55話 平穏はすぐに崩れるから平穏と言う
いつも読んでいただき、ありがとうございます。
午前の授業が終わり、昼休みが訪れる。
「風祭くん」
「あーちゃん!」
「お弁当を作ってきたんですけど、一緒にどうですか?」
「ごはん、一緒に食べにいこう!」
橘さんと愛ちゃんが、それぞれ私の手を引く。
うん。お願いだから、左右、正反対に引っ張るのはやめて? それ、大岡裁きになっちゃうからね? しかも、二人は、なんだかんだで最後まで離してくれないタイプだよね?
「風祭くんは、私と一緒にお昼をするんですよ?」
「そんなの聞いてないし。あーちゃんは、私と一緒に学食に行くのっ」
「学食を利用するよりも、私のお弁当の方がおいしいです。栄養バランスも整っているから、風祭くんは私を選んでくれます」
「学食をバカにしたなー!? 学食のおばちゃんが作るコロッケそばは絶品なんだよ! あーちゃんも、この前、大好きって言ってたもん。あーちゃんは、私と一緒に学食に行くの!」
「むむむっ!」
「ふかーっ!」
いつものように、バチバチと火花を散らす二人。
以前なら、クラスメイトたちが……主に男の子が……嫉妬の視線を向けて、あるいは、修羅場を繰り広げる私たちで妄想を……主に女の子が……繰り広げていたんだけど、今は落ち着いたものだ。
「……この光景も、すっかり慣れたなあ」
「……最初は爆ぜろ、とか思ったけどな」
「……俺は今も思ってるぞ。あれ、もうハーレムだろ」
「……結局、風祭くんは誰を選ぶのかしら?」
「……本人たちがあれで満足してるっぽいし、あのままでもいいんじゃない?」
「……やっぱり、風祭くんが受けよねぇ」
私たちの騒動を、どこか他人事のように……強いて言うならショーかな? ……眺めていて、クラスメイトたちは自分の弁当を食べている。
要するに、慣れた、ということだ。
まあ、それはそうだよね。愛ちゃんが転校してきて、そろそろ一ヶ月……毎日こんなことをしていたら、誰でも慣れる。
かくいう私も慣れてしまった。
「風祭くん!」
「あーちゃんは、どっちと一緒に過ごすの!?」
「今日は橘さんで」
「ふふっ、やりました♪」
「えぇ、そんな……」
「昨日は、愛ちゃんと過ごしたでしょう? なら、今日は橘さんの番だよ」
「そ、それは……」
「また今度、学食で一緒にコロッケそばを食べよ? だから、今日は我慢して。ね?」
「……うん」
なんとか話がまとまったところで、ガラリと教室の扉が開く。
「お姉ちゃん、一緒にお弁当を食べよ?」
ほのかちゃんが、お弁当を片手にやってきた。
突然の下級生の乱入に、みんなは驚いて……いない。
ほのかちゃんも、ここ最近、毎日のようにやってきているから、こちらもすっかり慣れちゃったんだよね。むしろ、ほのかちゃんがいないと落ち着かないくらいだ。
「いずれ、ほのかちゃんも私のハーレムに加えて、酒池肉林を楽しもうかな」
「うん、桜はなにを言っているのかな?」
勝手な台詞を……しかも、私の声真似をして……追加する桜に、ジト目を送ってあげる。
「葵の心の声を代弁してみたまでだ」
「私の心の声じゃなくて、桜の妄想っていうんだよ、それ」
「それは初めて知ったぞ。ふむ、勉強になるな。まさか、葵がこれっぽっちもいやらしいことを考えていないなんて」
「私を犯罪者みたいに言うのはやめて」
「失敬。葵のストライクゾーンは10歳までだったな。それ以上はおばさん扱いしていたな」
「とんでもない犯罪者にランクアップした!?」
「橘くんは、そういう趣味だったんですか!?」
「あーちゃん、あーちゃん。私、見た目は年下だと思わない? なんとか、ストライクゾーンに入っていないかな?」
「ああもうっ、二人とも、お願いだから桜の言うことを信じないで!」
騒がしいながらも、穏やかな日常は続く……
でも、いつまでも、っていうわけにはいかないんだよね。
トラブルは、いつだって唐突に、そして、何度でも訪れる。だから、トラブルっていうんだよね。
――――――――――
翌日。
「……というわけで、もうすぐ体育祭がある。実行委員は、委員会に忘れずに出席するように。他に連絡事項は……特にないな。では、解散」
ショートホームルームを終えて、先生が教室を後にした。
放課後になり、教室が一気に騒がしくなる。
部活に励む人。のんびりとおしゃべりをする人。放課後の予定を話し合う人。遊びに行く人……様々だ。
「風祭くん、一緒に帰りませんか?」
「あーちゃんは、私と一緒に帰るんだよ」
私はというと、いつものように二人に誘われていた。
それぞれ、私の両手を抱くように、ぎゅうっとしている。
コアラみたいに抱きつかれると、色々な意味で困るんだけど……これ、二人は無意識でやっているから、何度注意をしてもやめてくれないんだよね。
桜曰く、無意識にくっついてしまうくらい私と一緒にいたい……らしい。
そんなに想ってくれることはうれしいんだけど、でも、私はそれに応えることができないというか、まだ、心が定まっていないわけで……
ちょっとだけ、二人を待たせていることに罪悪感を覚えてしまう。
「こーら、ケンカしないの。みんなで仲良く帰ろう?」
「ですが……」
「うぅ……」
「みんな一緒の方が楽しいよ。どこか寄り道でもして、ちょっと遊んでいこうか」
「それなら、新しくできたケーキ店に行きませんか?」
「ケーキ? なになに、それ、どういうお店?」
「なんでも、独特の和風ケーキが売りだとか。一ヶ月ほど前にオープンしたばかりなので、狙い目ですよ」
「おーっ、和風ケーキ!」
「駿河さん、あんこが好きでしたよね? あんこケーキ、なんていうものもあるみたいですよ」
「あんこケーキ……じゅるり。すっごい食べてみたいかも。あーちゃん、そこに行こう? ね、いいよね?」
「みんなで一緒に行きましょう」
私が関わらないと、この二人、仲良しなんだよね。見ていて微笑ましい。
「じゃあ、そのケーキ店に寄ってみようか」
今月のおこづかい、大丈夫だったかな? それと、体重も……おいしくても、食べすぎないように注意しないと。
そんなことを考えながら教室を後にすると、廊下に見知った顔を見つけた。
ほのかちゃんだ。
鞄を手に、壁に背を預けている。その顔は、なにか思い詰めているみたいに、真剣なものだ。
いったい、どうしたんだろう……?
