49話 特訓という名のデート・5
「……うぷっ」
「あーちゃん、大丈夫?」
「……あんまり大丈夫じゃないかも」
とりあえず、愛ちゃんに楽しんでもらおうと、リクエストに応えてジェットコースターを5周してみたんだけど……
「うあー……あうー……」
「わわわっ、あーちゃんが死んだ魚のような目に!?」
「回る回るー……世界が回るー……ぐるぐる回るー……あはははー」
「あーちゃんが壊れた!?」
教訓。
何事もほどほどに。
――――――――――
「ふう」
30分ほど休んで、ようやく歩けるくらいに回復した。
「あーちゃん、ごめんね……」
「気にしないで。それよりも、愛ちゃんは楽しかった?」
「う、うん。楽しかったけど……」
「なら、よかった。特訓も大事だけど、愛ちゃんに楽しんでもらうことも大事だからね」
「あーちゃん……えへへ。やっぱり、あーちゃんはあーちゃんだね」
「ん? どういうこと?」
「あーちゃんが好き、っていうことだよ♪」
なんだろう?
よくわからないけど……
「っ」
愛ちゃんの笑顔がキラキラと輝いていて、ついつい、ドキッとしてしまう。
「えっと……つ、次はどこに行こうか?」
「じゃあ、フリーフォール10連発!」
「そ、それはちょっと……」
「あははっ、冗談だよ。あーちゃん、チワワみたいに震えて、かわいい♪」
「か、からかわないでよ」
「次は穏やかなところにしようか? うーんと……お化け屋敷なんてどうかな?」
「うん、いいんじゃないかな」
「じゃあ、お化け屋敷にれっつごー!」
――――――――――
お化け屋敷といえば、きゃー、とか悲鳴をあげながら抱きつくのが定番だよね?
あと、暗闇にビクビクと怯えながら、彼氏の手を掴んで歩いたり。
うまくいけば、愛ちゃんと距離を縮められるかもしれない。
そんなことを思っていたんだけど……
「あはははっ、見て、あーちゃん。この人、動きがカクカクしてておもしろいよ、あはははっ」
ゾンビを見て、愛ちゃんは大爆笑していた。
ゾンビのメイクはすごいリアルで、本物? と疑ってしまうレベル。
私でも、けっこう怖いんだけど……
愛ちゃんの心はダイヤモンドでできているのか、おばけと出会う度に笑い声を振りまいていた。
「愛ちゃん、こういうの強いんだ?」
「んー、だって作り物じゃん? 怖がる理由がなくない?」
「そう考えられるのって、すごいよね」
「突然、飛び出してきたらびっくりするけど……それくらいかなあ? あっ、でもでも、つまらないわけじゃないよ? これはこれで楽しいし」
ふんふーん……と、愛ちゃんは鼻歌混じりにお化け屋敷を進んで行く。
これは意外な展開だ。
ラブコメで定番の、きゃーこわーい、ができないじゃないか。
せっかく、距離を縮められると思ったんだけど……
でもまあ。
「あーちゃん、あーちゃん! ほらっ、そこに人魂! すっごいリアルだね、どうやって再現しているのかな? 仕組みが気になるー」
愛ちゃんが楽しそうにしているから、これはこれでいいか。
――――――――――
お化け屋敷を後にした私たちは、色々なアトラクションを回り……
本来の目的を忘れてしまうくらい、たくさん笑って、たくさん遊んだ。
そして、日が傾く。
「うーん。時間的に、次が最後かな」
「えー、まだまだ閉園まで時間あるよ?」
「閉園までいたら、帰りが遅くなっちゃうよ。それはダメ」
「ぶー、あーちゃんのケチ―」
「あ、そんなこと言うんだ? 最後は、愛ちゃんのリクエストに応えようと思っていたんだけど、やめにしようかな」
「あー、ウソウソ。冗談ですー」
慌てる愛ちゃんが、ちょっとかわいい。
「どこにする?」
「観覧車!」
定番中の定番の答えが帰ってきた。
「観覧車でいいの? あれ、早く動いたり、横に揺れたり、スリリングな体験はできないよ?」
「私、絶叫系ばかり好んでるわけじゃないよ。ほら。せっかくのあーちゃんとのデートなんだから、最後くらい二人きりになりたくて」
「……ああ、なるほどね」
こうしている間も、ひしひしとみんなの視線を感じる。
最後くらいは、こういうのなしに遊びたいよね。わかるわかる。
「じゃあ、観覧車に行こうか? 観覧車なら、さすがにみんなもついてこれないし」
「うん!」
――――――――――
というわけで、観覧車に乗った。
窓の外の景色がゆっくりと上昇していく。
「わあー、すごい綺麗……」
「うん、そうだね」
遊園地と……それと、奥に見える街が一望できた。
夕日に照らされて、街全体が輝いている。
まるで宝石みたいで、とても綺麗だ。
「綺麗だね、あーちゃん」
愛ちゃんがにっこりと笑う。
その横顔も夕日に照らされていて……
なぜかわからないけど、顔が赤くなっちゃう。
「あーちゃん、今日はありがとう」
窓から離れて、愛ちゃんがそう言った。
「あーちゃんのおかげで、すごい楽しかったよ」
「どういたしまして。というか、私も楽しかったから……だから、気にしないで」
「ホント? 私とデートして楽しかった?」
「うん。楽しかったよ」
「……またデートしてくれる? 特訓とか、そういうの関係なしに」
「……みんなと一緒はダメ?」
「あーちゃんと二人きりがいいな」
「……いいよ」
「ホント!?」
「うん」
私はしっかりと頷いた。
あーちゃんの気持ちに応えられるかどうか、それはまだわからない。
でも、一緒に遊ぶくらいなら……
それくらいなら、許してくれるよね?
……私、ずるい子なのかな?
「ねえ、あーちゃん」
「なに?」
「手、繋いで」
「え?」
愛ちゃんは、じっと私を見つめた。
その顔は真剣で、冗談などを言っているようには見えない。
「でも、手は……」
「うん……前みたいになっちゃうかもしれない。でもでも、今日は、あーちゃんがここまでしてくれて……私、それに応えたい。がんばれる、っていうところを見せたい」
よく見ると、愛ちゃんは小さく震えていた。
でも、逃げようとしないで、私に向けて、そっと手を伸ばす。
どうする?
この手を取る?
でも、また前みたいに拒絶されたら……
振り払われたりしたら……
「っ!」
私、なにを考えているの!
愛ちゃんが勇気を出しているのに、自分のことばかりで……
私のことなんて、今はどうでもいい。
愛ちゃんの勇気に、しっかりと応えてあげないと!
「……いくよ?」
「うん……来て」
愛ちゃんが小さく頷いた。
それを合図に、私も手を伸ばして……
そっと、愛ちゃんの手を握る。
「っ」
愛ちゃんは、ピクッと震えて……
……それだけだ。
手を振り払おうとしたり、悲鳴をあげたり……そういうことはない。
ぐっと我慢しているだけだけど、でも、耐えることはできた。
「え、えへへ……私、やったよ?」
「うん。えらいね、愛ちゃん」
愛ちゃんは、我慢しながらも必死に笑い、私と手を繋ぐ。
……この時だけは、愛ちゃんのことが愛しく感じられた。
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