44話 嫌いになった?
愛ちゃんの男性恐怖症を克服するための特訓をすることになって、各自で案を考えるために、今日は解散になった。
ショッピングモールの前で別れて、帰路を歩く。
ちなみに、桜は夕飯の材料を買いに、スーパーに立ち寄った。
荷物持ちをしようとしたんだけど、断られた。
主にそんなことをさせられない……とか言ってたけど、本当は、お菓子とか余計なものを買うところを見られないためだろう。ホント、困った侍女だよね。
「あーちゃん!」
「愛ちゃん?」
少し歩いたところで、聞き覚えのある声に振り返ると、愛ちゃんがこちらに走ってきた。
手前で立ち止まり、膝に手をついて、肩で息をする。
「どうしたの? っていうか、大丈夫?」
「う、うん……急いで走ってきたから、ちょっと、疲れただけだから……」
「えっと……とりあえず、そこの公園に行こうか」
私は愛ちゃんの手を引こうとして……
思い直して、少し先を歩く程度に留めた。
今までできていたことができなくなるって、思っていたよりも辛いなあ……
今更ながら、愛ちゃんの気持ちが理解できたような気がした。
――――――――――
「はい、愛ちゃん。オレンジジュースでいいよね」
公園のベンチに座る愛ちゃんに、自動販売機で買ってきたジュースを差し出す。
「うん。ありがとう、あーちゃん」
「愛ちゃん、昔から、オレンジジュースが一番好きだったよね」
「覚えてくれていたんだ? えへへ、うれしいな」
「いつも、にこにこ笑顔で飲んでいたからね。それに、ああいう何気ない日常は、今は大事な思い出だから……忘れるわけがないよ」
「うん、そうだね」
距離を開けて、私は愛ちゃんの反対側に座る。
友だちでもない、恋人でもない、微妙な距離。
この距離を埋められるのかな……?
考えると、ちょっとだけ不安になってしまう。
って、いけないいけない。
私より、愛ちゃんの方がもっと不安なはずなんだから。
こういう時こそ、私がしっかりしないと。
「あーちゃんは、コーヒーを飲むようになったんだね」
「うん。高校に進学した頃からかな? コーヒーを飲むようになったのは」
「大人っぽいね」
「そんなことないよ。これ、ブレンドだし。ブラックは、まだまだ苦いとしか感じなくて、とても飲めたものじゃないし」
「うんうん、それ、わかるな。ブラックって、飲み物じゃないよね。あれは、なんていうか……そう、拷問のための道具!」
「すごい斬新な意見だ!」
「ブラックコーヒーを開発してる企業は、本当は悪の組織なんだよ。裏で、密かに拷問を楽しんでいるんだよ。具体的に言うと……」
「やめて! そういうケンカを売るようなことはしないで!?」
「えー、なんで?」
「大人の事情っていうものがあるの!」
「あーちゃんは、大人になっちゃったんだね……子供の心を忘れた、寂しい大人になっちゃったんだね……」
「ニヒルに言っても、ダメなものはダメだから!」
……ツッコミを入れた際に、体が動いて、愛ちゃんと距離を詰めてしまう。
「ひぅっ……!?」
「あっ……」
……しまった、油断した。
また、愛ちゃんを怯えさせてしまうなんて……
「ごめんね……」
「う、ううん……今のは、その……私は!」
私は、私のことを『女の子』って思っているけど……
でも、こういう時は、やっぱり『男の子』なんだなあ、って実感してしまう。
そのことが、ちょっと悔しい。寂しい。
「……ぐすっ……」
愛ちゃんが、涙を流した。
「あっ……!? ご、ごめんね! そんなに怖かった? 本当にごめんねっ」
「ち、違うの……! そうじゃないの、そうじゃないんだよ……」
「愛ちゃん……?」
「私、あーちゃんのことが好きなのに……でも、こうなっちゃって……そのことがすごく悔しくて……」
「……」
「こんな私じゃあ、あーちゃんを好きなんて言えないよね……そんな資格ないよね……ごめんね、あーちゃん……」
愛ちゃんが泣いている。昔のように泣いている。
なら、私がすることは?
