81話 決戦・5
「ほのかちゃんが幸せになれるっていうなら、なんで、今、ほのかちゃんが泣いているんですか!?」
「む……」
幸三さんが苦い顔をした。
私は、次々と湧き上がる想いを言葉にして、おもいきりぶつける。
「言っていることは、少しは理解できます。お金がないと、すごく大変なことになるって……私は裕福な家に生まれたから、想像することしかできませんけど……それなりに理解することはできます。でも、お金があれば幸せってわけじゃないでしょう?」
「……」
「ほのかちゃんは、あなたのことを慕っています。お姉さんのことを慕っています。幸せなんだと思います。それは、お金があったからなんですか? お金がなかったら、家族を慕うこともなく、不幸になっていたんですか? 違いますよね。ほのかちゃんはそんな子じゃない。お金があろうがなかろうが、家族を大事にする、とても優しい子です」
例えば、ほのかちゃんの家が貧乏だとしたら?
苦しい生活をしていたら?
きっと、ほのかちゃんは、今と変わらず、元気で明るくて、そして、橘さんのことが大好きなシスコンになっていて……
なにも変わらないと思う。
お金は大事だと思う。
でも、幸せに直結するわけじゃない。
そのことを、どうか、わかってほしい。
「しかし、私は……」
「気持ちはわかる、なんて適当なことは言えません。私は恵まれていますから……あなたの苦労はわかりません。でも、過去ばかり見ないでください。まずは、今を見てください」
「今だと……?」
「子供を泣かせる親が、子供を幸せにできるんですか?」
「っ!?」
「もうこの際だから、遠慮なく、はっきり言いますからね」
すぅーっと息を吸って……おもいきり、大声をぶつけてやる!
「ほのかちゃんを泣かせて、あなたはそれでも父親ですかっ!!!」
「……」
「大切にしたいなら、他にやり方があるでしょう!? お金とか裕福な暮らしとか、そんなことじゃなくて……もっと、伝えるべきことがあるでしょう!? あなたの言葉を、心を伝えたことはあるんですか!?」
「私は……」
「言えるものなら、言ってみてください!」
ありったけの思いを込めて、叫ぶ。
「お見合いをすることが、裕福な暮らしをすることが幸せになる方法なんだって……ほのかちゃんの前で、もう一度言えるのなら、言ってみてくださいっ!!!」
私の言いたいことは全部吐き出した。
あとは……幸三さん次第だ。
私の……ううん。
ほのかちゃんの涙を見て、なにか思うところはあったのか。
心に響くものはあったのか。
その答えは……
「ほのか」
「えっ……あっ、う、うん。その……なに?」
「すまない」
幸三さんは腰を曲げて、深々と頭を下げた。
目の前の光景が信じられない様子で、ほのかちゃんが目を大きくする。
「えっ……?」
「私が間違っていた……考えが足りなかった……」
「お父さん……?」
「そうだな。娘を泣かせておいて、なにが父親か……そのような当たり前のこと、言われるまで気づかないとは……自分で自分に呆れてしまう」
静かに語る幸三さんは、まるで憑き物が落ちたみたいに、スッキリした顔をしていた。
「本当にすまない。お前を傷つけてしまった」
「えっ、あの、その……あたしは……」
「言い訳になってしまうが……全部、お前のためを思ってのことなんだ。私が苦労したから、同じ思いはさせたくなくて、だから……いや。見苦しい言い訳は、これ以上はよしておこう。とにかく、すまなかった」
「お父さん……」
ほのかちゃんは、別の意味で涙を浮かべる。
幸三さんに手を伸ばして……
でも、途中で怖がるように手を引っ込めて……
「ほのかちゃん」
「あっ……風祭……」
ぽんぽんと、ほのかちゃんの肩を叩いた。
こちらを見るほのかちゃんに、にっこりと笑う。
「今度は、ほのかちゃんの言葉を伝えよ?」
「……ん」
小さく頷いて、ほのかちゃんは幸三さんをまっすぐに見えた。
目に浮かぶ涙を指先で拭い、それから口をそっと開く。
「あたし……お父さんの考えていること、知らなかった。ううん、知ろうとしなかった。家のことって決めつけて、あたしのためを想ってくれていたことに気が付かなくて……」
「全て私のせいだ」
「ううん……そんなことないよ。あたしも悪いから……言っておかないといけないこと、たくさんあるはずなのに、でも、聞いてくれないって決めつけて無視して……」
「ほのか……」
「だから、ちゃんと言うね」
ほのかちゃんは、自分の胸に手を当てた。
心を確かめるように、そっと触れて……
そのまま、静かに優しく、言葉を紡ぐ。
「私、お父さんが好きよ。あと、お母さんも好き。二人とも厳しいけど、でも、優しくて……ちゃんと、あたしのことを考えてくれていて……」
「……」
「お父さんとお母さんは、色々なことがあっても、ずっと支え合ってきて……たまにケンカもするけど、でも、仲が良くて……きっと、昔からそうなのよね? あたしの知らない時から、ずっと、そうやって支え合ってきたのよね? あたし、結婚するなら、お父さんとお母さんみたいな関係を築きたいの。だから……お見合いはしたくないわ。ごめんなさい」
「そうか……わかった」
ほのかちゃんの言葉が、しっかりと心に届いたんだろう。
幸三さんは、わずかに声を震わせていた。
でも、そこは大人の意地というか……
すぐにいつもの調子に戻る。
「見合いの件、白紙に戻そう」
「ありがと」
「私の方こそ、ありがとう。私たちのようになりたい、などと……とてもすばらしいことを聞くことができた。今まで生きてきた中で、一番、うれしく思う」
「大げさなんだから」
「それと……改めて、すまなかった。ほのかの気持ちを無視して、傷つけてしまった。どうか、許してほしい……」
「んー……じゃあ、お小遣いアップね♪」
「……そのようなことを、今、言うか?」
「こんな時でもないと、つっぱねられそうなんだもん」
「まったく……仕方のない娘だ」
「怒った?」
「さてな」
二人で笑い合う。
今まですれ違っていた親子は、今、元のレールに戻った。
「うん」
めでたしめでたし……かな?
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
これにて、VS父親の話は終了です。
時々、男らしくなる主人公。
まあ、男だから当たり前なのかもしれません。
次回は、11日更新です。




