表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/11

幽世


「――そこまで。これにて試験を終了する」


 それからある程度の疑似妖怪を討伐し、試験は終了した。

 魔術によって増幅された試験官の声が聞こえ、足下に魔法陣が展開される。

 二度目の転移によって俺たちは、森林のまえにまで戻ってきた。


「っと。どうやら明暗が分かれたみたいだな」


 転移が完了して視界に映るのは、地に伏した参加者たちだ。

 序盤で風花の竜巻によって戦闘不能となった者たちを含め、約三十人ほどが倒れている。

 立っているのは、俺たちを含めた少人数だ。


「いま現在、立っている者を合格とする。諸君らは今日から正式な魔術師として――」

「待ってください!」


 試験官の言葉を遮ったのは、失格となったうちの一人だった。

 風花を襲った連中とは、またべつの参加者だ。


「どうしてあいつが合格なんですか!」


 彼が指さした方向には、ちょうど俺がいた。

 どうやら俺が合格したことが気にくわないらしい。

 なにか恨みを買うようなことをしたか? と頭の引き出しを探ってみる。

 すると、該当する記憶が一つ見つかった。

 彼は階段を下っていた際に、俺を田舎者と呼んで笑っていた集団の一人だ。


「俺たちが合格できなかったのに、あんな田舎者が合格できるはずがない! どうせ千堂に取り入って合格させてもらったんだろ! 不正だ! こんなこと!」


 そのあとに続くように、彼らの仲間たちも口々に文句をいいはじめる。

 よくもまぁ、見てもいないのに次々と人を貶めるような言葉が出てくるものだ。


「静粛に」


 しかし、それも試験官の一言で静まった。


「なにか勘違いしている参加者がいるようなので言っておこう。キミがいま指さした彼――神楽透は参加者の中で一番多く疑似妖怪を狩っている。計、百七十三体だ」

「え? な、なにかの間違いじゃ」

「この数字は私自らが計測したものだ。間違いはいない。ちなみに、キミはその五分の一以下。キミが彼の実力を疑うには、いささか無理があるとは思わないかね?」

「……くッ」


 彼は押し黙り、その仲間たちも閉口した。

 言い返す言葉が見つからなかったみたいだ。


「ほかに、この結果に不満があるものは?」


 その問いかけに、応える者はいなかった。


「では、これにて諸君らは正式な魔術師として認められたことになる。おめでとう。いつか戦場で肩を並べて戦う日を、私は心待ちにしている。以上、解散」


 そう告げて、試験官はこの場をあとにする。

 この場に残された者たちも、喜びや落胆を露わにしながら散り散りに去って行く。


「さて、それじゃあ俺も帰るか」


 たしか終わったら支部長のところに報告にいくことになっていた。

 現在の時刻は二時をすこし過ぎたくらい。

 手早く済ませて、すこし遅めの昼飯にありつくとしよう。

 そう思い、来た道を戻ろうとしたところ。


「おっと」


 振り返った先に、風花が立っていた。


「よう。合格おめでとう」


 とりあえず、祝いの言葉をかけておく。


「そちらこそ、おめでとうございます」


 風花もそれを返してくれた。


「この私を押さえてトップの成績を取るだなんて、正直とても驚いているんですよ?」

「まぁ、今回は俺の勝ちってことで。次ぎ……が、あるかどうかはわからないけど、その時はまた勝負しようぜ」


 そう言って、手を差し出す


「……うふふ。可笑しな人ですねぇ、貴方は」


 風花は笑うと、その手を握ってくれた。


「貴方の名前、憶えておきます。では、また会いましょう」


 するりと手は離れる。


「透くん」


 風花は、それを最後にこの場から去って行った。

 下の名前で呼んでもらえた、ということは、すこしは仲良くなれたのだろうか。

 空に続いて風花とも、そう言う仲になれればいいな。

 そうなると女、女と来たから、次ぎは男の知り合いを造りたいものだ。

 同世代ではない支部長は数に数えないものとする。


「さて、いくか」


 そんな下らないことを考えながら、支部長室へと足を運んだ。


「失礼します」


 支部長室の扉を開いて室内に足を踏み入れる。

 相変わらず、部屋は散らかっていた。


「おつかれ、神楽ちゃん。試験、見させてもらったよ」

「そうですか。それで、どうでした?」


 足の踏み場を探しながら、なんとかソファーにまでたどり着く。

 やっとの思いで腰を下ろし、一息をついた。


「うん。見事な戦いっぷりだったね。戦力としては、本当に申し分なし。おまけに人付き合いも上手いときた」

「そうですか?」

「あぁ、あの気難しい千堂ちゃんと初対面であれだけ親しくなれるんだ。自信を持っていいよ」


 風花って、そんなに気難しいのか。

 実際にあって話してみて、そんな気はしなかったけれどな。


「ともあれ、これで神楽ちゃんも正式な魔術師だ。まぁ、待遇は助っ人ってことになってるけどね。これで面倒な手続きを踏まずに、神楽ちゃんに仕事を回すことができる」

「と、言うことは?」

「そう。察しの通り、早速お仕事の依頼だよ」


 正式な魔術師となって、初めての仕事か。

 魔術も使えないのに魔術師だなんて、すこし可笑しい気もするけれど。

 まぁ、細かいことは気にしないでおこう。


「内容は単純にして明快だ。敵の拠点に攻め込んで制圧してほしいってだけ」

「拠点って言うと、幽世かくりよですか?」

「ご明察だね。そう、この現世うつしよに浸食してきている幽世を潰し、猿の妖怪どもの拠点を削除するのが目的だ。こいつを見てくれ」


 そう言って、支部長は机上に地図を広げる。

 見たところ、この街のもの。

 紙面には幾つもの印がつけられている。


「神楽ちゃんに行ってもらうのが、ここ」


 支部長は、印の一つを指先で叩く。


「幽世は周囲の現世にも影響を与えるものだ。放っておけば、ここから更に広がっていく。そうなる前に猿の妖怪たちを掃討して、幽世を閉じてほしいんだ。できる?」

「もちろん。日時は?」

「明日の午後六時ごろ。ちょうど逢魔時おうまがどきに決行予定だ。あぁ、そうそう。この仕事には監督役として伽藍ちゃんも同行させるから、そのつもりでね」

「わかりました」


 初仕事は空と一緒か。

 初めて会った人間で、初めて名を聞いた知り合い。

 なかなかどうして、初めてが続くものだな。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