伝説の薬草『ホゥツィニア』
「おい!『ショーヴ・スーリ』大丈夫か?」
1分後、『ショーヴ・スーリ』は頭の上で叫ぶレナルドの声で意識を取り戻した。
「マ、国王…様…も、申し訳…あ、あり…ません。…一つお…願いが…あり…ます。あ、アコニダン…の、げ…解毒剤を…用…意し…していただけ…ませんか?」
「お前、そんな毒を体に取り込んだのか⁉︎早く言え!侍従、アコニダンの解毒剤を用意しろ!今すぐに!」
侍従達は大慌てで業者を呼び出し、薬を調達した。
『ショーヴ・スーリ』は侍従達の手によって用意された部屋に運び込まれた。
毒を体内に入れて50分。
城の医師を呼び診察すると、彼の体内の毒の状況は相当深刻だった。
右肩と左脚に受けた傷は濃紫に変化し、それは肩と脚の付け根、首まで回っている。
調達した解毒剤を早急に投与したが、10分たった今でも『ショーヴ・スーリ』の様子は良くなる気配がない。
「もはや、ここまで…ですね…。」
息絶え絶えに『ショーヴ・スーリ』は呟いた。
その諦めた表情に、皆助からないことを悟った。
「あなた、ちょっとよろしいですか?」
重い空気の中、透き通るような声を響かせたのはセリーヌに支えられ、ふらつきながら歩み寄る女性だった。
「セレスティーヌ!寝ていないとダメじゃないか!」
「大丈夫よ。それより彼を助けられる薬、この国にあったわ。」
セレスティーヌはセリーヌに手を伸ばした。
セリーヌは小袋を持っていた鞄から取り出し、セレスティーヌに渡した。
「『ホゥツィニア』よ。レナルドや医師様には分かるかしら?」
「国の宝物庫の何処かにあると言われている何にでも効く万能薬草か…!よく見つけたな!」
得意げに見せられた小袋にレナルドは感嘆の声を上げる。
「普通に宝物庫の方にお願いしたら出してくれましたわ。国の一大事だって。」
誇らしげに言うセレスティーヌを見ていたレナルドはふと首を傾げる。
「宝物庫に人がいたのか?そんなの聞いたことないし、配属させた覚えはないぞ。」
「精霊さんがいるのよ。国王なのに見られたことないですの?」
いきなりの現実離れした言葉にレナルドは耳を疑った。
「そんな物見た事ないわ!気を確かにしろ!」
尚も紡がれる妻の非現実な単語に、いよいよレナルドは心を心配と不信感で満たされてしまった。
「私が狂った訳ではないですわよ。貴方こそ見えないなんてよろしくないんじゃないですの、この国にとって?」
「何だと?私が国に相応しくないというのか?」
内容が、些細で且つ常人の斜め上の視点での口論の為、周りがついて行けていない。
しかも嫌味なことを言ったことがないセレスティーヌが初めてレナルドに言ったことに対して、レナルドは傷ついているのだろう。
傷つきすぎて、妻の体を案じなければならないことをすっかり忘れてしまっている。
医師も初めて見る幻の薬草に目の前で起こっている騒ぎに気が付かないほど気が抜けてしまっていたが、苦しんでいる『ショーヴ・スーリ』を見て我に帰る。
「ま、国王様並びに王妃様、その薬草を渡していただけますか?」
白熱する夫婦の言い合いに、か細い医師の声はかき消されてしまっている。
いつの間にか大事になっていった初の夫婦喧嘩に城中の使用人たちが集まってきていた。
医師が困り果てていると、後ろから小柄な少年がセレスティーヌの手から小袋を抜き取り、医師の元に駆けてきた。
「はい!、どうぞ!これ必要なんでしょ!」
渡した少年は誇らしげに胸を張る。
これを家臣の騎士や将軍がやると斬首になるところだが、彼はその定義には当てはまらない。
「エドワール王子。ありがとうございます!」
「父上達の喧嘩初めて見た!多分すぐ終わると思うけど…。代わりに僕が出すしかないな…。王子勅命だ!早急にスーリを治せ!」
国王勅命をするように左手を腰に当て、右手に持つ小さな杖で床を2度鳴らした。
まだ子供っぽさが残っているが、今年5歳になる彼は、もう次の国王に相応しいくらい堂々と命令をする。
その威厳ある行動に医師は膝をつき、胸に手を当て、その命令に応えた。
医師は頭にある記憶から『ホゥツィニア』の記述を探した。
『ホゥツィニア』
