73話 好きな理由
「……なんか、不思議」
ふと、ほのかちゃんの声のトーンが変わる。
電話越しだから、ハッキリとしたことはわからないけど……
昔を懐かしむような、そんな感じの声だ。
「不思議って、なにが?」
「あんた、お姉ちゃんみたい」
「え? 私が?」
橘さんみたい、って言われても……うーん?
私と橘さん、あまり似ていないような気がするんだけど……
あまり共通点もないし……
……ということを伝えると、ほのかちゃんの苦笑が返ってきた。
「ばーか。そういう表面的なことじゃないわよ。雰囲気とか態度とか……心、とか。そういうところを指しているの」
「心……」
「我ながら変だとは思うんだけど、風祭と話していると、たまにお姉ちゃんと間違えそうになって……最近、特にそんな感じで」
「橘さんを真似ているつもりはないんだけど……」
「だから、言ったでしょ。表面的なことじゃないの、内面の話」
と言われても、よくわからないんだけど……?
「……お姉ちゃんも風祭も優しいから。だから、似ている、って感じるのかもしれないわね」
「私、優しいかな?」
「普段は、小憎たらしいんだけど……でも、あたしが困っている時は助けてくれるし、心配してくれるし……今回のことも、断らないで付き合ってくれたし……優しいんじゃない?」
ちょっと照れたような声が聞こえてきた。
今、ほのかちゃんはどんな顔をしているのかな?
ふと、そんなことが気になった。
「まっ、お姉ちゃんの方がもっともっと優しいけどね」
「うん。それはわかるよ」
「お姉ちゃんは、本当に優しいから……だから、好きになったのよ」
とても優しい声。
橘さんのことを想うほのかちゃんは、こんなに変わるものなんだ。
ちょっと驚いてしまう。
それと同時に、とあることが気になってしまう。
「ぶしつけな質問なんだけど……その辺りのこと、詳しく教えてもらえない?」
「その辺りって?」
「ほのかちゃんが橘さんを好きになった理由というか、その想い。知りたくて……できればでいいんだけど、教えてもらえないかな?」
沈黙。
ややあって、仕方ない、というような吐息が聞こえてきた。
「まあ、風祭もがんばってくれてるし……特別よ?」
「ありがとう」
「って言っても、そんなに話すことはないのよね。なにか劇的な事件が起きたっていうわけでもないし」
「そうなんだ?」
てっきり、ドラマや漫画にあるようなドラマチックな事件が起きて、それをきっかけに、橘さんのことが好きになったと思ったんだけど……
「さっきも言ったけど、お姉ちゃん、すごく優しいの。今もだけじゃなくて、昔から、ずっとずっと優しいの。いつもあたしの面倒を見てくれて、それでいて嫌な顔一つしないで……困っていたらすぐに助けてくれて……悪いことをした時は、しっかりと叱ってくれて、なにがダメなのか教えてくれて……」
「なんか、お母さんみたいだね」
「そうね……そうかもしれない。あたしにとって、お姉ちゃんはお母さんと同じような存在よ」
「そういえば、ほのかちゃんたちのお母さんは……?」
今まで、二人のお母さんの話を聞いたことがない。
話をしないということは、隠しておきたいことなのかと思い、あえて口にしないでおいたんだけど……
どうにも気になってしまい、尋ねた。
「ん? 普通に元気してるけど?」
「あ、そうなんだ」
「なに? もしかして、亡くなったとか家を出て行ったとか、そんなことを考えてた?」
「実はちょっと」
「そんなことないわよ。ただ、まあ……お母さんは、完全にお父さんの言いなりだから……味方にはなってくれないわね」
ほのかちゃんは寂しそうに言った。
「そんなだから、あたしは余計にお姉ちゃんに甘えるようになって……いつも一緒にいたから、もう離れられなくなって……気がついたら、大好きになってたの」
「そうなんだ……」
ほのかちゃんにとって橘さんは、大事な姉であり、母親代わりであり……そして、大好きな想い人、っていうことか。
橘さんは、たまに暴走したり、ちょっと困ったところはあるけれど……でも、とても素敵な女の子だ。
ほのかちゃんが好きになる気持ちは、なんとなくだけど理解できるような気がした。
「ありがとう、色々と教えてくれて」
「まあ……風祭なら話してもいいかな、って思ったから」
ちょっと照れたような声。
今、どんな顔をしているのかな?
「まあ、そんなわけで、あたしは優しいお姉ちゃんが好きなの。だから、風祭はこれ以上優しくならないように」
「え、なにそれ? どういうこと?」
「だって……」
「だって?」
「……これ以上優しくされたら、気になっちゃうかもしれないじゃない」
思わず、ドキッとしてしまう。
「……なーんて、ね」
「え?」
「驚いた? 冗談よ、冗談」
「そ、そうなの?」
「当たり前じゃない。あたしはお姉ちゃん一筋なの。女装変態野郎の風祭なんて、好きになるわけないじゃない」
久しぶりに罵倒されたような気がする。
ちょっと懐かしい、なんてことを思う私は、どうかしているかもしれない。
「まあ……お姉ちゃんがいなかったら、そういう未来もあったかもしれないわね」
「それも冗談だよね?」
「さあ、どうかしら」
今のほのかちゃんは、やけに大人びているような気がした。
いつもより、2~3歳くらい上に感じるというか……
夜の静かな空気が、そうさせているのかな?
「わざわざ電車してくれて、ありがと。でも、あたしはもう大丈夫だから」
「本当に?」
「平気よ。これくらいでくじけてたら、この家じゃやってけないわ」
「それならいいんだけど……」
「風祭は、まだ外なんでしょう? まだ夜も寒いわ。風邪引いたりする前に、とっとと家に帰りなさい」
「心配してくれてありがとう」
「べ、別に心配してるわけじゃないし? あんたが風邪を引いたりしたら、あたしが困るから、だから注意しているだけよ」
「うん、そういうことにしておくね」
「だーかーらー……って、もういいわ。ここら辺で終わりにしておかないと、延々と続きそう」
「だね」
電話をして、そろそろ30分。
さすがに頃合いだろう。
「じゃあ、また明日ね」
「ええ。体育祭、がんばりましょ」
「うん。せっかくだから、優勝を目指そうね」
「もちろんよ」
私は強気な笑みを浮かべる。
たぶん、ほのかちゃんも同じような顔をしているんだろうな。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
ちょっとだけ、ほのかがデレました。
本格的にデレるのは、もうちょっと先になります。
そこまでお付き合いいただければうれしいです。
次は、25日更新の予定です。




