17 騒動は去り
ブラッドリー城の領主執務室では、部屋の主と一の臣下が顔を突き合わせているところだった。
麗しき主君は机に肘を付いた姿勢も不思議と様になる。マクシミリアンは一通りの書類を読むと、なるほどと言って笑みを浮かべた。
「叩けば埃が出るとはよく言ったものだな。ホプキンソンめ、脱税に密猟、果ては違法賭博場の運営だと? 無頼者でもまだ節操があるぞ」
呆れ返った様子のマクシミリアンに、ロードリックもその通りだと頷いた。
退院して一週間が経つ。早速ホプキンソンについて調べたところ、出るわ出るわ悪事の山。既に判明しただけで生きている間は牢獄を出られないような有様だ。
「調べればまだ出てきそうですが、もう十分でしょう」
「ああ、女王に書簡を出す。印を用意しろ」
「は」
鍵を渡されたロードリックは、金庫に保管された印を取り出して卓上に置いた。マクシミリアンは既に書簡にペンを走らせ始めていて、作業の手を緩めないまま礼を言った。
「女王は不届き者に容赦しないからな。一族郎党洗い上げて然るべき処罰を下されるだろう」
もはやポプキンソン侯爵家のお家取り潰しは免れない。それに伴って赤狼騎士団も解体されるだろうが、あの程度の連中では勿体ないとすら思えなかった。
「しかし、良かったのか?」
マクシミリアンが目線だけこちらに向けて言う。その問いの意味を読み取ったロードリックは、頷いて淡々と告げた。
「ええ、問題ありません。先日屋敷に伺って、結婚の挨拶をしておきましたので」
この場合の結婚の挨拶とは、捕虜の赤狼騎士団の面々を返却して、次にジゼルに手を出したらどうなるかわかるかと脅してきたことを指す。
ホプキンソンはすっかり下手に出てジゼルをよろしくなどと抜かしていたが、自身の悪事が露見した事を知ったらどんな顔をするだろうか。鬼の形相を浮かべていた奥方にどやされるのかもしれない。
しかも帰り際に何故か姉だという人物がしなだれかかってきたのには辟易した。触るなとだけ言い置いて帰ってきたのだが、あんな家にジゼルを連れて行かなくて本当に良かったとゾッとしたものだ。
これでジゼルはもうポプキンソンには関係ない。そんな経緯があったことを彼女にはまだ話していないが、連中が逮捕されたあたりで伝えようと考えている。
「お前が部下で良かったよ」
「恐れ入ります」
どうやら騎士の言うところを正確に理解したらしい主君が苦笑している。ロードリックは一礼して、マクシミリアンの執務室を後にした。
自身の執務室に帰ってくると、ちょうど壁の時計が午後6時を指していた。
以前ならまだまだ退勤しなかった時間帯だが今は違う。手早く後片付けを終えたロードリックは、出勤用のごくありふれたワイシャツ姿に着替えると、定時にて執務室を出た。
部下たちが挨拶をしてくれるので応えているうちに、あっという間に玄関ホールにたどり着く。
すると開け放たれたままの玄関からミカとゴードンが入ってきた。序列が近い者同士で仲の良い二人は、今も自主鍛錬を終えて帰って来たところのようだ。
「チェンバーズ騎士団長閣下!」
数少ない良識ある部下の一人であるゴードンは、ロードリックを見るなり直立不動の敬礼をした。ミカに見習う気がないのはいつものことで、挨拶など知らぬとばかりに意外そうに首を傾げている。
「ロードリックさん、今日も定時にお帰りですか?」
「ああ。先に失礼する」
お前たちも程々にしておけよと声をかけて、ロードリックは再び歩き出した。その足取りは軽く、初夏の香りを湛えた風が周囲を包み込んでいた。
***
「退院以降、閣下もお体を労るようになって下さって……。本当に良かったと思わないか、ミカ」
「まあそれは、甘え過ぎたって反省してたところなんで、良いことですけど。……なーんか怪しいんですよねえ」
「怪しい? 何がだ」
「あの仕事の鬼がそう簡単に変わるものなんですかね。ほら、表情が全然違うし」
「表情が違う……?」
「はあ……。ゴードンさんて鈍いですよね」