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3 主従の少年時代について

 ロードリックがマクシミリアンと出会ったのは、自身がまだ10歳の時のことだ。


 北方の大貴族チェンバーズ伯爵の次男として産まれたロードリックは、長男以外の貴族の子弟に良くあるように、例に漏れず勉強を兼ねた奉公に出ることとなった。そう、齢14にしてブラッドリー公爵の称号を得たばかりのマクシミリアンの側仕えとして。


 マクシミリアンは年若くとも良き主君だった。何も分かっていない子供が側にいても決して苛立ったりしないばかりか、立派な大人になるようによく面倒を見てくれていたものだ。


 そして今日もまたブラッドリー城にて、側仕えの少年ロードリックは主君に魔法の稽古をつけてもらっている。


 マクシミリアンは短く呪文を諳んじると、赤い炎の柱を出現させた。

 舐めるように蠢く火柱は周囲に燃え広がる前に嘘のように消え去った。威力と美しさを兼ね備えた魔法を前に、ロードリックは感嘆の声を上げた。


「マクシミリアン様、凄いです! なぜこんなにも凄い魔法が出せるのですか?」


「俺の魔法なんてまだまだ。母上はもっと凄かったからな、もっと精進しなければ」


 とはいえお前を教えるには今のところ足りる、とマクシミリアンは笑った。ロードリックは珍しい光属性の魔力を持つから、俺よりも余程才能があるのだとも。


「同じように光の柱を作り出してみろ。ただ輝くだけじゃなく、全てを焼き切る強烈なやつだ」


「はい、マクシミリアン様!」


 ロードリックは大きく頷くと、近頃覚えたばかりの呪文を長々と唱えた。


 マクシミリアンのように省略することはできないし、規模の小さな柱しか出現しない。それでも優しい師匠は嬉しそうに笑って、豪快な手付きで頭を撫でてくれた。この頃のロードリックは普通の短髪だったので、髪型が乱れるには至らない。


「良いぞ、ロードリック! もうこんなに出来るようになるとはな!」


「はい、ありがとうございます!」


 マクシミリアンに褒められると嬉しくなるのは、この人が自分に目をかけてくれていることが伝わってくるから。

 ロードリックはもっと頑張らなければと思う。忙しい合間を縫って稽古をつけてくれる主君に報いるために、自主鍛錬だって欠かすつもりはない。




 一通りの訓練を終えた二人は、水の入ったボトルを片手に木陰を選んで胡座をかいた。


「ロードリック、お前は何になりたい? 次男という立場上、自分の食い扶持は自分で稼がねばならないぞ」


「はい! 私は、黒豹騎士団に入って貴方の元で働きたいです!」


 何の迷いもなく浅葱色の瞳を煌めかせた少年を前に、マクシミリアンは瞠目したようだった。

 そんなに驚くようなことでもない。立派な主君の元で働きたいと思うのは、男なら当然のことだ。


「何を……騎士になるにしても、お前なら王立騎士団にだって楽に入れるぞ。更には幹部だって目指すことができるだろう。こんな地方領主の騎士団なんかに収まる必要はない」


「いいえ、マクシミリアン様。私は貴方の元が良いのです。噂に聞く今の陛下は、どこか信頼できないお方ですので」


 この時のロードリックはまだまだ子供で、主君の実の兄を批判するという無鉄砲もへっちゃらだった。マクシミリアンもまた生意気なことを言う子供に対して怒るでもなく、剛気な笑みを浮かべて見せた。


「はっはっは! 信頼できないか、そうか! お前は本当に頭がいいなあ!」


「マクシミリアン様? 私は何か妙なことを申し上げましたか?」


「いいや、良いんだ。……ロードリック、俺はチェンバーズ伯には返しきれない恩がある」


 この話は今に至るまで何度も聞かされたものだった。


 チェンバーズ伯は多大なる影響力を持ち、王家で立場の弱い末弟だったマクシミリアンの後見人となった唯一の人物。ロードリックを預かることになったのも、まさにその縁が成したことなのだと。


