幽世
「――そこまで。これにて試験を終了する」
それからある程度の疑似妖怪を討伐し、試験は終了した。
魔術によって増幅された試験官の声が聞こえ、足下に魔法陣が展開される。
二度目の転移によって俺たちは、森林のまえにまで戻ってきた。
「っと。どうやら明暗が分かれたみたいだな」
転移が完了して視界に映るのは、地に伏した参加者たちだ。
序盤で風花の竜巻によって戦闘不能となった者たちを含め、約三十人ほどが倒れている。
立っているのは、俺たちを含めた少人数だ。
「いま現在、立っている者を合格とする。諸君らは今日から正式な魔術師として――」
「待ってください!」
試験官の言葉を遮ったのは、失格となったうちの一人だった。
風花を襲った連中とは、またべつの参加者だ。
「どうしてあいつが合格なんですか!」
彼が指さした方向には、ちょうど俺がいた。
どうやら俺が合格したことが気にくわないらしい。
なにか恨みを買うようなことをしたか? と頭の引き出しを探ってみる。
すると、該当する記憶が一つ見つかった。
彼は階段を下っていた際に、俺を田舎者と呼んで笑っていた集団の一人だ。
「俺たちが合格できなかったのに、あんな田舎者が合格できるはずがない! どうせ千堂に取り入って合格させてもらったんだろ! 不正だ! こんなこと!」
そのあとに続くように、彼らの仲間たちも口々に文句をいいはじめる。
よくもまぁ、見てもいないのに次々と人を貶めるような言葉が出てくるものだ。
「静粛に」
しかし、それも試験官の一言で静まった。
「なにか勘違いしている参加者がいるようなので言っておこう。キミがいま指さした彼――神楽透は参加者の中で一番多く疑似妖怪を狩っている。計、百七十三体だ」
「え? な、なにかの間違いじゃ」
「この数字は私自らが計測したものだ。間違いはいない。ちなみに、キミはその五分の一以下。キミが彼の実力を疑うには、いささか無理があるとは思わないかね?」
「……くッ」
彼は押し黙り、その仲間たちも閉口した。
言い返す言葉が見つからなかったみたいだ。
「ほかに、この結果に不満があるものは?」
その問いかけに、応える者はいなかった。
「では、これにて諸君らは正式な魔術師として認められたことになる。おめでとう。いつか戦場で肩を並べて戦う日を、私は心待ちにしている。以上、解散」
そう告げて、試験官はこの場をあとにする。
この場に残された者たちも、喜びや落胆を露わにしながら散り散りに去って行く。
「さて、それじゃあ俺も帰るか」
たしか終わったら支部長のところに報告にいくことになっていた。
現在の時刻は二時をすこし過ぎたくらい。
手早く済ませて、すこし遅めの昼飯にありつくとしよう。
そう思い、来た道を戻ろうとしたところ。
「おっと」
振り返った先に、風花が立っていた。
「よう。合格おめでとう」
とりあえず、祝いの言葉をかけておく。
「そちらこそ、おめでとうございます」
風花もそれを返してくれた。
「この私を押さえてトップの成績を取るだなんて、正直とても驚いているんですよ?」
「まぁ、今回は俺の勝ちってことで。次ぎ……が、あるかどうかはわからないけど、その時はまた勝負しようぜ」
そう言って、手を差し出す
「……うふふ。可笑しな人ですねぇ、貴方は」
風花は笑うと、その手を握ってくれた。
「貴方の名前、憶えておきます。では、また会いましょう」
するりと手は離れる。
「透くん」
風花は、それを最後にこの場から去って行った。
下の名前で呼んでもらえた、ということは、すこしは仲良くなれたのだろうか。
空に続いて風花とも、そう言う仲になれればいいな。
そうなると女、女と来たから、次ぎは男の知り合いを造りたいものだ。
同世代ではない支部長は数に数えないものとする。
「さて、いくか」
そんな下らないことを考えながら、支部長室へと足を運んだ。
「失礼します」
支部長室の扉を開いて室内に足を踏み入れる。
相変わらず、部屋は散らかっていた。
「おつかれ、神楽ちゃん。試験、見させてもらったよ」
「そうですか。それで、どうでした?」
足の踏み場を探しながら、なんとかソファーにまでたどり着く。
やっとの思いで腰を下ろし、一息をついた。
「うん。見事な戦いっぷりだったね。戦力としては、本当に申し分なし。おまけに人付き合いも上手いときた」
「そうですか?」
「あぁ、あの気難しい千堂ちゃんと初対面であれだけ親しくなれるんだ。自信を持っていいよ」
風花って、そんなに気難しいのか。
実際にあって話してみて、そんな気はしなかったけれどな。
「ともあれ、これで神楽ちゃんも正式な魔術師だ。まぁ、待遇は助っ人ってことになってるけどね。これで面倒な手続きを踏まずに、神楽ちゃんに仕事を回すことができる」
「と、言うことは?」
「そう。察しの通り、早速お仕事の依頼だよ」
正式な魔術師となって、初めての仕事か。
魔術も使えないのに魔術師だなんて、すこし可笑しい気もするけれど。
まぁ、細かいことは気にしないでおこう。
「内容は単純にして明快だ。敵の拠点に攻め込んで制圧してほしいってだけ」
「拠点って言うと、幽世ですか?」
「ご明察だね。そう、この現世に浸食してきている幽世を潰し、猿の妖怪どもの拠点を削除するのが目的だ。こいつを見てくれ」
そう言って、支部長は机上に地図を広げる。
見たところ、この街のもの。
紙面には幾つもの印がつけられている。
「神楽ちゃんに行ってもらうのが、ここ」
支部長は、印の一つを指先で叩く。
「幽世は周囲の現世にも影響を与えるものだ。放っておけば、ここから更に広がっていく。そうなる前に猿の妖怪たちを掃討して、幽世を閉じてほしいんだ。できる?」
「もちろん。日時は?」
「明日の午後六時ごろ。ちょうど逢魔時に決行予定だ。あぁ、そうそう。この仕事には監督役として伽藍ちゃんも同行させるから、そのつもりでね」
「わかりました」
初仕事は空と一緒か。
初めて会った人間で、初めて名を聞いた知り合い。
なかなかどうして、初めてが続くものだな。