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第2話 俺男捨てた説

自分のものが当然のように検索したら出てきて、驚きました。

 一つだけ空いていた席に静かに座る。あたかも最初からいたかのように。そこにいるのが当然かと言わんばかりの顔で。


 ご飯を食べようと箸を持つ。するお、強面のおじさんが俺に視線を向けた。


「今日は起きるのが遅かったじゃないか」

 この人の声が空気を揺らし、鼓膜を揺らし、脳を揺らし、全身を揺らす。やがて声が全身に染み渡っていった。


 俺の体を走り抜けていく最中に、この人には嘘はつけないな、と思った。俺の本能が、そう言っている。


「………あ、あの、え、えと」

 うまく言葉が紡げない。だってこの人は実のお父さんじゃないのだ。知らないおじさんなのだ。緊張する上、こんな厳格な人なのである。全身に鳥肌がたつ。


 起きるのが遅かった理由を聞かれただけなのに、ここまで怖がっていたら、普通の会話なんて出来るのだろうか。


「あら?お父さん、言わなかったかしら?この子昨日気絶してた所を男の子が助けてくれたのよ」

 そうだ。俺は昨日気絶していたんだった。

 でも俺は元の体で気絶したのだろうか?

 それとも、この体で?

「西山中学校の男の子が、ぶつかって気絶しちゃったからって言ってこの子を運んできたの。でも、西山中学校の子なんて知り合う機会なんてないからね、少しだけいてもらったりしちゃって!」

 私立西山中学校といったら、この辺りじゃトップの偏差値を誇っている中学校だ。間違いない。いや、間違いようのない。そここそが俺が本当に行っていた中学校。戸間中学校に行く学区の中だったら俺しか受かってないはずだ。つまり、その運んできた男の子というのは、紛うことなき、この俺である。

 ただ、俺の記憶にこの女の子を運んできた記憶なんてない。ということは、俺はもう、香ちゃんの体に入っていた時に気絶したんだ。

 ……………ちょっと待てよ?俺が見た香ちゃんは制服だったよな?でも朝起きたときはパジャマだったよな?

 ……………まさか、俺の体で着替えさせた?

 もしそうだとしたら、名誉毀損で訴えてやる。ばれてたらどうすんだよ。ぶつかった女の子を着替えさせるただの痴漢野郎になるじゃねぇか。

「どういうことだ、香」

 父さんに語気を強めて言われた。

 今考えてたことが、全てかき消されてしまうほど、厳格で、威厳のある声。

 はっきり言って、怖い。

「まぁまぁ、お父さん。いいじゃない。彼氏の一人や二人いたって。この子もう中学生なのよ?」

 いや、ふたりはだめだろ……

「んな!?そんなもの、俺は認めんぞ!何処の馬の骨かわからん奴に、娘はやれん!」

 顔を真っ赤にして机を叩きそう言う。

(そんなとてつもなくありがちなセリフ言うんだ)なんて思っていた。

「もういい!会社行ってくる!」

 そう言って、リビングを後にしてしまった。

 ……………やっぱり、父親なんだなぁ。

「……で?香。昨日何があったの?」

 突然聞かれて、飲んでいた味噌汁が変なところに入ってむせてしまった。

「い、いや、自転車乗ってたら、ぶつかっちゃっただけだよ?」

 こんなとこで入れ替わったなんて言えるわけがない。

 言ったところで何かあるわけでもない。

「ふーん………なーんか朝から挙動不審なんだけどなぁ………」

 ちょっとばれてる!?

 さすが母親といった所か。娘の言動一個一個に目を向けてやがる。

「まぁいいや。また何かあったら教えてね?」

「何かって?」

「ほらほらぁ……」

 そう言ってお母さんは俺を手招きした。

 俺が近づくと、お母さんは耳元で、

「西山中学校の子とのことよ〜」

「……………は?」

 あまりにも驚きすぎて、『は?』って言っちゃった。

 俺が俺に恋愛感情を抱くと?もしそうだとしたら、入れ替わる前とか凄いことになるじゃん。

『自分大好き………ハァ、ハァ………』

 みたいな感じでカオスだろ。

 混沌のカオスだろ。

「あ、あの人とは何もないから!」

 そう言うのが精一杯で、これで誤魔化せるかどうか怖かったけど、

「ふーん、そうだといいけど?」

 お母さんはそう言ったので誤魔化せたようだ。

 またもや呑気にご飯を食べてると、

「姉ちゃん、今日なんか男みたいじゃない?」

 と、弟らしき人物に言われた。

 忘れてた。言葉には気を付けてたけど、食べ方とかは気を付けてなかった!

 あいにく股は、体に内股が染み付いているようで、内股である。

 でも、食べ方だけは、俺の力量なのである。

「いや?そんなことないよ?」

 そう言うだけが精一杯である。

 俺はそれ以外に誤魔化す方法を知らない。

「姉ちゃん男にでもなったの?」

 ギク!?なんだこいつ!鋭すぎる!

 むしろお父さんが鈍感じゃないかって思える程に!

「そんなの、あり得るわけないじゃないー……………は、はは、はははは」

 そう言ってゆっくりご飯を食べる。

 もう、乾いた笑いしか出てこない。

 ようやくご飯を食べ終わって、リビングから逃げ出すように駆け出した。



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部屋に戻るやいなや、あることを思い出した。いや、今思い出した訳じゃない。記憶から抹消していただけなんだ。

……………トイレ行きたい。

そう思ってトイレをさがす。階段のそばに『TOILET』と書かれた看板が掛けてあるドアを見つけた。

中に入ると、大便器が一つ置いてあった。

今までなら立ってしていたものだ。でも、今は違う。座ってしないといけない。

「ああ、もう………」

こんな事したくなかったよ。生々しいよ。

そう思ってドアを閉める。

ズボンを下げて、パンツも見ないように下げて座った。


俺はその時だけ、男であることを捨てた。





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トイレから出ると、またもや凄いことに気づいた。

これも、記憶から抹消していたことだ。

その名も、

KI・GA・E というやつだ。

学校に行く為には、着替えなきゃいけない。

重い足取りで真ピンクの部屋へ戻る。

部屋に入ると、壁に制服が掛けてあって、余計に気が重くなる。

……………着替えるか。

制服をてにとり、目隠しをし、パジャマを剥ぎ取る。

お腹に外気が当たる感覚から、俺が今下着だけであることを再確認する。

腰巻をつけ、堅苦しい服を着る。

この制服を身につけることで、ああ、女の子になったんだなぁって、やっと実感が湧く。




この時も、俺は男であることを捨てた。


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