私にできることは?
「私は、愛ちゃんが好きだよ」
「え……?」
「あっ、その、恋愛的な意味じゃなくて、友だちとしてなんだけど……」
「そ、それでもうれしいよ……でも、本当に? 私のこと、嫌いになってない……?」
「なるわけないよ」
あーちゃんの男性恐怖症は、仕方のないことだと思うし……
そんなことで崩れるほど、私たちは浅い付き合いをしてきたわけじゃない。
私と愛ちゃんの絆は、今は揺らいでいるかもしれないけど……でも、切れたわけじゃない。なくなったわけじゃない。
確かに。
今ここに。
私と愛ちゃんの絆は存在するんだ。
「愛ちゃんは、私の大事な幼馴染。大事な友だち。嫌われることはあっても、嫌いになるなんてありえないよ」
「そんな……! 私だって、あーちゃんを嫌いになるなんてないよっ、絶対にない!」
「うん。なら、大丈夫。私たちは、ずっと友だちだよ」
「うぅ……あーちゃん……」
小さい体で、色々なものを我慢していたのかもしれない。
抑えきれないものがあふれるように、ぽろぽろと涙がこぼれる。
「私、こ、こんなだから……あーちゃんに嫌われたんじゃないか、って思って……すごい、怖くて……」
「うん」
「でも、でも……聞けなくて……本当に、き、嫌いになったって言われたら、って思うと……」
「うん、うん」
「結局のところ、私は、あーちゃんを信じることができなくて……あーちゃんは、そんな人じゃないのに……でも、でも、私は……うぅ、私は……」
「いいよ。辛いこと、不安な気持ち、全部吐き出しちゃえ」
「うぅ……あーちゃんっ、あーちゃんっ!」
夕暮れの公園に、愛ちゃんの静かな泣き声が響いた。
彼女を抱きしめることはできない。
でも、隣にいることはできる。
私は、愛ちゃんの隣で、何度も何度も声をかけた。
――――――――――
「ぐすっ……目がちょっと痛いかも」
30分くらい泣いて……ようやく、あーちゃんはいつもの落ち着きを取り戻した。
「くすくす、目が真っ赤。うさぎみたいだよ?」
「……」
「どうしたの?」
「うさぎの真似をしようと思ったんだけど、うさぎって、なんて鳴くのかな?」
「……なんだろう?」
謎だね。揃って小首を傾げた。
「もう大丈夫かな?」
「うん。ありがとう、あーちゃん」
涙の跡がちょっと痛々しいけれど……
でも、笑顔は本物だ。
完全に吹っ切れたわけじゃないだろうし、まだ男性恐怖症を克服したわけじゃない。
でも、もう大丈夫。
不思議と、そんなことを思った。
「ねえ、あーちゃん」
「なに?」
「私、がんばるね。がんばって、男の子に慣れるね!」
「うん。がんばれ」
「応援してくれる?」
「もちろん」
私も、あーちゃんと一緒にいられないことは寂しい。
それが、友だち的な意味なのか。
あるいは、恋愛的な意味なのか。
よくわからないけれど……
一緒にいたいという気持ちだけは、本物だ。
「うんっ、元気出てきたよ! あーちゃんパワーを吸収して、元気100倍!」
「吸収されちゃうの!?」
「あーちゃんはミイラみらいになっちゃうけど、私のためなら我慢できるよね」
「いやいやいや、それは無理だから!? さらっと、とんでもないこと押しつけないで!」
「あーちゃんの犠牲は無駄にしないよ……」
「犠牲というか生贄だよね!?」
ひとしきりツッコミをして……
それから、二人でくすくすと笑った。
「あーちゃん」
「うん」
「私、がんばるから……あーちゃんが一緒なら、がんばれると思うから……」
今日一番の笑顔を見せて、愛ちゃんが優しく言う。
「だから、私のことを見ていてね?」
基本的に、毎日更新していきます。
気に入っていただけましたら、ブクマや評価などをどうぞよろしくお願いします!