47話 特訓という名のデート・3
さらにさらに、翌日の放課後。
今度は、桜の案を試すことになった。
ほのかちゃんの時と同じように、みんなで空き教室に集まる。
今日は誰かがいないということはなくて、みんな一緒だ。
「というわけで、今日は桜の出番だ! さあ、皆、桜を崇めるがいい。そして讃えよ! 我が名は、篠宮桜! 神の奇跡を操る、超人であるぞ!」
「男装デートにケンカ……次は、何をするのかな?」
「桜のことだから、ロクでもないことだと思うけど」
「なんか、この面子で集まること多くなってきたわね」
「風祭くん、風祭くん。特訓が終わった後でかまいませんから、デートしませんか?」
桜の大仰な台詞を、みんなでスルー。
「……」
芸人は、ボケを無視されるのが一番辛いっていうけれど、桜はどうするんだろう?
私は、ちょっと期待しながら桜の様子を見る。
「……さて。それじゃあ、今日の特訓を始めるぞ」
「何事もなかったように本人もスルーした!?」
「どうした、葵? うるさいぞ。特訓の邪魔をするな」
「あ、はい。ごめんなさい」
篠宮桜……恐ろしい子!
「桜の特訓は、コレだ」
どこからともなく、桜は五円玉を取り出した。
よく見ると、五円玉の輪に紐が通してある。
「桜の催眠術で、駿河愛の男性恐怖症を治療してやろう」
「催眠術なんて使えたの?」
「当たり前だろう? 桜をなんだと思っている」
なにって、普通の侍女だと思っていたんだけど……
侍女は、催眠術なんて使わないよね? 何者?
「へぇー、おもしろそうね。あなたはだんだん眠くなーる、とかやるわけ?」
「まあ、そんな感じだな」
「篠宮さんは、本当に多芸なんですね。少しうらやましいです。私も催眠術が使えれば、風祭くんと……ぐふふふっ」
橘さん、橘さん。ヒロインにあるまじき声が出ているからね?
お願いだから、自重してください。
「じゃあ、そこのイスに座ってくれ」
「うん」
言われるまま、愛ちゃんはイスに座る。
桜はその前に立ち、紐を通した五円玉をぶら下げた。
五円玉を左右に振り、規則正しい動きになったところで、淡々とした口調で語りかける。
「あなたはだんだん眠くなーる、眠くなーる」
「……すやぁ」
「効き目はやっ!?」
一瞬で落ちちゃったよ! とんでもない効果だ!
愛ちゃんが催眠術にかかりやすいのか、それとも、桜がすごいのか……
どちらにせよ、第1段階は成功したらしい。
続けて、桜は新しい催眠を言葉に乗せて、語りかける。
「目が覚めたら、あなたは男好きになーる、男が大好きになーる。男と○○○したくなーる」
「ちょっと待ちなさい!? なんてこと刷り込んでいるの!?」
「ふぅ、これで完璧だ」
「一仕事終えたぜ、みたいな清々しい顔しないでくれるかな!?」
「なにか問題が?」
「問題しかないよ!」
今の催眠、すぐに取り消して!
……そう言うよりも先に、愛ちゃんが目を覚ましてしまう。
「んっ……うぅ……」
「あ、愛ちゃん……?」
「……」
「えっと、その……大丈夫? どこか変なところはない? 気分は悪くない?」
「……」
反応がない。
愛ちゃんはぼーっと、私のことを見ていた。
「失敗したのかしら?」
「いえ……あれは……」
ほどなくして、愛ちゃんの瞳の焦点が合う。
私を見て……頬を染めた。
「えへへ、あーちゃん♪ あーちゃんだぁ♪」
「愛ちゃん……?」
「ねえ、愛ちゃん……ギュってして? ううん、私からギュってしちゃうね。ギュー♪」
「わあああ!?」
例えるなら、肉食獣が獲物に飛びかかるように、愛ちゃんに抱きつかれた。
逃げることもできず、あっという間に押し倒されてしまう。
普段の愛ちゃんなら、私と触れた時点でパニックに陥ってしまうんだけど……
今は、催眠術がかかっているせいか、その様子はまったくない。
これは、もしかして……成功?
