45話 特訓という名のデート・1
翌日の放課後。
さっそく、愛ちゃんの男性恐怖症を克服する特訓を始めた。
みんなで色々な案を考えてもらい……
まず最初は、橘さんの案を実行することにした。
先日と同じく、ショッピングモールに移動したんだけど……
「うー……この格好、落ち着かないなあ……」
私はそわそわしながら、なんともいえない顔をしていた。
男物のジーンズに、黒のジャケット。その下にラフなTシャツ。
長い髪は目立たないように、後ろで束ねている。
さらに帽子をかぶり、眼鏡もつけて、顔の印象も変えた。
今の私は、中性的な男の子、というスタイルだった。
「こ、ここまで風祭くんの男の子バージョンがすばらしいなんて……ダメです、鼻血が出てしまいそうです」
「ふむ。写真を撮って永久保存しておくか。旦那さまと奥さまにも見せておかないといけないな。給料アップしてもらえるかもしれないぞ」
「むー……けっこう様になってるわね。やっぱりあんた、女装なんてやめたら?」
「もう。みんな、好き勝手言って……なんで、私が男の子の格好なんて……」
「我慢してください、風祭くん。これも全部、駿河さんのためですよ」
そう……これも、特訓の一環なのだ。
愛ちゃんの男性恐怖症を治すには、男の子と接することが一番の治療法になるだろう。
この前、ほのかちゃんが言ったように、少しずつ距離を詰めて慣らしていく……というのが確実だと思う。
姉妹故に、同じ結論に至ったらしい橘さんは、相手の男の子役に私を選んだ。
橘さん曰く、元々私は男の子だし、それに、私が相手なら愛ちゃんの負担も減るだろう……とのこと。
見事な理屈で、反論できず……
私は、こうして男装(?)することになったんだ。
「これ、しきたりは大丈夫かな……?」
「一時的なものなら問題ないだろう」
「うーん……でも、落ち着かないなあ、これ」
なんていうか、男の子の服ってぴったりしていて、余裕がないというか……
やっぱり、スカートの方がいいな。
「葵、今更、やめるなんて言わないよな?」
「そ、それは……」
「駿河は、わりと良い反応だぞ?」
「わー、わー」
愛ちゃんが、なんか珍獣を見るような目をこちらに向けている。
あるいは、パンダを見るような目?
どちらにしろ、興味を持ってもらえたみたいだ。
「えっと……愛ちゃん、どうかな?」
「あーちゃんの意外な一面を見たような、不思議な気分……別人みたい。男の子にしか見えないよ。でも……うん。他の男の子と比べると、イヤな感じはぜんぜんしないよ」
「そ、そうなんだ……」
そんなに、男の子の格好が似合っているのかな……?
すごい複雑な気分。
「今日は、男の子の格好をした風祭くんとデートをしてもらいます。そうすることで、距離を縮めて、男の子に慣れていきましょう」
「いえっさー!」
愛ちゃんが変な返事を……誰だ、こんなこと教えたのは?