リュンヌ王国ノ城ノ宝物庫ニアル幻の薬草。
生産地ハ鳳凰山。
ドンナ病モ摂取スレバ治スコトガデキル。
コノ薬草ヲ使ウ場合、マズ粉末状ニスル。
ソレヲ体内二取リ込ムト効果ヲ発揮スル。
リュンヌ王国ニアル聖ナル泉ノ水ト共ニ飲ムト、ナオ良シ。
粉末1グラムデ皮膚病、3グラムデ解毒、5グラムデ心臓ノ病、10グラムデ不治ノ病ガ治ル。
ソレ以上使ウト…。
古い文献の記述を思い出した医師は、慎重に小袋から薬草を3グラム取り出しすり鉢で粉々にして、『ショーヴ・スーリ』に飲ませた。
『ショーヴ・スーリ』は噎せつつも全て粉末を飲み込んだ。
その頃には夫婦喧嘩も収まり、国王両陛下を始めとするその場に居合わせた人々が反応を伺っていた。
薬草を飲み下すと壊死しかけていた足や腕の濃紫の傷がみるみる消えていき、やがて完全に治癒された。
苦しそうに青くなっていた顔色も血色が良くなり、穏やかな顔になった。
医師は一安心し、『ショーヴ・スーリ』の状態が安定したことを確認すると去って行った。
夫婦喧嘩の決着は一緒に観に行くことで落ち着いたらしい。
人だかりができていた病室から続々と人が出て行った。
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1週間後、国王両陛下が病室を訪れると『ショーヴ・スーリ』はもう体を動かせるようになっており、鈍った身体を動かしていた。
「具合は良くなったかしら?」
「ええ、もう心配はありません。お手を煩わせてしまったこと、深くお詫び申し上げます。」
右膝を立て、俯き、正式な礼の形をとった。
「構わないわ。それよりクラージュについてお願いがあってきたの。他でもない貴方に。」
「クラージュとは?」
「ああ、言ってなかったわね。貴方が国王勅命を受けて見つけたあの男の子のことよ。私が名付けたの。」
それは2日前のこと…。
セレスティーヌはレナルドの部屋の扉を叩いた。
招き入れられた部屋でセレスティーヌはレナルドに話を切り出した。
「あの男の子の名前、私が決めても良いかしら?」
「勿論。私が娘の名前を決めてしまったからね。」
夫の快い返事にセレスティーヌは小さく息を吐いた。
「ありがとう。どうしようかしら?」
セレスティーヌは、責任を感じながら熟考した。
そしてレナルドもまた、寄り添いながら妻が再び口を開くのを待った。
1時間ほど考えた後、1つ頷くとレナルドの方を向いた。
「決めたわ。災難を受けても耐え忍び、苦難を乗り越える勇気を持つことができるように『クラージュ』と名付けましょう。」
「その理由を聞いてもいいか?」
「ええ、勿論。」
そしてその祈りが篭った名前をレナルドは反対などしなかった。
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「『ショーヴ・スーリ』、命をかけて守ってくれた貴方だからこその頼みです。」
『ショーヴ・スーリ』が顔を上げるとセレスティーヌの柔和な笑みを浮かべた顔が目の前にあった。
「クラージュの家族になってあげてください。あの子は生まれたばかりで何も知らない。今からでも遅くはないでしょう。そして成長する過程の中で自分の身を守れる様、最低限の武術を学ばせてください。これは王妃勅命ではなく、私個人のお願いです。叶えてもらえますか?」
セレスティーヌは顔を曇らせながら聞いてくる。
確かに拐ってきた子供をいきなり子供として育ててくれなんて普通は嫌がるかもしれない。
多分セレスティーヌの意図はクラージュに育った不信感を与えない様、仮の名前を与え彼の為に偽でも良いから家族を作ってあげたいのだろう。
彼女の意図がわかる為、断る理由などない。
彼女の期待に添える様、真剣な面持ちで『ショーヴ・スーリ』は答えた。
「ええ。王妃様の仰せのままに。」
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怒涛の事件が過ぎ去り、暫しの安息が訪れた。
太陽が昇り、朝日が城中に窓から差し込む。
その窓辺には小さなベットが二つ。
少しずつ国の歯車が狂い始めた中、微かな寝息を立てていた。