05話 橘伊織
教室に向かう途中、クラスメイトを見かけた。
「おはよう」
「よう、風祭」
「おっす」
挨拶をして、二人の男子の隣を通り抜ける。
と、その時。
「……風祭、今日も綺麗だなあ」
「……あれで男なんて、世の中おかしいぞ」
「……俺、もう風祭なら抱かれてもいい」
「……受けなのか!? 俺は抱きたいぞ!」
「……大声で何言ってんだ、お前」
「……お前もな!」
後ろの方からそんな会話が聞こえてきた。
なんだかんだで、褒めてくれているんだと思う。
照れくさいような、ちょっとうれしいような、そんな気分。
かわいいとか綺麗って言われるのは、普通にうれしい。
「じー」
気がついたら、桜がじっと私のことを見ていた。
「なに?」
「葵の人気の高さを再認識してた」
「人気? それ、どういうこと?」
「今の男子の反応……それに、先日告白されたばかりなのにラブレターをもらうなんて、最近の葵の人気は、橘と同じくらいあるのでは? と思ってな」
「橘って……あの橘さん?」
「そう、あの橘伊織」
橘伊織。
学園のアイドル。
エンジェルスマイル。
かわいい優しい守ってあげたい女の子ナンバーワン。
……などなど。数々の異名を持っている、一ヶ月前に転校してきたクラスメイトだ。
噂では、わずか一ヶ月で三十人に告白されたらしい。
単純計算で一日一人。
毎日告白されるなんて、さすがに、噂に尾ひれがついたものなんだろうけど……
でも、そんな噂を信じてしまいそうになるくらい、橘さんの人気はすごい。三十人とまではいかなくても、十人くらいなら告白されていると思う。
ちなみに、告白に成功した人はいないらしい。それでも告白する人は後を絶えないそうだから、橘さんの人気の高さが窺える。
そんな橘さんと私の人気が同じくらいなんて……
「あのね、そんなことあるわけないでしょう。私の人気なんて、橘さんの足元にも及ばないよ」
「そうか? 桜の主観だが、葵は決して負けてないぞ」
「どうしてそう言い切れるの?」
「橘のファンクラブと葵のファンクラブ、どちらも同じくらいの人数だから……というのが理由だ」
「私のファンクラブ!?」
橘さんのファンクラブが存在することは、聞いたことがあるけれど……
私のファンクラブまで存在するなんて初耳だ。
「私のファンクラブなんてあるの?」
「もちろんあるぞ。そんなことも知らないのか? やれやれ、葵は無知だな。育ちの悪さが透けて見えるぞ。もう少し、しっかりした方がいいぞ」
「どうして、そこまでボロカスに言われなくちゃいけないのかな……っていうか、いったい、いつの間に……誰が作ったんだろう?」
「ちなみに、会長は桜」
「身内が犯人だった!?」
「ねずみ講方式で、会員はうなぎ上り。そして、葵特製グッズを販売して大儲け」
「普通のファンクラブなの!? すごく怪しい匂いがぷんぷんするんだけど!?」
「ブロマイド、ピンバッジ、抱き枕、十八禁フィギュア、隠し撮り写真集、ノーバストマウスパッド……様々な種類のグッズを完備」
「後半になるにつれて怪しさ全開!? っていうか、ノーバストとか言わないで!」
いったい、どんなマウスパッドだろう?
想像……したくもないから、思考を打ち切る。
「どれも評判は上々。うはうはで、笑いが止まらない。こんなのに騙されるなんて、世の中アホばかり」
「騙しているって認めちゃった!」
「まあ、冗談はさておき」
「本当に冗談でしょうね?」
「……」
てへぺろ♪ みたいな顔をされた。
イラっとする。
「お願いだから黙らないで! 冗談って言ってちょうだい!」
「ジョウダンデスヨー」
「これ以上ないくらい信じられない!」
これ以上勝手をさせないために、桜から目を離さないようにしよう。
私は固く誓った。
「とにかく、以上の理由から、葵の人気は橘と同じくらいかと」
あの橘さんと同じくらい人気がある?
そんなことを言われても、いまいち実感が湧かない。
「……あ」
噂をすれば影。
廊下の向かいに橘さんが見えた。
夜空のように鮮やかな黒髪に、よく映える純白のリボン。
凹凸のはっきりした、グラビアアイドルのようなボディライン。
制服のスカートからすらりと伸びた足。
完璧と言うような美少女がそこにいた。
「おはよう、橘さん」
笑顔と共に挨拶をした。
「っ」
なぜか、橘さんは視線を逸らして……
そのまま小走りに立ち去ってしまった。
「あれ?」
今、避けられた……?
「もしかして、橘に何かしたのか? パンツかぶってはぁはぁしたか? それとも、タイツを食べたか?」
「それ、本気で言ってる?」
「本気だぞ? それがどうかしたか?」
この子、真顔で言い切った!
「桜が私のことをどういう目で見ているのか、一度、じっくり話し合う必要があるね」
ジト目で睨む。
さらっとスルーされた
「逃げられるようなことはなにもしていないんだけど……っていうか、見ていたでしょう? 私は、挨拶をしただけだよ」
「罪の自覚がない人は、決まってそう言うものだ。さあ、キリキリ吐け」
「本当に何もしていないから!」
「なら、どうして避けられた?」
「こっちが聞きたいよ」
橘さんとあまり話をしたことはないけれど、嫌われるようなことはしていないはず。
うーん、どうしてだろう……?
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