この世に生まれ落ちた華
ウロプ大陸には二つの大国があった。
太陽の守護があるソレイユ王国。
月の守護があるリュンヌ王国。
お互いを補い合って生き、他国からの戦争も耐え抜いた。
両国は二つで一つだった。
しかし時代は徐々に変化し、国の方向性も変わっていった。
ソレイユ王国は昔から争い事に長け、更に海辺である事を生かして他国との武器貿易と、他国侵略で富国化を図った。
一方リュンヌ王国は芸術や技術を重んじた為、戦争を好まない平穏な日常を望んだ。
その結果、ソレイユ王国とリュンヌ王国の溝が深まり、やがて対立するようになってしまった。
今もその関係は変わっていなかった。
寧ろ互いへの啀み合いが一層激しくなっていた。
そんな時だ。
あの子供が生まれたのは。
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リュンヌ王国 〜ラパン城にて〜
「王妃様、あと少しでございます!大きく吸って吐いて〜繰り返して下さいませ!」
寝台に横たわる王妃-セレスティーヌは激痛に顔を歪ませている。
浅く声にならない悲鳴を繰り返し、玉の様な汗が顔をつたい首筋へと流れていく。
何しろ破水してから二時間も経っているからだ。普通ならもうとっくに出てきている時間である。
しかし中の赤子は逆子だった。
引っかかりやすい足がすぐに出たのはいいものの、肝心の頭が出てこない。
十数人の産婆達が寄り添いながら息を整えやすい様に声をかけているが、その声もセレスティーヌには聞こえなくなりつつあるらしい。
意識朦朧な状況である。
オロオロと慌てふためく産婆と同様に、別室でも狼狽えている髭面の男がいた。
彼女の夫、国王レナルドである。
「いつ赤子は出てくるのだ?もう二時間だぞ!前の2人はすんなり出てきたというのに…。」
彼の言う、前の二人とは息子エドワールと娘ベアトリスである。
ベアトリスに至っては、三十分ほどで出てきたので、レナルドは気が気でない。
愛妻家である彼は何よりも妻が死ぬことを恐れていた。
その恐怖は周りにも影響を与えていた。
普段は比較的穏和な性格の持ち主であるため、柔らかなオーラを身にまとっている。
だが、今の彼は刺々しいオーラに包まれているため、周りの侍従達は怯えてきってしまっているのだ。
何か場を和ませるように動きたいが誰も動くことができない。
見かねた年老いた侍従がレナルドに声をかけた。
「国王様、王妃様のお側に行かれてはどうでしょう?顔をお見せなされば、王妃様も安心なされると思われますが。」
「そうだな、リオネル。おい、セリーヌ!セリーヌはいるか?」
「はい、お呼びでございましょうか?国王様。」
奥から呼ばれて出てきたのは、五十代の年増な侍女だ。
彼女は、セレスティーヌの専属の侍女だ。誰よりも彼女の元で長く仕え、彼女が心を許す数少ないうちの一人だ。
「うむ。産婆とセレスティーヌの許可を取ってきてくれ。流石に勝手に入るのは気が引ける。」
「かしこまりました。少しお待ち下さいまし。」
セリーヌはノックをし、中の産婆と扉前で話した後、中に入っていった。
約一分ほど経つと、静かに扉を開閉する音がした。
待ちきれずレナルドは自室の扉を勢いよく開け、セリーヌに駆け寄った。
「どうだ?会っても良いのか?」
セリーヌは深く頷き、レナルドを案内した。
二人が扉の向こうに消えると侍従達は胸を撫で下ろした。
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「王妃様、国王様をお呼び申し上げました。」
セリーヌが中に声をかけ、産婆の指示の上でレナルドはセレスティーヌに近づいた。
セレスティーヌの身体は限界に近く、ただひたすら痛みに耐えるのに精一杯である様だった。
レナルドはセレスティーヌの手を握り、彼女の顔の前に腰を下ろし目線を合わせた。
「セレスティーヌ、分かるか?俺だ。ゆっくり深呼吸をしよう。」
レナルドの声に応えるようにセレスティーヌは強く握り返した。
きつく閉じていた目蓋が微かに開き、今まで苦しげな喘ぎ声しか紡がなかった口から途切れながら言葉を放った。
「よか…っ…た。ウッ!あ…なた…のかお…が、アァッ!み…れて。」
レナルドは何度も頷き、もう一度強く握った。
その様子に安心したのか、セレスティーヌは苦しみから少し解き放たれたようだった。
そして一度力を抜き、渾身の力で息んだ。
「ヴゥッアアアアー!」
セレスティーヌは先程までとは違う、内側から大きな何かが抜け落ちる感覚がした。
「オギャーーーーー!」
鼓膜を突き破るような産声にセレスティーヌは、碧眼の右目から一筋の涙を流した。