「ギュー、ギュー♪ えへへ、あーちゃん、温かいね。ふかふかだね」
「そ、そうかな?」
「うれしいな、うれしいな。私、ずっとこうしたかったんだよ?」
「そ、そうなんだ……それはよかったね」
「でもね……これじゃあ、ぜんぜん足りないよ。私、もっともっとあーちゃんを感じたいの。この体で、あーちゃんのことを受け止めたいの。だから……しよう?」
失敗だった!!!
「ちょっ……ま、まって! ダメだから、ダメ!」
「ふふふ、あーちゃん、照れてるんだ。かわいいー」
愛ちゃんは妖しい色を瞳に宿しながら、片手で私の両手を抑え込んでしまう。
そして、もう片方の手で、器用に私の服を脱がせて……
「って、ホントにそれはダメだから!? 愛ちゃん、お願いだから正気に戻って!」
「私は正気だよ……すごい良い気分♪ 最高だよ……だから、しよう? 気持ちよくて、ふわふわして、一つに溶け合うこと……しよう?」
「おおっ、図らずも、このような素晴らしい結果に。葵、今日は赤飯だな」
「頭が沸いてるような感想を口にしてないで、早く助けてくれないかな!?」
「30分で効果が切れるから、早くした方がいいぞ」
「お願いだから人の話を聞いて!?」
今月の桜の給料、絶対に下げてやるぅっ!!!
「橘さんっ、ほのかちゃんっ! 愛ちゃんをなんとかしてっ」
「こ、これがNTRというものなのですね……んっ♪ なんでしょうか、この甘い疼きは……悔しいのに、でも、ドキドキしてしまって……あぁ、ダメなのに、目を逸らすことができません」
「こんな時に変な属性に目覚めないで!?」
「駿河先輩×風祭……この場合、受けは風祭になるのかしら? ふむ……まあ、これはこれでアリね」
「妹も目覚めてる!?」
ダメだこの子たち、早くなんとかしないと!
「ふふふ、あーちゃん♪ 気持ちいいこと、しようね?」
「あ、愛ちゃん。お願いだから、冷静になって……そ、そう、冷静に話し合おう。なんていうか、こう、色々とステップを飛ばすのはよくないと思うんだ。まずは、手を繋ぐところから……」
「はい、ぎゅう。手を繋いだよ」
「そ、それだけじゃないよ? デートをして、愛を告白して、抱きしめてからじゃないと……」
「それ、全部しているよね?」
「そうだった!?」
「じゃあ、なにも問題ないよね? 気持ちいいこと、できるよね?」
「いや、あの、その……今の愛ちゃんは正気じゃないから、そんな軽い気持ちでしたら、後悔しちゃうから……」
「……軽い気持ちじゃないよ」
今、この瞬間だけは……愛ちゃんが、自分を取り戻したような気がした。
じっと、私を見つめている。
その瞳には、すがるような、頼るような……色々な感情が見え隠れしていて……
「私は、ずっとあーちゃんのことを想ってきたんだよ……子供の頃から、ずっとずっと……」
「愛ちゃん……?」
「だから、軽い気持ちなんかじゃないの……後悔なんてしないの」
体をぴったりと密着させられた。
柔らかい。それに、温かい。
愛ちゃんの心臓の鼓動が、ドクンドクンと伝わってくる。
優しい音……すごい落ち着く。
「あーちゃん……好き」
「愛ちゃん……」
「……だから、子供には見せられないような、すごいこと……しよう?」
「それはダメぇえええええっ!!!」
――――――――――
30分後……
「ぐすっ……ひっく、えぐっ……」
「よしよし、怖かったですね。もう大丈夫ですよー」
膝を抱えてうずくまる私の頭を、橘さんがよしよしと撫でていた。
なんとか、最後の一線は死守したものの……
その他は色々なものを失ってしまった。
私、汚れちゃった……ぐすんっ。
「あう……あううう……うううううぅーーー……」
愛ちゃんは愛ちゃんで、教室の隅で頭を抱えて唸っている。
記憶は残っているらしく、催眠術が解けてから、ずっとあんな感じだ。
「ふむ……どうやら、失敗のようだな」
「むしろ、あれでうまくいくと思っていた方が驚きだよ」
「まあ、気にするな。次がある。そんなに落ち込むな!」
「「「「あんたが言うなっ!!!」」」
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