「だからと言って贔屓はしないぞ。黒豹騎士団に入るなら選抜試験を受けてもらうし、実力をつけなければ出世だってできない。それでもいいのか」


「もちろん、自分の力で戦い抜いて見せます。マクシミリアン様の顔に泥を塗るつもりはありません」

「よし、よく言った!」


 マクシミリアンは膝を叩いて立ち上がった。稽古の再開を意味する動作にロードリックもまた追随したところで、突然の来客が訪れる。


 ブラッドリー城の中庭を歩いてきたのは、とても端正な面立ちの男だった。


 歳の頃はマクシミリアンと同じくらいだろうか。ダークブロンドを太陽の光に輝かせ、空色の瞳を優しげに細めており、存在感と気品が同居した独特の佇まいをしている。


 ロードリックは怪訝な眼差しを向けたのだが、マクシミリアンが喜色満面でその男を迎えたので驚いてしまった。


「カーティス、久しいな!」


「ああ久しぶり、マクシミリアン。君は変わらないな」


「何言ってる、背が伸びたぞ。しかし突然どうしたんだ?」


「領地から王都に出るところでね、寄らせてもらったんだ。ああこれ、お土産だよ」


 カーティスと呼ばれた男がマクシミリアンに鶏肉の燻製と思しき塊を渡す。「これが美味いんだよな」と嬉しそうに笑ったマクシミリアンに、ロードリックはどこか面白くない思いを抱いた。


 ——なんだ、この男。今は僕が稽古をつけてもらっていたのに。


 まだ10歳の少年にとって、私という一人称は対外的なもの。子供らしく心中で拗ねたロードリックだったが、カーティスがこちらを見たことに気づいて素早く居住まいを正した。


「見慣れない子がいるね。紹介してくれるかい、マクシミリアン」


「そうか、まだ会ったことがなかったな。ロードリック・デミアン・チェンバーズだ。少し前からこの城に奉公に来ている」


「ああ、チェンバーズ伯の。私はカーティス・ダレン・アドラスだ。よろしく、ロードリック」


 流れるような動作で差し出された手を握ったロードリックは、更なるもやもやが心中に降り積もっていくのを感じた。

 この男があの武家の名門アドラス侯爵家の嫡子、カーティス・ダレン・アドラス。この余裕綽々な態度に、違和感なく私という一人称を使いこなす喋り方。何だか、気に食わな……。


 ——いや、何を勝手にイライラしているんだ、僕は。マクシミリアン様のご友人だぞ。とても立派な方だ。もっと心を広く持たなければ。


「ロードリック・デミアン・チェンバーズと申します。以後お見知り置きを」


「おや、随分しっかりとした子だ。素晴らしいじゃないか、マクシミリアン」


 いやなんかやっぱりイライラする、とロードリックは思った。


 どうにも上から目線に感じるのは己の心が狭いせいなのだろうか。しかし少年の苛立ちなど知る由もなく、マクシミリアンは自慢げに腕を組んでみせた。


「騎士を目指して訓練中の期待の星だ」


「そうか、それは立派なことだね」


「ああ、そうだろう。今も魔法の稽古中で……そうだ、カーティス! ロードリックに剣の稽古をつけてやってくれないか?」


 名案を得たりとばかりに両手を打ったマクシミリアンに、ロードリックは絶望的な気分になって口をあんぐりと開けた。


 そんな、マクシミリアン様。今貴方は魔法を見てくださっていたではありませんか。それがどうして初対面のいけすかない男と剣の稽古をする話になるのですか?


「ロードリック、カーティスは元王立騎士団長の息子で物凄い才能の持ち主なんだ。剣に関しては俺より遥かに強いからな、必ずいい勉強になるぞ」


「持ち上げすぎだよ、マクシミリアン」


 カーティスが困ったように首を傾げる。しかし友の頼みを断る気は無いようで、差し出された剣をあっさりと受け取った。


 この後、ロードリックはカーティスによって徹底的に打ちのめされた。


 想像より強かったから本気を出してしまったとか何とかほざいていたが、本当かどうか疑わしいところだと思う。何せこの男は、後に史上最年少で王立騎士団長に就任するほどの実力者だったのだから。


 汗一つかかずに微笑むカーティスに、苦手意識が明確になる。


 この後はロードリックもまた黒豹騎士団長となり、二人は若き騎士団長として事あるごとに顔を合わせる仲になった。

 更にはマクシミリアンの謀反で対立し、挙げ句の果てには同じ女性を好きになったりもした。これらの件はすでに方がついたものの、ロードリックは今に至るまでこの男のことを苦手としているのだった。

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