「元気な女の子でございます!国王様、王妃様おめでとうございます!」
我が子の性別を確認したと同時に彼女は目を閉じ、意識を手放した。
レナルドは安堵しつつ、彼女の金髪を愛しげに梳かした。
その様子を傍目に見ながら産婆は生まれたばかりの子を抱き上げ、顔を覗き込んだ。
「国王様と王妃様、どちらに似てらっしゃるのでございましょうか?少しお顔を拝見って、ヒィッーー!!」
突然の産婆の奇声に、他の産婆やレナルド達も仰ぎ見る。
産婆は小刻みに震えていた。
「何だ?どうしたんだ?」
「この赤子、め、目が!!」
レナルドは産婆に詰め寄り、我が子を抱き取った。
顔を覗き込むとレナルドもまた取り落としそうになってしまった。
なぜならその子の目が、
『銀』と『紫』の『異眼』だったからだ。
どちらの色も世界に数%しか産まれてこない種類の瞳であり、時には不吉なものと捉えられる色彩だ。
そしてこの色の異眼を持つ者はアルビノの可能性が高い。
娘をよく見れば髪が金髪よりも白髪である。
このような赤子が産まれた場合は二通りの可能性が考えられる。
一つ目はその赤子を遠ざけ、捨て子にし孤児院に預ける。
不吉なものを抹殺したいという考えからだ。
もう一つは売り飛ばし、高値の報酬を得るか。
高額で売れる理由は瞳の美しさと将来の美貌への博打の対象となるからである。
この当時貴族の間で異眼を持つ娘は、将来絶世の美女となるという噂が横行していた。
そのため、身分の高い貴族は身分の低い者から高額で買い取り、沢山の侍女に世話をさせ、どの娘が美しい娘しか迎えられない王室に召されるか、若くはソレイユ王国で売り飛ばし誰が高額で買い取られるか賭けをしていたのだ。
歴代、王室に異眼が生まれた例は二度ある。
一人は皇子で国王になったが、即位した年から大飢饉と大洪水が同時に起こり、神が怒り狂っていると人々が噂し、僅か3年で王位を引き摺り下ろされた。
またもう一人は王女で当時の国王のたった一人の娘だった為可愛がりすぎたあげく、この国で2番目に力を持つ王室の分家であり、絶えず王位継承を狙う王族イブ家に王位を奪われ、身を破滅させた。
立て続けにこのような事が起こった事から人々は噂した。
皇子の異眼は『天に憎まれし者』、王女の異眼は『天に寵愛された者』と。
それぞれの意味は天から祝福を受けず災難しか降りかからない疫病神、そして天に寵愛された人の子には身分不相応であり魅了された者は全て身を滅ぼす不幸な女神だ。
この前例と噂からこれから王室に生まれた異眼は全て殺すか、身分を偽らせ孤児院送りにする事に決まっていた。
しかし、レナルドはその二つの可能性を打ち消した。
彼はあくまで生まれた娘の父であり、妻が体を痛めてまで産んだ子を手放すことなど出来なかったからだ。
「この子は大事に育てよう。人にも見せず、丁寧に慎重に家族内だけで内密に。セレスティーヌもそう望むだろう。なぁ?セリーヌ。」
セリーヌは重々しい表情で首を縦に振った。
「産婆達、この事は他言するなよ。この命令を違えた場合お前らの命は無いと思え。」
産婆達に一際凄みのある声で脅し、早急に邸から追い出した。
「護衛兼暗殺部隊。国王勅命だ。それぞれの後をつけて皆殺しにしろ。」
レナルドが命令した途端、音もなく屋根裏に潜んでいた黒装束の男達が動き、直ぐに城を出て行った。
翌朝、王国中で恐怖に歪んだ顔の産婆達の死体が上がっていたのは言うまでもない。
その出来事を引き起こす元凶になったレナルドの腕の中の子は父の顔に手を伸ばし、生えている髭に触れるとけらけらと笑んだ。
その様子を見てレナルドは愛しみながら頭を撫でた。
「どのような容姿の子であろうとも我が娘。愛しい娘ということに変わりはない。この身にかかる天からの厄災は全て受け入れよう。セレスティーヌ、君もそう思うだろう?」
苦痛から完全に解き放たれ、穏やかな眠りについている妻に向かってレナルドは静かに問いかけた。
「この子が何者にも汚されないように。純白で無垢な美しい花に育つ様に。この子を『ライティア』と名付けよう。君は気に入ってくれるだろうか?」
その問いに答えるように、セレスティーヌの顔が微笑み、消えた。
しかしその事に気づく事はなく、次の行動に移す為にレナルドは近くにいた侍従を呼びつけた。
「リオネル!『ショーヴ・スーリ』を呼び戻せ。秘密裏に同日同刻に生まれた赤子を探してきてくれ。出来れば男の方が良い。そして彼が見込んだ子供を新しくこの子専属の護衛兼暗殺部隊として迎える。この子の1番の良き理解者となり、最強の盾となる為に。」
リオネルは短く返事をし、部屋奥の回転扉へと消えた。
次から少しずつシリアスになります。お気をつけください。




