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71話 気づかないうちに対面

 ガチャ、と扉が開いた。


 見たことのない男の人だ。

 年齢は、40~50っていうところかな?

 顎に髭を蓄えていて、とても威厳がある。


 もしかして、この厳しい人が……


「お、お父さん……」


 やっぱり、橘さんとほのかちゃんのお父さん……っていうわけか。


「帰ったのならば、そう言いなさい。来週のことについて、話をしておくと……おや?」


 そこで私たちに気がついたらしく、ほのかちゃんのお父さんはこちらに視線を向けた。


「……友だちか?」

「え、ええ」

「そうか……いつもほのかが世話になっているね。ゆっくりしていってほしい」


 一応、そんなことを口にしているものの、顔はまったく笑っていない。

 この目。

 私たちのことを邪魔と思っている目だ。


「ん?」


 ふと、ほのかちゃんのお父さんの視線が、私のところで止まる。

 しかし、それは少しの間、さらりと流した。

 私が『風祭』ということには、気づいていないらしい。


 まあ、ここで正体がバレたら、色々とややこしいになることは間違いないから、気づかないでいてくれていいんだけど……

 娘とくっつけようとした相手の顔くらい、覚えていないのかな……?


 なーんとなく、イヤな感じがした。


「ほのか、来週のことだが……」

「友だちの前でする話じゃないでしょう」

「すぐに終わる。聞け」


 ほのかちゃんの言い分を無視する。

 なんていうか、イライラっとする。


「来週のために、服を作らせておいた。すでに試着できるようになっているから、後でサイズを確かめるように。ズレていたら、すぐに修正させないといけないからな」

「……ねぇ、来週のお見合い、本当にしないとダメ?」


 ほのかちゃんの疑問に、どう答えるんだろう?

 ひとまず、成り行きを見守っていると……


「ダメに決まっているだろう。お前には、絶対に見合いを受けてもらう。そして、成立させてもらうぞ」

「そんなこと言われても……あたしは、その、乗り気じゃないっていうか……」

「ほのかの意思など関係ない」

「っ」

「お前は、私の言う通りにしていればいい。そうすることで幸せになれる。いいな? よからぬことは考えるな」


 うん。この人はなにを言っているのかな?

 ほのかちゃんの意思が関係ないとか、なんでそんな馬鹿馬鹿しいことが言えるのかな?


 よし、決めた。

 来週を待つまでもない。恋人のフリをする必要もない。

 今ここで、この人をこらしめて……


「葵」


 前に出ようとしたら、桜に腕を掴まれた。


「落ち着け」

「私は落ち着いているよ」

「まったく落ち着いてないだろうが。こんなところで暴れたら、二人の立場が余計に悪くなるだけだぞ」

「それは……」

「今は動く時じゃない。耐えろ」

「……うん」


 私は体の力を抜いた。

 代わりに、手をぎゅうっと握り締めた。

 強く、強く。




――――――――――




「ではな」


 言いたいことだけ言って、ほのかちゃんのお父さんは部屋を後にした。

 瞬間、部屋の空気が一気に軽くなったような気がする。


「ふう、やっと行ってくれたな。なかなかに疲れたぞ」

「あれがほのたんのお父さん? なんていうか、職人みたいな人だね」

「言い得て妙ですね」

「ウチのお父さん、昔の職人みたいに頑固なところがあるから……ある意味、正解ね」


 ほのかちゃんが笑う。

 でも、心から笑っているようには見えなかった。


「こう言ったらなんだけど、失礼な人だね。あと、すっごい強引」

「そういう人なのよ」

「あーもうっ、イライラってしちゃうよ」

「……風祭は大丈夫なの?」

「え? なにが?」


 ほのかちゃんの言葉の意味がわからなくて、きょとんとした。

 すると、ほのかちゃんは心配そうな視線をこちらに向ける。


「あんな人を騙すのよ? 平気?」

「あー……うん。大丈夫かな? 私、度胸はある方だから」


 こう見えて、小さい頃から色々とあったからね。

 家の都合で偉い人と話をしたり、時に、政治家という大物と話をしたこともある。


 彼氏のフリをして相手を騙す、っていうのは、さすがに初めてだけど……

 まあ、なんとかなるよね。

 こういう時は、気楽に考えないと。深く考えたら負け。


 そう告げると、ほのかちゃんは苦笑した。


「なによそれ。度胸があるっていうよりは、脳天気なだけじゃないの?」

「うわ、ひどいこと言われた」

「でも、否定できないよね。あーちゃん、けっこう、そういうとこあるもん」

「ですが、それも風祭くんの美点ですよ?」

「誰一人として、能天気というところを否定しない……悲しいな。桜、涙が出てきたぞ」

「みんなひどい!?」


 桜じゃないけど、涙が出てきちゃうよ。ホントに。


「まあ、なんとかなるよ」

「適当ね」

「あ、手を抜くとか、そういうわけじゃないよ? ほのかちゃんのためだから、全力で彼氏のフリをするよ? でも、あまり気負っても仕方ないし……適度な緩みは必要かな、って」

「……そうかもね」


 ほのかちゃんの反応が、いまいち鈍い。

 軽くうつむいていて、どこか暗い。


 ……さっきのこと、気にしているのかな?


「ねえ、ほのかちゃん」

「なによ?」

「さっきのお父さんとのやりとり……ううん、なんでもない」


 お父さん、と言ったところで、わずかにほのかちゃんが顔色を変えて、すぐに話題を終わらせた。


 気にしてないわけないか……

 お父さんにあんなことを言われて、あんな対応をされたら、普通は、色々考えちゃうよね。

 それくらいわかっていたことなのに、私は無神経に踏み込もうとして……はあ、失敗しちゃった。自己嫌悪。


 でも、自爆して落ち込んでいても仕方ない。

 ほのかちゃんを励ます意味もこめて、なるべく明るくしないと!


「安心して、ほのかちゃん」

「風祭……?」

「恋人のフリは、絶対に成功させるから。大船に乗ったつもりで、どーんと構えてて」

「それ、タイタニックだったりしないわよね?」

「ゴムボートだよ」

「船ですらない!?」

「一人乗りです」

「あたし置いてどうするつもりよ!?」


 ……うん。ちょっとは元気になったかな?

 やっぱり、ほのかちゃんは、元気な方がらしいよね。


「……ねえ、風祭」

「なに?」

「……なんでもない」


 ほのかちゃんは、消えそうなくらい小さな声で、ぽつりとつぶやいた。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

ちょっとだけシリアスな回でした。

でも、最後はいつものどたばたに戻ります。

そういう話です。

次は、21日更新の予定です。

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