09話 爆弾発言という名の大炎上
「おはよう」
教室の扉を開けると、さっきまで雑談に興じていたクラスメイトたちがおしゃべりを止めて、一斉にこちらを見た。
異様な雰囲気に、思わずたじろいでしまう。
「え、えっと……? みんな、どうしたの?」
答えはない。
…………
しばしの沈黙。
ややあって……歓声のような悲鳴のような声をあげながら、クラスメイトたちが殺到してきた。
「風祭だ! 風祭が来たぞ!」
「大変だ、橘さんも一緒だ!」
「っていうことは、あの噂は本当だったのか、ちくしょう!」
私たちを見て、男子たちは頭を抱えて叫んだ。
「ねえねえねえ、あの噂って本当?」
「一緒に登校ってことは、やっぱり二人は……」
「どこまでいった? どこまでいった?」
女子たちは記者のように詰め寄ってきた。
「あの、えっと……みんな、いったいどうしたの?」
なにがなにやら。
目を丸くするしかない。
「またまた、とぼけちゃって」
「とぼける?」
「風祭くん、橘さんから告白されたんでしょう?」
「ど、どうしてそのことをっ」
迂闊にも、私はそんなセリフを口にしてしまった。
そんなことを言ったら、事実だと認めるようなもので……
「ちくしょおおおおお、やっぱりかー!」
「なんで俺じゃないんだ! なんで風祭なんだ!」
「やっぱり噂は本当だったのね!」
「ねえねえ、告白はどっちから? どんなセリフだった?」
ざわつくクラスメイトたち。
みんな一斉に詰め寄ってきて、好奇の視線を送ってくる。
「なんで、告白のことを知って……」
「見ていた人がいるのよ」
「確か、橘さんのファンクラブの人だっけ?」
「いつものように橘さんを遠くから温かく見守っていたら、屋上で風祭くんに告白する場面に遭遇したんだって」
それは、ストーカーだからね?
どうして、私の周りはこういう人たちばかりなのかな? どうして?
一瞬、類は友を呼ぶという言葉が思い浮かんだけど、気のせいと、頭を振って消した。
「橘さん、なんでこんな男女を!」
「ウソだろう? ウソだって言ってくれ!」
「そうだ! 風祭は俺の嫁だ!」
ちょっと待った。
どさくさに紛れて、なにか変なセリフが聞こえたんだけど。
「風祭くんが相手ってことは、橘さんって、もしかしてそっちの趣味?」
「風祭くんが受けで、橘さんが攻め……きゃーっ! それはそれでアリね!」
「いや、案外、風祭くんは脱いだらすごいのかも」
「じゃあ、風祭くんが攻めね! うんっ、それもアリ!」
「待って! ここは、橘さんと風祭くんのダブル攻めにして、篠宮さんを受けにするのはどうかな!?」
受けとか攻めって、なに? どういうこと?
サラッと、桜も巻き込まれているんだけど……
とりあえず、追及はよしておこう。深く踏み込んだら、戻ってこれないような気がした。
ここは腐海だね。
「……みなさん、落ち着いてください」
凛とした声が響いた。
声の主……橘さんは、穏やかな笑みを浮かべながらクラスメイトに声をかける。
「一度にあれこれ言われて、風祭くんが困っています。私も困ってしまいます。だから、ひとまず落ち着いてくれませんか?」
橘さんがにっこりと微笑んだ。
その笑みには、なぜか逆らいがたいものがあって……
一人、また一人と、クラスメイトたちは口を閉じた。
教室が静かになったところで、橘さんが再び口を開く。
「今回の一件について、私の方からきちんと説明したいと思います。その方が、みなさんも納得されるでしょうから」
橘さんは、いったいどんな説明をするつもりなんだろう?
イヤな予感がした。
こう見えて、橘さんは少し……いや、かなり積極的な性格をしている。だとしたら、クラスメイトが集まっているこの場を利用するんじゃないだろうか? 例えば、すでに付き合っている、とか言ってしまうとか。
だとしたら、まずい。なんとしても橘さんを止めないと。
そんなことを思ったけど……もう手遅れだった。
「橘さん、ちょっと……」
「まず最初に、私の告白に関する噂は真実です」
止めようとするより先に、橘さんは火に油を注ぐような発言をしてしまった。
「うおおおおお、やっぱりかー!」
「それでそれでそれで、どうなったの!?」
悲鳴をあげる男子。好奇心に目を輝かせる女子。
一気に教室が騒がしくなる中で、橘さんは静かに答える。
「実は、断れてしまいました」
「ええっ!? 橘さん、ふられちゃったの?」
「橘さんを振るとは、風祭のヤツ、いい度胸じゃねーか」
「でも」
そこで、橘さんはにっこりと笑みを浮かべた。昨日、屋上で見たような、まぶしいくらいの満面の笑みだ。
「私は諦めていません」
「え? それって……」
「私は、いつか必ず風祭くんを振り向かせてみせますから」
一瞬、静寂に包まれて。
「うおおおおおおお!」
「きゃあああああああ!」
次の瞬間、クラスメイトたちのなんともいえない叫び声で教室が震えた。
「ちくしょーっ! なんで俺はもてないんだ!」
「風祭なんて、風祭なんて爆発してしまえ!」
「橘さん、かっこいいー!」
「私は応援するわ! がんばってね!」
火に油どころか、ガソリンを振りまいている橘さん。おかげで、教室は大混乱に陥ってしまった。
これ以上ここにいたら、どんなことになるかわからない。
「橘さん!」
「あっ」
私は橘さんの手を取って、逃げるように教室を後にした。
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