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86話 たまには侍女『らしく』

「眠れないのか? それとも、夜風を浴びて憂いを帯びる私かわいい……と、浸る気か? 変態じゃなくて、ナルシストだったのか?」

「あのね……」


 桜は、いつでも変わらないなあ……


 まあ、その変わらない態度に助けられているところもあるんだけど。

 ……調子に乗るから、絶対に口にしないけどね。


「ちょっと考え事をしていたんだけど、色々こんがらがっちゃって……それで、頭を冷やしていたところ」

「ふむ。葵が考え事か……明日は雨か」

「人がなにも考えてないようなことを言うのやめてくれる?」

「失礼した。明日は槍だな」

「もっとひどいからね!?」

「世界は終わりか……」

「よし、そのケンカ、買った」

「冗談だ。これくらいの冗談、サラリと受け流せるようにならないと、いい大人になれないぞ」


 この子、殴りたい。


 久々に、心の底から本気で思った。


「で、なにを悩んでいたんだ?」


 言葉はそっけない。

 でも、口調はどこか優しくて……


 はあ……ずるいな、桜は。

 なんだかんだで、困っている時は、いつも助けてくれるんだから。


「聞いてくれる?」

「仕方ないな。特別に、相談に乗ってもいいぞ? ほら、話してみろ」

「相談に乗ってもらうのは私の方だから、立場は下かもしれないけど……桜は、自分が侍女であることを思い出そうね?」


 やれやれと苦笑しつつ、私は胸の内を伝えた。




――――――――――




「ふむ、怖いか」


 一通り、考えていることを伝えると、桜は小さくつぶやいた。


 やけに真面目な顔をしていた。

 いつものように茶化すことはしない。


「私、どうしたらいいのかな……?」


 進むべき道がわからない。

 先がまっくらで、なにも見えない。


 途方にくれる私に……

 桜は、いつもの調子で……でも、ちょっとだけ厳しく、子供を叱るような感じで言う。


「甘えるな」

「え?」

「簡単にまとめると、今までの経験から、相手に拒絶されることを恐れている。それで間違いないな?」

「う、うん……」

「気持ちはわからないでもないが……そこまで深く考えることじゃないぞ」

「でもっ」

「聞け」


 桜はいつになく真剣な顔をして……できの悪い生徒を叱るように、言う。


「根本的なところは違うものの、葵の悩みと似たようなものは、誰でも抱くようなものだ。そこまで特別なものじゃない」

「……些細なこと、って言いたいの?」

「そうだな」


 ハッキリと言われて、ショックを受ける。


 今まで、ずっと悩んでいたことなのに……

 それが、大したことない、なんて……そんなこと言われても、納得できない。


 でも……


「拒絶されることを恐れているのは、葵だけじゃないだろ? 橘伊織も、駿河も、橘妹も……それぞれ、似たような感情を抱いているはずだ」

「え?」

「あの三人は、お前に好意を示して……まあ、橘妹はちょっと迂回しているが……とにかくも、好意を示した。好きと伝えた。普通に考えれば、その先に待っているのは『返事』だ。イエスかノーか、その二択。そして……半分の確率で、相手に拒絶されるわけだ」

「あ……」

「あの三人が、なにも考えずに告白をしたと思うか? 『拒絶』される可能性を、まったく考えてないと思うか?」

「……ううん、思わない」

「葵に『拒絶』されるかもしれない……あの三人は、似たような悩みを抱えていたんだ。葵だけが悩んでいるわけじゃない」


 なんていうか……

 ぼーっとしているところに、おもいきり頭を叩かれたような気分だ。


 目が覚めたというか……


 私一人だけ、悩んでいるわけじゃないんだよね……みんなも同じだ。

 それなのに、自分のことしか見えてなくて……


 はあ……私、格好悪いな。


「まあ、悩みを抱えているのが自分だけじゃないといって、悩むな、なんて無茶なことは言わない。ただ、サポートはしよう。桜は、葵の侍女だからな」

「桜……」

「あの三人は、葵と似たような悩みを抱えていたはずだ。それでも、それを乗り越えて、想いを伝えた。伝えることができた。どうしてだと思う?」

「それは……勇気があったから?」

「それもあるが、全てじゃない。答えは簡単だ。うまくいった時のことを考えていたからだ」


 うまくいった時のこと……?

 その言葉は、私にはないもので……

 思わず、ぽかんとしてしまう。


「告白をする時、振られたらどうしよう、と考えることは普通だ。しかし、他にも考えることはあるだろう? うまくいったらデートしたいとか、イチャイチャしたいとか、そういうプラス方面のことを考えることもするんじゃないのか? しかし、葵はそういうことをまったく考えてない。マイナス方面ばかり考えてる。それじゃあ、一歩を踏み出すことなんてできないぞ」

「そう、かも……うん、確かに」


 恋なんてできないと決めつけて……

 そのことしか考えなくて……


 もしも、恋をすることができたら?


 その可能性を……その先にあるものを、まったく考えていなかった。

 暗い方向に思考がとらわれていたというか……

 周りが見えていなかったのかもしれない。


「葵のよくないところは、考えすぎるところだ。あの三人に関わった時のように、なにも考えないで、思うままに行動してみるのもいいと思うぞ」

「そうだね……そうしてみようかな?」

「まあ、最初はうまくいかないかもしれない。考え方というものは、そんな簡単に切り替えられるようなものじゃないからな。それでも、考えることをやめなければ、いずれは……うまくいくだろう。葵がそうしたいのならば、桜も手伝ってやるぞ。今日みたいに、相談に乗る」

「……なんか、初めて桜が侍女らしいことを口にした気がする」

「失敬な。桜は、いつでも侍女らしいだろう」


 桜は、今までの自分の言動をちょっと振り返った方がいいと思うよ?


「ありがとう、桜。おかげで、けっこう楽になったかも」

「ふふん、感謝するがいい。そして、給料を上げるがいい」

「結局、そこなんだ……」

「金はほしいからな。今月、ガチャを回しすぎてピンチなんだ」


 桜は、どこまでいっても桜だった。


 でも、今はそれがうれしいというか、落ち着くというか……

 いつもと変わらない桜がそこにいて、安心する。


 桜は、物心ついた時から、ずっと一緒にいてくれた。

 ……ありがとう。

 心の中で、ありったけの想いを込めて、感謝する。


「それじゃあ、そろそろ寝るね」

「そうか。ならば、おやすみだ」

「うん、おやすみ」


 今日は、久しぶりにぐっすりと眠れそうだ。

 桜と笑顔を交わして、私はベッドに入った。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

桜がちょっとだけ活躍する話。

桜がメインの話があってもよかったかもしれません。

ひとまず、今はこのままで。

次回の更新は、21日予定になります。

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