「愛三等兵っ、声が小さいぞ! もっと大きく、腹の底から叫べっ」
「いえっさー!!!」
犯人は桜だった。
おきおき決定。
「……」
「どうしたの、橘さん?」
「いえ……風祭くん、あとで、私ともデートしてくれませんか?」
「便乗しようとしないで!?」
「はぁはぁ……ちょっとだけでいいですから。そう、ほんの少し、先っぽだけですから」
「なんのこと!? すごく変態っぽいよ!?」
……とにかくも。
愛ちゃんの男性恐怖症を克服するための特訓が始まるのだった。
幸先不安だなぁ……
――――――――――
男装(?)の私とデートをするということで、愛ちゃんと一緒に映画館に移動した。
映画ならそれなりに近づきながらも、無理に会話をしなくてもいい。
特訓にはぴったりのチョイスだ。
意外と、橘さんはよく考えているのかもしれない。ちょっと疑ったりして、ごめんね。
ちなみに、その橘さん、他二名は映画館の外で待機中だ。
一緒にいたら特訓にならないということもあるけれど……
それ以上に、いつものように騒ぎになりそうなんだよね。
「え、映画、楽しみだね」
隣の席に座る愛ちゃんは、ちょっと緊張気味に言った。
少し辛いみたいだけど……
これくらいなら、なんとか我慢できるみたいだ。
ちょっとかわいそうだけど……でも、これも特訓だから、このままがんばってもらおう。
「確か、コメディーなんだよね?」
どの映画を観るか指定はなかったので、そこは愛ちゃんに任せた。
「えっと……知らない? 最近、CMでやっているんだけど……」
「あ、もしかして、主人公とヒロインがそれぞれ犬を拾って、それが縁で知り合って……っていうヤツ?」
「うん、それそれ」
「あれ、私も気になっていたんだ。CMがすごい上手に作られているから、内容がすごく気になって……」
「だ、だよね。どうしても観たくなっちゃうような、そういうパワーがあるCMだよね」
「ホントは、愛ちゃんの特訓に集中しないといけないんだけど……でも、映画も楽しみになっちゃった」
「うん、私も」
「それに、愛ちゃんと一緒に映画を観るのって、子供の頃以来じゃない? ほら、覚えてる? DVDを借りて、私の家で一緒に観たこと」
「もちろん覚えているよ。あーちゃん、ぼろぼろ泣いていたよね」
一緒に観たのは子供向けのアニメなんだけど……
ラストは涙なしに見れない展開で、すごくおもしろいんだよね。
思い出補正もあるから、今観ても、たぶん泣いちゃうと思う。
でも、そういうところを思い返されるのはちょっと恥ずかしい。
「うっ……そ、そこまで覚えているんだ」
「大事な思い出だもん」
「ま、まあ、それはともかく。また、愛ちゃんと一緒に映画を観ることができてうれしいな。新しい思い出、増えるね」
「あ……」
愛ちゃんの顔が、ちょっと赤くなったような気がした。
館内はうっすらと明かりが点いているだけだから、よくわからない。
「どうしたの?」
「……そういうこと言うの、禁止」
「え?」
「あーちゃんの言葉でうれしくなって……緊張するよりも、ドキドキしちゃった」
「そ、そうなんだ」
そんなことを言われたら、私もドキドキしちゃう。
「そ、そういえば……」
私は、慌てて話題を変えるのだった。
――――――――――
映画が終わり、劇場を後にする。
「おもしろかったね」
「うん。思っていた以上だった」
映画は笑いあり涙ありの展開で、最後まで目が離せなくて、100点をつけてもいいくらいの内容だった。大満足。
で、肝心の特訓の方はというと……
「えっと……す、少しは男の子に慣れたかな、私」
「う、うん……そうかもね」
お互いに赤くなる。
映画に夢中になった私たちは、いつの間にか、互いに手を握っていて……
そんな状態で、ずっと映画を観ていたんだよね。
上映が終わり、そのことに気づいて慌てて手を離したものの……
愛ちゃんは怯える様子を見せず、ただ、恥ずかしそうにしていた。
単に、恥じらいが不安を上回っただけなのかもしれないけど……
それでも、一時的に、限定された条件下とはいえ、手を繋ぐことができたのは大きな進展だと思う。
「愛ちゃん、がんばったね」
「うん。私、が、がんばったよ」
「えらいえらい」
「あっ……」
愛ちゃんって、どこか犬っぽいところがあるから……
ついつい、頭をなでなでしてしまう。
「ひゃうっ!?」
びくっと震えて、愛ちゃんが距離を取る。
「あっ……ご、ごめんね。つい」
「う、ううん……私こそ、ごめんね。あーちゃんに頭を撫でられて、うれしかったんだけど……でも、体が勝手に……」
「愛ちゃんが謝ることないよ。私のせいだから」
「でも……」
「ホント、気にしないで。ね?」
「……うん」
せっかく笑ってくれていたのに……愛ちゃんから、笑顔が消えてしまった。
「えっと……じゃあ、そろそろみんなと合流しようか?」
「……うん」
これ……けっこう辛いなあ。
でも、愛ちゃんはもっと辛いんだよね。
私が、がんばらないと……!
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