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53話 二人でいれば

「はぁ、はぁ……た、助かったぁ」


 みんなに引き上げられて……私は、地面にぺたりと座り込んでしまう。

 見ると、愛ちゃんも同じように座り込んでいた。


「風祭くん! 駿河さん! 二人とも大丈夫ですかっ?」

「帰りが遅いから様子を見に来てみれば、池に落ちそうになってるし……それに、そこに変な男が転がってるし……」

「どういうことだ、葵? なにがあった?」

「えっと……」


 疲れていて……それと、愛ちゃんを無事に助けることができたという安堵からか、まともに頭が働かない。

 とりあえず、今、しないといけないことは……


「とりあえず、この場を離れようか?」


 パレードが終わったらしく、人がちらほらと戻ってきた。

 私たちと……それと、近くで伸びているナンパ男たちを見て、不思議そうにしている。


 ここに留まっていたら、たぶん、面倒なことになっちゃう。

 なので、逃げてしまうことにした。




――――――――――




 人気のない休憩所に移動した。

 ベンチに腰を落ち着けて、改めて体を休める。

 ふううう……と、自然と長い吐息がこぼれた。


「それで、なにがあったんだ?」

「えっとね……」


 一連の出来事をみんなに説明した。


「ナンパって、マジ? こんなところで、そんなことするバカがいたんだ……完全に場違いじゃない。なに考えているのかしら?」


 たぶん、なにも考えてないんじゃないかな? ああいう人たちって、脊髄反射で生きているようなものだし。


「風祭くんが撃退したんですね……惜しいです。もう少し早く駆けつけたら、風祭くんの勇姿を拝見することができたのに」

「いや、そういう問題じゃあ……」

「ちゃんと心配もしていますよ? ですが……まあ、風祭くんならば、絶対に駿河さんを守りきることができると、確信していますから」


 そういう風に信頼を寄せられると、ちょっと照れくさい。


「あー……もしもし? 後始末を頼みたいのだが……うむ、そうだ。今は遊園地で、男の特徴は……」


 桜は、なにやらスマホで誰かと会話していた。

 時々、聞こえてくる言葉が物騒なんだけど……後始末って、どういうこと?


「桜、なにをしているの?」

「ゴミ掃除の依頼だ。ゴミは、そのままにしておいたらいけないからな」


 ゴミって……あの、ナンパ男たちのことだよね?

 いったい、どんな『後始末』を『誰』に依頼したのやら……


 ……まあ、いっか。

 愛ちゃんを泣かせた人に同情なんてしない。せいぜい、痛い目に遭ってもらうとしよう。ふっふっふ。


「愛ちゃん、大丈夫? 落ち着いた?」


 隣に座る愛ちゃんを心配する。

 一見すると、落ち着いているように見える。顔は普通だし、体も震えていない。

 でも、こういうのは心の問題だから、見ただけじゃわからないこともたくさんある。


「うん……だ、大丈夫……じゃないかも。うぅ……こ、怖かった……」

「そっか……もう大丈夫だからね。怖い人たちは追い払ったし、池に落ちることもないよ。大丈夫だよ」

「あーちゃん……あーちゃんっ!」

「わわわっ」


 がばっ、と愛ちゃんに抱きつかれた。

 未だ残る恐怖に怯えるように、ぎゅうっと力いっぱい抱きついている。


「もう大丈夫だから……私が一緒にいるからね」

「あーちゃん、あーちゃん……」


 私の名前を呼びながら、必死に抱きついてくる愛ちゃん。なんだか、ちょっと愛らしい。こういうのが母性本能、っていうやつなのかな?

 よくわからないけど……今は、しばらくの間、こうしていたい気分だ。


 って……あれ?

 なにか、大事なことを見落としているような……?


「す、駿河さん」

「なに?」

「あの……風祭くんに触れて、大丈夫なんですか?」

「あっ」


 そうだよ! それだよ!

