57話 橘家の事情
いつも呼んでいただき、ありがとうございます。
橘幸三。
20代後半で、それまで勤めていた会社を退社。
その後、独自のプログラムを開発する、IT企業を起ち上げる。
数年は低空飛行が続き、倒産の危機に遭遇したことも、一度や二度ではない。
しかし、前職が同じ職種ということで、そのノウハウを活かして、危機を乗り越えてきた。
そして、耐え忍ぶ時代が終わり……
会社を起ち上げて、5年後……画期的なビジネスソフトの開発に成功する。
これを機に、事業が拡大。IT事業だけではなく、様々な分野に進出。わずか一代で、知らない人はいないほどの巨大企業に成長する。
しかし、橘幸三の野望ともいうような企業戦略は、とどまることを知らない。
さらに大きく、さらに広く。
世界を飲み込むまで終わらないというように……
橘幸三は、今日も、事業拡大を図り、さまざまな画策を行う。
――――――――――
「っていうのが、あたしたちのお父さんなんだけど」
「そこそこ知っていたけど、改めて聞くと、相当にすごい人だね」
橘さんの一件があったから、一度、桜に頼んで橘家について調べてもらったことがある。
橘さんのお母さんは、それなりに家が裕福だけど、それ以外に特徴らしい特徴のない普通の人だ。
しかし、お父さんは違う。
漫画やドラマに出てきそうな、とんでもないビジネスマンだ。
才能に恵まれている。いや、恵まれすぎている、とでもいうべきかな? たったの数十年で、自分が起ち上げた会社を世界規模に成長させるなんて、並大抵のことじゃない。
いったい、どれほどの努力があったのか? どれほどの汗と血を積み重ねてきたのか?
想像することもできないくらい、すごいことだ。
ほのかちゃんからお父さんの話を聞いて、ますます、そんなことを思うようになった。
「で、ほのたんのお父さんがどうかしたの?」
「そのお父さんの命令で、あたし、お見合いをさせられることになったのよ」
「そうなんですか? 私、そんなことは欠片も聞いていないんですけど……」
「そのうち、教えられるんじゃない? なにしろ、この前決まったばかりらしいから。あたしも、知ったのは、つい先日のことだし。お父さんの部屋に呼ばれて、いきなり、『今度見合いをすることになった。それまでに、美容院に行くなりして、身なりを整えておけ』ってね」
「それはまた……強引だね」
今度、見合いをしてみない? なら、まだわかる。
でも、見合いをすることになった、って勝手に決められても、普通は困る。
まずは、本人の意思を確認するのが先じゃないかな?
なんて、当たり前の疑問を口にしてみると、ほのかちゃんは疲れたようなため息をこぼした。
「お父さんは、あたしの都合なんてこれっぽっちも考えてないから。自分の中で物事を完結させて、外には出さないの。外に出す時は、物事を決めた後だけ。そういう人なのよ、お父さんは」
眉をしかめてしまう。
橘さんとほのかちゃんには悪いけれど、あまり良い『父親』ではないような気がする。
まあ、話を聞いただけで、直接会ったことはないから、実際に会ったらとても良い人だった、っていうオチもあるかもしれないけど……
でも、今の時点ではマイナス印象しかない。
そして、それが正しいように、ほのかちゃんはうんざりした様子だった。
「どうして、橘父は見合いをセッティングしたんだ?」
桜の最もな疑問に、橘さんが、さらに質問をつけくわえる。
「その……もしかして、見合い相手というのは、風祭くんのような名家の方ですか?」
「お姉ちゃん、正解」
「やはり……」
「賞品として、妹の愛を進呈するからね♪」
「父さんは、その……ほのかを、私の代わりにしようと考えているんでしょうね」
橘さんは真面目な顔で言う。
せっかく、真面目な顔をしているところ悪いんだけど、スルーされたほのかちゃんがマジ泣きしているよ……?
いいのかな? 放っておいて?
