52話 一緒にいてほしい、それだけでいいから
「愛ちゃんっ!!!」
柵から身を乗り出すような形で、なんとか愛ちゃんの手を掴まえた。
「くっ……ううう!」
なんとか、愛ちゃんを掴まえることができたけど……
ま、まずい……引き上げることができない。
今の私は、片手で愛ちゃんを掴まえて、もう片方の手で柵を掴んで体を支えている。
池を覗き込むような形で身を乗り出していて、片方の足はつま先立ちになっていた。これじゃあ、力を入れることができない。体のバランスを保つだけで精一杯だ。
それに、女の子とはいえ、片手で人一人分の体重を支えるのには限界がある。
必死に掴んで離さないようにしているけれど、それ以上は無理だ。ここから引き上げるなんて、無理難題すぎる。
……って、ちょっと待てよ?
私は今、なにをしている?
……愛ちゃんの手を掴んでいる!!!
「あっ、うううぅ……!?」
私と接触することで、恐怖症が再発したらしく、愛ちゃんは顔を青くして体を震わせていた。
こんな時に……!
「愛ちゃんっ、ごめん、我慢して! 私の手をしっかり掴んでっ!」
「う、うんっ……そ、そうしないと、いけないんだけど……う、く」
愛ちゃんが震える、手から少しずつ力が抜けていくのがわかる。
代わりに、私が力を込めた。おもいきり、愛ちゃんの手を握る。
すると、余計に私と触れていることを意識してしまい、愛ちゃんの手が震えて……
……どうしようもない悪循環に陥ってしまう。
「早く、なんとか……すみませんっ! 誰か、誰か助けてくださいっ! すみませんっ!!!」
必死になって声を張り上げるけど、誰もいない。
元々、人が少なかった上に、さっきの男たちのせいで、残っていた人たちはここを離れてしまったんだろう。
まずいまずいまずい!
「くっ……この池は……」
愛ちゃんを必死で支えながら、その奥の池を見る。
池は、柵の下2メートルといったところか?
水深はわからないけど、アトラクションなどで使用されることを考えると、足が届くようなことはないだろう。
今は春。
暖かくなってきたとはいえ、まだ夜は肌寒い。池に落ちたりしたら、どうなるか……
それ以前に、服を着たままだと溺れてしまうかもしれない。陸に上がることができる場所もないし……
やっぱり、落ちたらアウトだ。
なんとかして、愛ちゃんを引き上げないと……!
「やっ……あう……!」
愛ちゃんが恐怖に震えている。
私は必死に声をかけた。
「落ち着いてっ、今、手を離したら池に落ちちゃう! だから、私の手をしっかりと掴んで!」
「で、でも……わ、わた……わたし……」
愛ちゃんの手が震えて、どんどん力が抜けていく。
ダメ……!
愛ちゃんも私の手をしっかりと掴んでくれないと、支えきれない!
「愛ちゃんっ、お願いだから、私の手を掴んで!」
「あ、う……でも、こ、怖くて……体が、勝手に震えて……」
一か八か、全身全霊で愛ちゃんを引き上げてみようか?
でも、そんな無茶をして愛ちゃんが暴れたりしたら、支えることはできない。
そして、失敗したら……
ダメ。賭けに出ることはできない。
やっぱり、愛ちゃんになんとかしてもらわないと……!
「愛ちゃんっ!!!」
私はありったけの声を出して、叫んだ。
「私を見てっ!」
「っ」
「今、愛ちゃんの手を掴んでいるのは、私だよ! 風祭葵だよ! だから、怖がる必要なんてないのっ! 怯えることはないのっ!」
「あ、あーちゃん……」
「イヤな過去を思い出すんじゃなくて、この手を通じて、私を感じて!」
想いを伝えるように、ギュウっと愛ちゃんの手を握りしめた。
「怖いかもしれない、苦しいかもしれない……でも、そんなこと、もう終わりにしよう! ううん、私が終わりにしてあげる! 終わらせてあげる!」
「わ、私……」
ピクリと、わずかに愛ちゃんの指が動く。
「私がここにいるから、一緒にいるから! さっきみたいに、愛ちゃんの怖いものは、私がみんなやっつけてあげる! もう怖がらなくていいよ、怯えなくていいよ、苦しまなくていいよ」
「う、あ……」
「愛ちゃんなら、大丈夫! 絶対にできるからっ……愛ちゃんのためだけじゃなくて、私のためにも、がんばって!」
「あーちゃんのため……?」
「私、愛ちゃんと一緒にいたいの! これからも、ずっと一緒に……! だから、手を離さないで! 私の手を握り返して! いつでも、どこでも、応えるから!」
「っ!」
「私を信じてっ!」
「あーちゃんっ!!!」
必死の形相で叫んで……
愛ちゃんが、私の手を握り返した。
迷子になっていた子供が、母親にすがりつくように……
強く、強く。
力いっぱい、ぎゅうっと握りしめる。
「私っ、あーちゃんのこと信じているよ!」
「うんっ!」
「だから、もう大丈夫! この手は、絶対に離さないからっ」
「私も離さないからねっ!」
目と目が合う。
あーちゃんの瞳に、もう恐怖の感情はない。
私に対する信頼でいっぱいになっていた。
なら、それに応えないと!
「今、引き上げるからっ!」
全身の力を込めて愛ちゃんを引き上げる!
火事場の馬鹿力、っていうやつだろうか?
さっきまではまったく動かなかったけれど……少しずつ、愛ちゃんを引き上げることができた。
ただ、その半面、無茶をしている反動で体が悲鳴をあげる。
腕が痛い。関節が痛い。足が痛い。
唇が切れて血が流れる。
意識も薄らいできた。
でも、この手は絶対に離さない……!
「うっ……わああああああああああぁぁぁっ!!!!!」
愛ちゃんの手をしっかりと掴まえたまま……
体ごと後ろにひっくり返るような勢いで、おもいきり引き上げた。
ふわっと愛ちゃんの体が浮いて……柵に届いた。
「愛ちゃんっ!」
「うんっ!」
この瞬間を逃さずに、愛ちゃんは、空いている方の手で柵を掴む。
足も絡めるようにして、体を支える。
やった……!
「あっ……!?」
安堵した瞬間、神さまのいたずらか、突風が吹いた。
ふらふらと、愛ちゃんはバランスを崩した。
再び、池の方に……
私も、愛ちゃんに引っ張られてしまう。
このままだと、一緒に池に落ちてしまう。
でも……この手は、絶対に離さない!
「愛ちゃん、絶対に離さないからっ!」
「私も離さないよっ!」
「ごめんっ!」
ガシッ!!!
「葵っ!!!」
「駿河さん!!!」
「くうううううっ!!!」
思わず目を閉じた、その時。
聞き覚えのある声がして……グッと、私たちの体が支えられる。
恐る恐る目を開けると……
「み、みんな……」
「やれやれ。葵はトラブルメーカーだな。目を離すと、すぐに騒ぎを起こす」
「……さ、桜に言われたくないよ」
ついつい、そんなことを口にしてしまう。
でも……こんな時まで意地悪なことを言う桜が悪いよね?
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