51話 そのままのあなたで
「なんだよ、おいっ!」
腕を掴まれて、男が私を睨みつけた。
でも、全然怖くない。迫力がぜんぜんないっていうか、犬が適当に吠えているだけっていうか……色々と足りないんだよね。
「この子、私の友だちなんですけど……今、なにをしようとしていたんですか?」
繰り返し、問いかけた。
口調は強く、視線は鋭く。
私は怒っているぞ、とアピールする。
ただ、幸か不幸か、私の外見を見て侮ったらしい。
もう一人の男が、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
「俺たち、悪いことをしたわけじゃないよ? この子がいきなり暴れるから、ちょーっとおしおきしようとしただけ」
「男が女の子を殴るんですか?」
「そんなことしないって。こう、軽くゲンコツをするような? そんな感じ。かわいい子に暴力なんて振るうわけないじゃん。なあ?」
「お、おう」
「でさ、君がここに一緒に来たっていう友だちなんだよね? 二人だけ? なら、俺たちと一緒に遊ぼうよ」
はあ……と、思わずため息をこぼしそうになってしまう。
この人たちは、こんな状況なのにナンパをやめようとしないなんて……
ある意味、肝が座っているというか度胸があるというか……ついつい、妙な感心をしてしまう。
「けっこうです。友だちを待たせているので」
「おっ、他にもいるの? その子、かわいい?」
「ねえねえ、一緒に遊ぼうぜ? 大勢の方が、きっと楽しいって」
「お断りします」
「そんなつれないこと言わないでさ。それに……付き合ってくれるなら、この子が暴れたこと、許してあげてもいいんだよ?」
強引にナンパしようとしたくせに……!
頭に血が上り、カーっとなってしまう。
「今なら、穏便に済ませてあげるからさぁ」
「な、わかるだろ? 友だちも一緒に、楽しく遊ぶだけでいいんだよ。楽しく、ね」
……あぁ、つまり、そういうことかな?
愛ちゃんが手を振り払ったことは水に流してあげる。だから、付き合え。断るなら、さっきの続きをしてもいいんだぞ。
この人たちは、そう言っているのかな? うん、間違いないよね?
「あ、あーちゃん……」
愛ちゃんは、すっかり怯えた様子で、私にすりよってきた。
今にも泣き出してしまいそうで、体は小さく震えていて……
そんな愛ちゃんを見て、私の中でなにかがキレた。
「大丈夫。私がいるからね」
「で、でも……」
「本当に大丈夫だから……ね?」
「……うん」
にっこりと笑い、まずは愛ちゃんを安心させてあげる。
怯えの色が少し薄れて、私に対する信頼が強くなった。
「愛ちゃん、後ろに」
「うん」
「ん? なになに、どうするつもり? それ、なんの真似?」
「こうするつもり」
私は男の腕をもう一度掴んで、同時に、胴に背中を当てるように懐に潜り込んだ。
男を背負うようにして、腰を上げる。
男の体が浮いたところで、おもいきり腕を引いて……そのまま、地面に投げ飛ばした。
「ひぐっ!?」
見事に一本背負いが決まる。
愛ちゃんを怖がらせた相手に、加減なんてしてやらない。全力で地面に叩きつけた。
全身を走る衝撃に、男は魚のように口をパクパクさせて、言葉にならないうめき声をこぼして悶絶する。
ふん、いい気味だ。
愛ちゃんを泣かせようとする人は、絶対に許さないんだから。
「て、てめえ!?」
もう一人の男が我に返り、殴りかかってきた。
でも、すごく遅い。私からしたら、まるでスローモーションだ。
私は体を半分、横に回転させて、男の拳を避けた。
同時に脇で男の腕を挟み込んで、上半身を固定。そのまま、バッと足を払う。
男はクルッと宙で一回転して……仲間と同じように、地面に叩きつけられた。
「やれやれ。最近のゴミは進化しているだね。なにしろ、しゃべって動くんだから」
パンパンと、私は手を払う。
こんな人たちに触ったから、変なゴミがついちゃったかもしれない。後で、念入りに消毒しておかないと。
「わ、わあああー!? あーちゃん!」
「わぷっ」
先程とは一転して、愛ちゃんがキラキラした顔になった。
「すごいすごいっ、あーちゃんって、すごく強いんだね! まるで、ヒーローみたいっ」
「あはは。そこは、ヒロインって言ってほしいな」
私って、色々と目立つし……家のこともあるから、護身術を習っているんだよね。
体は男の子だからか、スポンジが水を吸収するような勢いで、どんどん技を習得して……
私自身、なんだか楽しくなってきて、他の格闘技にも手を出していた。
だから、自分で言うのもなんだけど、こんな人たちに負けるなんてことはありえない。
ちなみに、侍女である桜はもっと強い。
たまに組手をしてもらっているんだけど、1分と保たないんだよね……一応、私は男の子だから、力は桜より上のはずなんだけど……でも、勝つことができない。
あの子、本当に人間かな?
