支部長
猿の妖怪との戦闘を終えて。
まず魔術師統括組織である魔術組合へと案内された。
「ここが……魔術組合?」
どんな所だろうと、色々と予想をしていたけれど。
そのどれにも当てはまらない、言ってしまえば期待外れなものだった。
たどり着いたのは、一軒の古めかしい建物。
掲げられた看板には、七十二書店と書かれている。
「なんか、イメージと違うな」
「そりゃそうだ。ここは入り口だからな」
「入り口?」
その言葉だけでは、理解が追いつかなかった。
「そう。私たち魔術師は秘匿された存在だ。そんな奴らの拠点が、でーんと建ってるわけないだろ? 隠してあるんだよ、こうして入り口だけ造ってさ」
「なるほどな」
一見してただの古ぼけた書店だけれど。
その実、魔術組合に繋がっている。
街の景観に融け込ませることで、その存在を秘匿しているんだ。
「行こう。いつまでも突っ立ってるわけにもいかないからな」
そう言って、空は先に書店の敷居を跨ぐ。
それに続いて、俺も店内へと足を踏み入れた。
「ここが魔術組合。その支部だ」
「おぉー、こりゃすごい」
その瞬間、見えていた景色が一変する。
薄暗くて狭い店内だったものが、照明に照らされた広い空間に様変わりする。
もはやまったく別の場所と言っていい。
「って言っても、ここはまだロビーだし、こざっぱりしてるけどな」
このロビーには、何人もの人間が行き交っている。
ひどく疲れた様子の者。傷を負った者。神妙な顔つきをした者。
その立ち居振る舞いや、身に纏う雰囲気。
彼らもまた魔術師なのだろうと判別がつく。
「こっちだ。支部長のところに案内する」
この支部の長に会わせてくれるらしい。
俺たちは移動を開始し、支部の中を歩き出した。
「ここには色んな施設があるんだ。情報統括室。化生研究所。訓練場。食堂。居住区。そのたもろもろ」
「そんなに広いのか? ここって」
「あぁ。魔術で空間を拡張しているからな。お陰で慣れないうちはよく迷う。透も気をつけるんだぞ」
「そりゃあ大変だ。肝に銘じておくよ」
そんな軽い会話もあって、俺たちは支部長室へとたどりつく。
空が扉にノックをすると、すぐに中から返事がくる。
「入れー」
なんだか、すこし間の抜けたような声だった。
「失礼します」
がちゃりと扉は開かれて、俺たちは支部長室へと足を踏み入れた。
「ごくろうさん。それで? その後ろにいるのが、件の助っ人かい?」
出迎えてくれたのは、非常にだらしのない格好をした中年男性だった。
部屋の中は散らかり放題。
とくに向かい合うように設置されたソファーの周りが、ごちゃごちゃしている。
よく使う場所によく使う物を置いたらこうなりました、って感じの部屋だ。
格好といい、部屋の有様といい。
この人が支部長でいいのだろうか。
「そうですけど。片付けてくださいよ、支部長。客が来るんですから、せめてすこしくらい」
「えー? これでも片付けたほうだよ? ほら、ここ。めっちゃ綺麗でしょ?」
そう言って指さしたところは、たしかに綺麗だった。
問題なのは、ごちゃごちゃしたソファーの対面であることだ。
言われるまで綺麗だと気がつかなかった。
「そこだけじゃないですか。本部の人が急に視察に来たらどうするんです? 降格しますよ、ほんとに」
「まぁまぁ、そのときはそのときでなんとかするから。とりあえず、座ろっか。立ち話もなんだしね」
はぐらかすように言って、支部長は座るように促した。
空もそれ以上なにかを言うこともなく、俺たちは綺麗なソファーへと腰掛ける。
それから改めて空は支部長に、今回の一件を報告した。
「なーるほどねぇ」
湯気の立つマグカップを、支部長はそっと机上におく。
ことりと音がして、飲みかけのコーヒーが波打った。
「天神様は神域を離れるつもりはないか……けれど、人に対しては友好的で、妖怪どもとは敵対関係。だから、彼を貸してくれた、と」
支部長の視線が、ちらりとこちらにくる。
「彼の実力は本物です。たった一人で狒々の群れを、訳もなく掃討しています。恐らく、五大名家の魔術師たちにも引けを取らない――あるいは、それ以上かと」
五大名家?
「そうか。もしそれが本当なら、願ってもない戦力だ。大手柄だな、伽藍ちゃん」
「私は……ただ、死にかけていただけですよ」
「はっはー。そう悲観しないの。過程がどうあれ、だ。終わりよければすべてよしじゃないの。こうして天神様の協力も受けられたことだし、万々歳だ」
空を気遣うように言葉を選んだ支部長は、そうしてまたコーヒーに口をつける。
「あぁ、そうだ。えーっと、神楽透ちゃん、だっけ」
「はい。そうです」
たしか、子供は大人に対して、敬語を使ったはず。
うまく、話せているだろうか。
「神の子たる神楽ちゃんの実力を疑うわけじゃあないが。正確な戦力を計るために、一つ参加してもらいたいイベントがある」
「イベント? それはなんですか?」
「もしかして、あれですか? 支部長」
「そう。あれ」
あれ?
「我々、魔術師にもプロとアマチュアがいてね。今度、そのアマチュアたちを集めて試験をするんだ。合格すれば正式な魔術師、プロとして活動できるってわけ」
「それに参加して合格すればいいんですか?」
「その通り。まぁ、狒々の群れを軽く掃討できるなら、簡単にこなせるような内容だよ。要するに、俺たちに戦っている様を見せてほしいってことだね」
自分自身の目で、俺の力量を計りたい。
だから、そのイベントに参加して実力を示せ、ということか。
「わかりました。その試験を受けます」
「うんうん。快諾してくれてなにより。じゃあ、そういうことで。伽藍ちゃん、彼を居住区に案内して。話は通してあるから、行けば部屋を用意してくれるよ」
「わかりました。なら、私たちはこれで」
「うん。おつかれー」
話は終わり、俺たちは席を立つ。
それから支部長室を後にしようとしたところ。
「あ、そうだ。最後に神楽ちゃんに一つ質問」
支部長に、そう呼び止められる。
「なんですか?」
「さっきから気になってたんだけど」
訝しげに、支部長は言う。
「なーんで軍服姿なの?」
やはり、下界でこの姿は変なのだろうか?
「あぁ、これは――」
そうして、支部長に天の趣味の話をした。
別の衣服を用意したほうがいいだろうか? と、頭の片隅で考えながら。