレイが閉じ込められていた聖地にある神殿だな」

 

 ふと気をそらすと、窓に記載されている情報が消えている。

 

「日時と座標は出しっぱなしにしたいなぁ……」

 

 出来ればゲームの画面のように並べたい。

 そこでふと思い出した。

 ゲームと言えば……

 

「ステータス、対象、自分自身」

 

 そう呟くと、窓にドバッと文字と数字が羅列された。

 そのあまりの情報量におののく。


「ストップ、ストップ、もっと簡潔で、分かりやすくまとめて」


 こんなプログラムみたいに数字を並べられても意味が分からない。


 俺は窓から理解不能な数字の羅列を削除して、理解出来る情報だけを取得選択し、見易いように並べた。


「名前:ジーンゲイル(ハザマシン)、生体No.7、出生地:聖地神殿……]


 おお、俺の日本の名前が記載されている。

 そこまではいい、問題は……。


「分類:守護竜」

 

 なんだこれ、この体は人間ではないのか?

 もしくは、この分類という項目が動植物や人を区別するものではないのか?

 

「これは、他の生き物に会わないと確認出来ないな」

 

 それには服だ、いま切実に服が欲しい!

 

「衣服の入手方法、及び、最短地の衣服の在りか」

 

 窓には動物や魔物の皮からの衣服の作成方法や、毛や植物を織って布を作る方法などが大量に表示された。

 

「作るのは最終手段にしたいから、衣服の在りか」

 

 窓に神殿地図が立体表示される。

 どうやら神殿の地下三階に、劣化していない衣服のある部屋があるらしい。

 俺はその部屋に行って、ドアが開かなくて途方に暮れた。

 

「……次の候補を検索」

 

 ここから二キロ程離れた街に売っているらしい。

 

「いや、真っ裸で街は無理、草か何かで作るしかないか」

 

 草と言って思い出すのは世界樹の葉だ。

 そう思っただけで、真っ赤な特大サイズの文字で、窓に警告がズラズラと流れた。

  世界樹の葉は絶対に利用してはならないらしい。

 

「……ふっ……手詰まり」

 

 ……もう、裸のまま街に行って、衣服を借りるしか無いかな?


 たかだか服の入手方法が見当たらず、俺は扉に頭をつけて、大きくため息をついた。

 

「キャッ!」

 

 どこからか女性の声が聞こえた。

 これはまずい。

 俺は焦って、柱の影に隠れた。

 

「……どうした? お前が驚くようなモノが神殿にあったのか?」

「マスター」


 ……おお、マスター呼びかっこいい。女性はこの老人に仕えているのか。


 女性の後ろから、老いた男性の声もした。

 同時に、気温が三度下がる。

 通路にひんやりとした冷気が流れて来た。


 ……何だこれ?


 窓には[氷剣の影響]と出ている。

 後の男は魔法の剣を鞘から抜いたらしい。


  ……ヤバイ、警戒されている!


 まあ、裸の男がいたら誰だって警戒するよな、と苦笑しつつ、俺は柱から手を出して、フルフルと手を振った。

 

「こちらに攻撃の意思はありません、攻撃は止めてください」

「ほお、神殿に人が入り込んでいるなんて珍しいな。攻撃の意思か無いなら両手をあげて姿を現せ」

「……いや……こちらは裸で……女性の前に出るわけには」

 

 正直に言うと、男は吹き出した。

 

「裸で神殿に来たのか? それとも、追い剥ぎにあったのか?」

「いや、気が付いたらここにいて、衣服は着てなくて、困っているところです」


 男は笑いながらマントを脱いで、俺に向かって投げた。

 俺はありがたくマントをかぶり、両手をあげて柱の影から姿を見せた。


  [名称:ファリナ王、性別:男、分類:人間]

  [名称:セシル、生体No.4、分類:守護竜]


  二人の姿に被って、脳裏に二人の情報が表示された。

 やはり人間は人間と表示されるらしい。そして女の人の分類が俺と同じだ。


 見た目は筋骨逞しい白髪の老人と、青い巻き髪の美しい女性だ。

 男の手には冷気を放つ剣が握られていた。

 

「……ファリナ王?」

 

 ……第一発見者が、世界の重鎮とは畏れ入る。

 

 ファリナ王は驚いて眉を上げた。

 

「一目見ただけでワシが王だと分かるのか?」

「はい」


 もしかして、このステータスっぽい窓の情報はこの体特有のものなのかもしれない。


「マスター、裁定者です。No.7」


 青い女性がそう告げると、王は白い髭を撫でて、遠くを見て呟いた。


「ついに、終末予言が動いたのか」

「……四の王が不在ですのに、大変な事です」

「そうだな」


 俺はふたりが何を言っているのかが理解出来ず、俺は通路に立ち尽くした。



 ……こうして、俺の異世界生活が始まった。


コツコツと街の改革をする俺の話(全34話)


題名でわかるようにシリアス度合いは低く、コメディ寄りです。恋愛要素もありません。

お気楽にお付き合いくださるとさいわいです



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