「やっぱり、あーちゃんは私の王女さま!」
愛ちゃんは、にこにこと笑い……次いで、シュンと肩を落とす。
「……ごめんね、あーちゃん」
「え? どうして、愛ちゃんが謝るの?」
「あの時、この人たちの手を私が払ったりしなければ、余計なトラブルに発展しなかったのに……私のせいで、あーちゃんを巻き込んじゃった……迷惑かけちゃった」
「そんなことないよ。あれは、愛ちゃんのせいなんかじゃない。こんなところでナンパをする方が悪いよ」
「でも……」
「何度でも言うよ。愛ちゃんは悪くない。それに……私は、迷惑をかけられたなんて思っていないよ」
友だちを助けることを迷惑に思うなんて、そんなことありえない。
「愛ちゃんは、もっともっと私を頼っていいんだよ」
「……でも、やっぱり私のせいだから」
愛ちゃんは暗い顔をした。
深く思い詰めている様子で、見ていて痛々しい気持ちになってしまうほどだ。
「私がしっかりしていれば、こんなことにはならなかったし……それに、みんなに色々と助けてもらったのに、結局、なにも変わらなくて……ダメなままで……自分で自分のことがイヤになっちゃう……もうやだ、こんな私、やだよ……」
そんな風に思わないでほしい。
おこがましいかもしれないけど、愛ちゃんの気持ちは、なんとなく理解できる。
私も、似たような悩みを抱えていたことがある。
小さい頃を思い返した。
あの時の私は、女装なんておかしいと周囲に言われて悩んでいた。
女装をやめようとしたこともある。でも、当たり前のように続けていたことをいきなりやめるなんて、できなくて……
どうすればいいのか? 当時は、かなり真剣に悩んだ。
悩んだ結果……とある答えにたどり着いた。
「愛ちゃんは、そのままでいいんだよ」
「え?」
「無理に変わる必要なんてないよ。愛ちゃんは、今のままでいいの……それでもって、今の愛ちゃんがダメなんていうことは、絶対にないから」
ありのままの私で。
それが、私がたどり着いた答えだ。
周囲になんて言われようと、私が私らしくあればいい。他のことをいちいち気にしていたら、やってられない。だから、気にしないことにした。
ある意味、開き直りなんだよね、これ。
でも、そうしたら、不思議と楽になった。思い悩むこともなくなった。
自分らしくあること。
自信を持つこと。
それが、大事なんだと思う。
そのことを、愛ちゃんに伝えたい……自分を認めてあげてほしい。
「自分を嫌いにならないで。私は、今の愛ちゃんが好きだから……それなのに、愛ちゃんが自分を嫌いになったら、私はどうすればいいの?」
「あーちゃん……」
「変わりたいなら、ゆっくりと……そして、『愛ちゃんらしさ』を失わないようにすればいいんじゃないかな?」
「私らしさ……」
「自分らしくあること、自分を好きになること……それは、きっと、とても大切なことだと思うから。だから、私のワガママかもしれないけど、愛ちゃんもそうあってほしいの」
「……そんなこと、できるかな?」
「できるよ、愛ちゃんなら」
「そうかな……?」
「時間がかかるとしても、私は待っているから。愛ちゃんが来るのを、ずっと待っているから……だから、らしく行こう? ね?」
「……うんっ!」
愛ちゃんに笑顔が戻り、ほっとした。
……その時だった。
「てめえっ、くそがぁ!!!」
「っ!?」
いつの間にか男の一人が起き上がり、血走った目をして突進してきた。
避けないと!
でも、間に合わ……
「あーちゃんっ!」
愛ちゃんが私をかばい、突き飛ばされる。
「このっ!!!」
男の腹部につま先を叩き込んで、さらに、顎を蹴り上げる。
今度こそ、男は完全に意識を失い、地面に倒れた。
「あっ……あうううううぅっ!?」
突き飛ばされた愛ちゃんは、柵を越えて、池に落ちる……
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