08話 アプローチ
「ところで、どうして篠宮さんが一緒に?」
橘さんは探るような視線を桜に向けた。
恋のライバルを見るような目をしている。
そっか。付き合いの長いクラスメイトは私と桜の関係を知っているけど、橘さんは転校生だからわからないんだ。
「もしかして、お二人は付き合って……」
「それはない」
「桜に先に否定された!?」
「私の相手が葵なんて、笑ってしまうくらいありえないこと」
「いい加減、桜は主を敬う心を身につけた方がいいと思う」
「あははは」
「本当に笑われた!?」
「あははははははははははははははははははははははっっっ!!!!!」
「笑いすぎじゃないかなっ!?」
いつか殴る。
拳で主従関係を改めて認識させる。
私は固く誓った。
「主……ですか?」
「えっと……簡単に説明すると、桜は私の侍女で、同じ家で暮らしているの。だから、こうして一緒に通学してて」
「そうなんですか」
橘さんがほっとしたような顔をした。
でも、まだ桜のことを警戒しているみたいだ。一緒に暮らしている、というところが引っかかっているのかもしれない。
「安心しろ、橘伊織」
「え?」
「桜と葵は特別な関係ではないし、特別な感情も抱いていない」
「本当ですか?」
「本当だ。桜は葵のことを道端の石ころ程度にしか思っていない」
「もうちょっと関心を持ってほしいな!? さすがに寂しいよ!」
「間違えた。路上の犬のう……」
「それ以上はNGだから! 女の子がそんなことを言ったらダメ―っ!」
「ちっ、うるさいな」
あいかわらず、主のことをぞんざいに扱う侍女だ。
「私はお前の恋を応援しているぞ」
「応援してくれるんですか? でも、どうして?」
「恋人ができれば、葵の性格が改善されるかもしれない。それは、こちらとしても喜ばしいことだ。だから、お前の存在を歓迎する」
「篠宮さん……」
橘さんは感動した様子で桜の手を握った。
「私、がんばります! 篠宮さんの期待に応えられるように、風祭くんを振り向かせて……そして、立派な男の子に戻してみせますから!」
「桜も手伝う。できることがあったら、言ってほしい」
「はい、一緒にがんばりましょう!」
大変だ。なぜか二人が結託してしまった。
私の直感が告げている。この二人が一緒にいたら絶対にろくなことにならない。
二人の近くにいても、ろくなことにならない。
ろくにならないことだらけだ。
「えっと……そ、それじゃあ、私は学校に行こうかな」
逃げることにしよう。
くるりと踵を返したけれど、
「待て」
「待ってください」
そうはいかないというように、左右からがしっと肩を掴まれた。
「どこに行く?」
「私たちを置いていかないでください」
「……はい」
この二人からは逃げられない。
諦めた私はがくりと肩を落とした。
「それでは、三人で仲良く登校しましょう」
「待った、いい案があるぞ」
なにやら、桜が橘さんに耳打ちした。
きょとんとしていた橘さんが、にっこりと笑顔になる。
なんだろう……いったいなにを吹き込んだんだろう? イヤな予感しかしない。
「風祭くん」
「な、なに……?」
「……えいっ」
かわいらしい声をあげて、橘さんは私の腕に抱きついた。
腕全体に感じる橘さんの温もり。
そして、ふにゅっと、柔らかい感触が当たって……
「た、た、橘さん!?」
「どうしたんですか、風祭くん」
「い、いきなり、なにを……」
「あら、女の子同士なら、これくらいのスキンシップは当たり前ですよ。風祭くんの心が女の子だというのなら、抱きつくくらい、なんてことないはずです」
「うっ……」
「それとも……もしかして、興奮しているんですか?」
ここぞとばかりに、橘さんはボリュームたっぷりの膨らみをぐいぐいと押し付けてきた。
体が熱くなる。
頭に血がのぼる。
心臓が跳ね上がる。
今まで感じたことのない感覚が、体の奥底から湧き上がってきた。頭がぼーっとして、だんだん思考が曖昧になってくる。
気持ちいい、心地いい
もっと、この感触を……
「っ」
ダメだ、このまま流されたらいけない!
私は唇をきゅっと噛んで、なんとか正気を取り戻した。
「こ、これくらい、なんともないよ。これはよくある普通のこと……うん、橘さんの言うとおり、女の子同士のスキンシップだね」
声は少し震えていたけど、なんとか冷静になることができた。
「ちっ、いい感じだったのに」
やっぱり、桜の仕業か。
橘さんに余計なことを吹き込むなんて……どうやら、本当に橘さんの味方をするつもりみたいだ。
これは、厄介なことになったかもしれない。
桜は敵に回したらとことん面倒くさい相手になる。災害級に迷惑極まりない。
なんとかしないといけないんだけど、どうしたものやら……
ちなみに、桜が味方の場合、やはり面倒なことになる。
敵でも味方でも面倒……この子、なに? 本物の災厄? 誰か封印とかしてくれないかな。
「風祭くんって、我慢強いんですね……でも、まだまだ勝負は始まったばかりです。覚悟してくださいね」
こんな状況で、にっこりと笑う橘さんの心は、鋼鉄でできているのかな? 鋼鉄のオトメハート?
ひょっとしたら、橘さんも、桜と同じくらい厄介なのかもしれない。
厄介と厄介に挟まれて、最悪が生まれそうだ。
勘弁してほしい。
私は、平穏に過ごしたいだけなのに。
「さあ、学校に行きましょう? あっ、それまで、こうしてくっついていても構いませんよね? なんなら、触っても構いませんよ? 特別、です♪」
「あ、あはは……」
もう笑うことしかできなかった。
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