……いいんだよね。
橘さん、時々、ものすごくドライです。
「私の代わり、っていうと?」
「父さんの会社を経営する手腕は、確かなものです。このままなら、どんどん会社を成長させることができるでしょう。ただ……会社を成長させるだけでは、どうしても手に入れることができないものがあります」
「なるほど、話が見えてきたぞ」
桜の言葉に追随するように、私も納得顔で頷いた。
「要するに……『名』が欲しい、っていうこと?」
「ほのか」
「……ええ、そうよ。その通り。風祭が正解よ」
やっぱり、と心の中でつぶやいた。
ある人は言った。
金で買えないものはない。
言うまでもないけれど、とんでもない迷言だ。間違いも間違い、大間違い。
お金で買えないものなんてたくさんある。
例えば、命。
例えば、名誉。
例えば、心。
数えればキリがない。
その中の一つに、『血』がある。
名門の家に生まれた者だけに引き継がれる血。
その家の者だけに与えられる地位。そして、名誉。
そういうものは、お金で手に入れることはできない。どうやっても……だ。
その家に生まれた者だけが手に入れられるからね。
ただ、例外はある。
その家と『家族』になってしまえばいい。
そうすれば、晴れて仲間入りをすることができる。同じ地位を得ることができる。
ほのかちゃんのお父さんは、それを狙っているんだろう。
企業を経営する手腕はとんでもないらしいけれど、それでも、力だけではどうにもならない時がある。
より広く、より大きな成長をするためには、時に、名門の家の血の力が必要になる。
「っていうか、それ、私の時と似ているね」
橘さんも、私の家を取り込むように言われていたんだよね。
まあ、元から橘さんにその気はないけどね。橘さんは、私の家のことなんてどうでもよくて、私だけを求めていた。
それは、まあ……ちょっとうれしい。
って、話が逸れちゃった。
「でも、なんで? 私の件があるから、そういう話はもう出ないものと思っていたんだけど」
一応、橘さんは、まだ私にアタックを続けている状態だ。言い換えれば、家を取り込むことを諦めていないことになる。
だからこそ、橘さんは自由に動くことを許されているんだろうし……
そんな作戦が動いているというのに、なんで、ほのかちゃんまで?
「どうも、父さんは焦れたみたいね。予定では、もっと早くお姉ちゃんが風祭を取り込むみたいだけど、そうはいかなくて……って、取り込むってなによ! 風祭、あんた、お姉ちゃんになにをするつもり!?」
「一人で勝手に妄想を膨らませて、勝手に暴走されても……」
ほのかちゃん、芸人になれるんじゃないかな?
芸名は、『暴走特急』。
うん、ぴったり。
「父さんは、自分の思い通りにならないことが、なによりも気に入らない人ですからね……」
「そんなわけで、あたしも利用しよう、って思いついたんでしょうね。見合いの相手は、名門の家のおっさんらしいわ」
「うわぁ」
おじさん相手にお見合いって……色々な意味でやばい。
相手も、よく了承したなあ。ほのかちゃん、まだ、女子高生だよ? 歳の差とか考えなかったのかな?
いや、むしろ、女子高生だからこそ受けた?
うわーうわー、だとしたら、とんでもなく危ないよ! もう事件だね、警察呼ばないと! おまわりさーん!
「そんなわけで、あたしは今、見合いをさせられそうになってるのよ」
「なるほど……」
……あれ? それと、私と付き合うことと、どういう関係が?
そんな疑問を察したらしく、さらにほのかちゃんが言葉を続ける。
「そこで、風祭の出番よ。私の恋人のフリをして、父さんに見合いを諦めさせるのよ!」
「……ああ、なるほど。そういうことね」
よくあるアレだ。
好きでもない人から告白されて、でもうまく断れなくて、知り合いの女の子に恋人のフリをして諦めさせよう、っていう王道のパターン。今回は、それの発展バージョンかな?
……とてもめんどくさいことになりそう。
ほのかちゃんには悪いのだけど、私は、正直にそんなことを思ってしまうのだった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回のように、わりとベタな展開が好きだったりします。
安心感があるというか、純粋の楽しめるというか。
読んでいる方々も、楽しんでもらえたら、と思います。
これからもよろしくお願いします。