 愛ちゃんの男性恐怖症は!? おもいきり、私に触れているけど……


「えっと……」


 言われて自覚したらしく、愛ちゃんは目をぱちぱちとした。

 自分を見て、それから、私を見て……もう一度、自分を見る。

 そして、なにやら納得したような感じで、ニッコリと笑う。


「うんっ、大丈夫みたい!」

「え、本当に? なんともないの?」

「なんともないよ。あーちゃんにぎゅうってしても、ぜんぜん怖くないし、むしろ、もっとしたい気分」

「と、いうことは……」

「克服した?」


 橘さんとほのかちゃんが、驚いた様子で顔を見合わせた。

 私と桜も、似たような顔をしていた。


 それから、ほどなくして……みんな、笑顔になる。


「「「「おめでとう!!!」」」」


 よかった、無事に克服することができて……本当に良かった。

 もしかして、池に落ちそうになった時の出来事が、克服に繋がったのかな?

 だとしたら、災難ばかりではなかったということになる。


「うーん……でも、男の子が怖くなった、っていうわけじゃなさそう」

「どういうこと?」

「あーちゃんは平気で、他の人はダメ、っていう感じかな? 確かめたわけじゃないから、断言はできないけど……まだ、前と同じような感じがするから」

「そうなんだ……」


 完全に克服できたわけじゃないんだ……

 でも、少しは良くなったから、それはそれでよしとしよう。うん。


「あーちゃん、あーちゃん♪」


 スリスリと、愛ちゃんが猫みたいに甘えてくる。

 ちょっとくすぐったい。でも、なんだか愛しい。


「私、あーちゃんに触ることができてる……前みたいにならない……よかった、うれしいよ……ホントに、すごくうれしいよ」

「よかったですね、駿河さん」

「風祭のことはどうでもいいけど……まあ、おめでと」

「祝いでもするか?」

「えへへ……みんな、ありがと」


 にへらー、と笑いながら、愛ちゃんはスリスリをやめない。

 というか……さっきよりも激しくなっているような?


「あの、愛ちゃん? そろそろ離れてほしいんだけど……」

「えー、せっかくあーちゃんと触れ合えるようになったんだよ? それなのに、もうおしまい? 飽きたらぽいっ、なの?」

「そういう人聞きの悪いことを言わないの。愛ちゃんを邪魔になんて、思うわけないじゃない」

「なら、このままでいいよね?」

「それは別というか……」


 愛ちゃんの甘えっぷりを見て、少しずつ橘さんの目が逆三角形になってきた。嫉妬……だよね。ちょっと怖い。


 それに、そんなにぴったりとくっつかれると……

 なんていうか、その……変な気分になっちゃう。


「ほら、これからは、いつでも一緒にいられるんだから。ね?」

「んー……仕方ないなあ。あーちゃん、わがままさん」

「あはは……」

「でも、最後に一つ、試しておきたいことがあるんだけど、いい?」


 試しておきたいこと? なんだろう?

 そこはかとなくイヤな予感がするんだけど……

 子猫のような感じで、じっと僕を見つめる愛ちゃんの頼みを断ることなんてできない。


「う、うん。いいよ」

「やったー! ありがとう、あーちゃん」

「それで、なにを……んっ!?」


 するの? と問いかけるよりも先に……

 愛ちゃんの唇が私の唇を塞いでいた。


「あああああああぁっ!!!?」


 視界の端で、橘さんがムンクの叫びのような感じで驚いているのが見えた。

 でも、そんなことはすぐに気にならなくなってしまう。


「ちゅ……ちゅ……んっ、ちゅむ……」


 愛ちゃんの唇、柔らかい……

 それに、温かくて……なんだろう? どこか、甘い感じがする。

 唇を通じて、愛ちゃんの温もりが伝わってくるみたいだ。

 とても温かくて、心地よくて……ずっとこのまま、なんて思ってしまう。


「ふぁ」


 ほどなくして、愛ちゃんが静かに離れた。

 頬を染めて、照れくさそうにはにかむ。


「えへへ……ちゃんと、キスもできるみたいだね」

「あ、愛ちゃん……」

「あーちゃん、大好きだよ♪」


 愛ちゃんは甘い顔をしながらそう言って……

 ぺろりと、舌先で唇を舐めるのだった。

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