たぶん、私たちに用なんだろうけど……いつものほのかちゃんなら、廊下で待ってないで、遠慮なく教室に入ってくるんだよね。
「……あっ、風祭葵!」
私に気がついて、ほのかちゃんはツカツカと歩いてきた。
そして、ビシッと指を差す。
「待っていたわ!」
「ごめんね、待たせちゃった?」
「あ、ううん。あたしのクラス、ちょっと授業が長引いたから、今来たとこ。ちょうどいいくらいね」
「そうだったんだ、よかった。ところで、これからみんなでケーキを食べに行くんだけど、ほのかちゃんもどうかな?」
「ケーキって、どこの?」
「新しくできたところで、和風のケーキが特徴なんだって」
「ああ、あそこね。話は聞いたことあるわ。気になっていたから、一緒してあげてもいいわよ」
「決まりだね。じゃあ、行こうか」
「ええ……って、違うわよ!!!」
ハッと我に返った様子で、ほのかちゃんが叫んだ。
「あたしは、そんな話をしに来たんじゃないの!」
「うん、なんとなくわかってた」
「確信犯!?」
「いやー……いつになくほのかちゃんが真面目な顔をしていたから、厄介事に巻き込まれそうな予感がして……」
「それで、あんな話をして煙にまこうとしたわけ?」
「うん。でも、ホントに釣られるなんて思ってなかったけど」
私としては、世間話をした程度のレベルなんだけど……
それに釣られて、本来の目的を見失ってしまうほのかちゃんって、いったい……?
前々から思っていたけれど、この子、かなりのぽんこつかもしれない。しかも、10年に一度とか、そういったレベルの逸材だ。文化遺産指定してもいいんじゃないかな?
「どうかしたのか? 痔の相談か?」
「なんであたしがそんな相談をしないといけないのよ!?」
葵のボケを律儀に拾うほのかちゃん。
ダメだよ、ほのかちゃん。そんなことをしていると、調子に乗って葵がいつまでもボケ続けるから。
「えっと……じゃあ、どんな用事で? 私たちに用があるんだよね?」
話が進みそうにないので、割り込み、問いかける。
「ええ、その通りよ」
「橘さんに相談……とか? 私たち、席を外した方がいいかな?」
「お姉ちゃんは、今回は関係ないわ。その……風祭に話があるの」
「へ? 私に?」
口を開けば、橘さん橘さんと言うほのかちゃんが、私に話したいことが……?
予想外の出来事に、思わずぽかんとしてしまう。
「その……話っていうのは、どんなことかな? 橘さんについて聞きたいことがあるとか、それとも、私の橘さんに対する気持ちとか?」
「だから、お姉ちゃんは関係ないって言ってるじゃない」
これでもない……?
とすると……いったい、なんだろう?
ほのかちゃんの目的がわからず、小首を傾げた。
「えっと、その……風祭に相談……というか、お願いしたいことがあるのよ」
「私に? ……えっ、私に?」
これまた予想外の内容に、思わず、二度、問いかけてしまった。
「そうよ……不本意だけど、風祭にお願いしたいの。話、聞いてくれる?」
「えっと……うん、それはいいんだけど……」
本当に珍しいこともあったものだ。
ほのかちゃんは、橘さんのことが好きだ。姉とか抜きにして、結婚したいらしい。でも、その橘さんは私のことが好きで……当然の流れのように、私はほのかちゃんから敵視されている。呼び捨てにされていることからも、そのことが伺える。
そんな私に話があるなんて……本当に、どういうことだろう?
訳がわからないけど……でも、ほのかちゃんと仲良くなるチャンスかもしれないな。
なんだかんだで、友だちの妹に嫌われているっていうのは、望ましくない状況だし……おもしろい子だから、できるなら、ほのかちゃんと仲良くなりたいって、前から思っていた。
ちょうどいいチャンスかもしれない。
ほのかちゃんの話を聞いて……それが、なにかしらの相談なら、きちんと応えてあげよう。
……なんて思っていたけれど、想像以上の難題をふっかけられることになった。
ほのかちゃんの話というのは……
「風祭葵……あたしの恋人になりなさいっ!」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
もしも後書きから読んでいる方がいたら、戻っていただければ。ネタバレしてます。
まあ、大丈夫とは思いますが。
今回は、こんなラストで締めてみました。
第3部スタート、という感じでしょうか?
察しの通り、今回のヒロインはほのかになります。
ほのかがどう変化していくのか、ご期待いただければ。
これからもよろしくお願いします。




