78話 決戦・2
「えっ……」
幸三さんの言葉の意味を理解できない様子で、ほのかちゃんがぽかんとした。
でも、それはほんの少し。
ほどなくして言葉の意味を理解して、ほのかちゃんが慌てる。
「なんでっ……ど、どうして、そこでお姉ちゃんが出てくるの?」
「お前の相手が風祭の子というのならば、伊織の相手はいなくなるだろう? ならば、今回の見合いは、伊織が代わりに受けるべきだ」
「そんな……で、でも、相手の人は、17以上はダメって言ってるんでしょ? お姉ちゃんはアウトじゃないの?」
「そんなものは、あくまでも希望にすぎん。希望に沿わないから止めるというほど、相手は愚かな人ではない」
予想外の展開に、ほのかちゃんは慌てる。
まともにものを考えることができなくて、うまい反論が思い浮かばない。
そして、追い詰められていく。
「ま、待って待って! いきなり相手を変更して、しかも希望を無視刷るようなことをして、それでも見合いを続けられるの?」
「続けられるさ。今回の見合いは、そういうものだ」
「そういうもの、って……」
「互いの家に利があると判断され、それ故に行われた見合いだ。そのことは、向こうも承知している。希望は、あくまでも希望。それが叶えられないからといって、破断にするようなことはしまい」
「そんな……それじゃあ、あたしは、お姉ちゃんを生贄にするようなことを……」
がくりと、ほのかちゃんは床に膝をついた。
どうしようもならない事実を突きつけられて、完全に心が折れてしまったらしい。
もう、なにも言えない……
「ほのかと風祭の子の交際については、後々、話をしよう」
「そ、それは……」
「今は、見合いの件だ。先方に連絡をして、事情が変わったことを説明しなければならない。私は席を外すが、二人はゆっくりしていくといい」
幸三さんが席を立とうとして……
「ま、待って!!!」
慌てて、ほのかちゃんが引き止めた。
「どうした? 見合いについての話は終わったと思うが?」
「やっぱり、今のはナシ! ナシだから! お姉ちゃんじゃなくて、あたしがお見合いをするからっ」
「しかし、ほのかは風祭の子と付き合っているのだろう?」
「そ、それは……」
「私は、反対はしないぞ。むしろ、歓迎しよう。だから、お前が無理をする必要はない。見合いは、伊織にしてもらうことにしよう」
「う……ウソなの!」
「ほう?」
「あたしが風祭と付き合っているっていうのは、ウソだから! 全部、お見合いを断るための方便なのっ」
幸三さんは、冷ややかな視線を実の娘に向けた。
ほのかちゃんがびくりと震えて、怯えるように体を縮こまらせた。
「つまり、風祭の子と付き合っていないと? まだ、伊織が相手をしていると? そういうことか?」
「そ、そうよ……」
「ウソをついた、というわけか」
「そうよ……だ、だから、お姉ちゃんは関係ないから……」
「やはり、そういうことだったか」
今、『やはり』って言った?
ということは……幸三さんは、最初から僕たちの関係が『ウソ』ということに気づいていた?
カマをかけている、という感じはしない。
確信を持っている目だ。
そのことを理解した私は、『フリ』をするのをやめて、静かに問いかける。
「いつから気づいていたんですか?」
「最初からだ」
「えっ、ウソ……そんな……なんで?」
「自分で言うのもなんですけど、けっこう、うまくやれていたと思うんですけど……」
「そうだな。うまくやれていただろう。普通なら、騙されていただろうな」
「なら、どうして?」
「大人を舐めるな」
その言葉は、圧力を伴うように、鋭く、重い。
厳しい視線で射抜かれて、思わず、体を固くしてしまう。
これが、一代で財を築いた男の人の圧力……
こんな人を相手にしていたんだ。
今更だけど、認識が甘かったことを後悔する。
もっともっと、ギリギリのところまで対策を練り込んでおくべきだった。
この人相手に、中途半端な小細工は逆効果でしかない。
「これでも、人を見る目はあるつもりだ。ほのかのくだらない企みなど、すぐに看破したぞ」
「……」
圧を伴う厳しい視線を向けられて、ほのかちゃんは言葉も出ない。
俯いて、体を震わせることしかできない。
「くだらない真似をしてくれたな」
「あ、う……それは、その……」
「大事な話があると言うから時間を用意したものの、こんな茶番に付き合わされるとはな」
「ご、ごめんなさい……でも、あたしは、お見合いなんて……」
「ほのかの意見など聞いていない」
「っ」
ぴしゃりと言われて、今度こそ、ほのかちゃんは黙ってしまう。
「お前は、まだ子供だ。子供は、まともな判断ができない。正しい判断ができない。だから、大人である私の言うことに従え」
「それは、ちょっと横暴じゃありませんか?」
たまらずに口を挟むものの、幸三さんはこちらを見ることすらしない。
私を、『敵』と認識すらしていない。
どうとでもなる、取るに足らない存在、というわけだ。
「客人は黙っていてもらおうか。これは、私の家の問題だ」
「私はほのかちゃんの友だちです。友だちのことは、私の問題でもあります」
「くだらん。子供の意見だな」
「子供ですから」
「君との会話は時間の無駄だな」
バッサリと、私との会話を打ち切る。
そのまま、幸三さんはほのかちゃんとの話を進めた。
「見合いは、このまま進める。文句はないな?」
「……はい」
「つまらないことを考えないように。時間の無駄になるだけだ」
「……はい」
「ほのか。お前は、まだ子供なのだ。大人の言うことを聞け」
「……はい」
次々と浴びせられる、言葉の刃といっても過言ではない厳しい内容に、ほのかちゃんは、弱々しい声で応えることしかできない。
そんなほのかちゃんに、私をなにをするべきだろう?
もう助けることはできない?
幸三さんを相手に、戦うことはできない?
なにも……できない?
私は……
「見合いは初めてだから、戸惑い、このようなことをしたのだろう。ほのかの気持ちは、わからないでもない」
「……」
「が、それは無用な心配だ。私の言う通りにしろ。見合いをしろ。そうすれば、両家の繋がりは強くなり、家はさらに発展して……そして、お前は幸せになれる」
「……は、い……」
こらえきれないといった様子で、ぽつりと、ほのかちゃんの瞳から涙がこぼれた。
瞬間、私の中で、カチリとスイッチが切り替わる。
このまま引き下がることなんてできない。
子供の意地、見せてやる!!!
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
大人にやりこめられますが、次回から反撃に出ます。
まあ、反撃といっても物理的な反撃ではないですが。
次の更新は、5日になります。




