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43話 問題を乗り越えたい時は特訓だ!

 買い物をする気なんて消えてしまい、みんなに事情を話して……

 私たちは、店をすぐに出た。

 それから、人気の少ない休憩所に移動する。


「……ごめんね、あーちゃん」


 愛ちゃんが、今にも泣き出しそうな声で謝る。


「私、あんなことをするつもりじゃ……あーちゃんを傷つけるつもりなんて……でも、体が勝手に……」

「ううん。大丈夫。私は気にしていないから」


 ウソだった。

 本当はすごく気にしてる。

 でも、そんなこと口にしたら、愛ちゃんを追いつめてしまう。


 私は努めて、なんでもないよ、というように笑顔を貼り付けた。


「教えてくれる? どうして……あんなことを?」

「えっと、ね……」


 ぽつりぽつりと、愛ちゃんは語り始めた。


「私……男の子が怖いの」

「ふむ? それは、男性恐怖症というヤツか? 桜も葵が怖いぞ。特に、給料の査定の時は恐ろしい」

「茶化さないの」


 桜なりに、重い空気をなんとかしようと思ったんだろうけど……そういうのは、今はいらないからね?


「男性恐怖症っていうか……そこまでひどくはないと思うんだ。その、一応、お話はできるし……」

「ということは、近くに来られたり、触られたり……というのがダメなんでしょうか?」

「あと、男を意識するようなこと……まあ、さっきの件で言うと、風祭の着替えを見ちゃったこととか、かしらね」

「うん……そういうことがダメで……ちょっと、パニックになっちゃうの」

「どうしてそんなことに?」


 昔の愛ちゃんを思い返してみるけれど、そんなことはなかったような……?


「あのね……私、昔から男の子にいじめられたり、からかわれたりすることが多くて……」


 そういえば、愛ちゃんと初めて出会った時も、男の子にぬいぐるみを取られて、いじめられていたっけ。


「そういうのが、中学生に上がるくらいまでずっと続いて……それで、男の子が怖くなって……気がついたら、こんなことに」


 なるほど。

 たぶん、男の子の方からしたら、愛ちゃんが好きで気になるからちょっかいを出していたんだろうけど……


 でも、女の子の方からしたら、そんなこと知ったこっちゃないんだよね。

 いじわるをするイヤな男の子、っていう悪印象しか残らない。


 そんなことが中学生に上がるまで続いていたら、男性恐怖症というか、ちょっとした人間不信に陥っても仕方ないと思う。


「中学の頃は大丈夫だったんですか?」

「男の子が怖いのは、ずっと変わらないから……だから、中学は女子校を選んだの」

「なるほど、それなら問題ありませんね」

「あれ? でも、家ではどうしてたのさ? お父さんがいるでしょ?」

「お父さんは平気だよ。というか、同い年くらいの男の子が怖いだけで、小さい子や大人の人は特には……」


 まとめると……


 愛ちゃんは、同年代の男の子に対して、ちょっとした男性恐怖症に陥ってしまっている。

 普通に話をしたりする分には我慢できるけれど、触られたり、必要以上の接触をされるとパニックになってしまう。

 小さい子や大人の人は、対象外。


 ……っていう感じかな?


「なぜ、高校は共学にしたんだ? 桜の理解力が足りないのか、わからないぞ」

「もしかして、克服しようとしたのかしら?」

「二人とも、わかっていませんね」


 やれやれと、橘さんがため息をこぼした。


「共学の高校にした……というよりは、ウチの高校にやってきた理由はただ一つ。風祭くんがいるからでしょう?」

「う、うん……そうだけど、よくわかったね?」

「同じ人に恋する乙女ですから」

「なに? 駿河先輩って、こんな変態のためにわざわざ共学の高校を選んだわけ?」

「うん。怖い、っていう気持ちはあったけど……でも、それ以上に、あーちゃんに会いたかったから。だから、お父さんの仕事の都合でこの街に戻ってきた時は、チャンスって思って……おもいきって、あーちゃんのところに転校してみたの」


 愛ちゃんの一途な想いを感じて、ちょっとうれしくなる。

 こんな風に思われているなんて、私、幸せものかもしれない。


 って、今は和んでいる場合じゃないよね。

 気を引き締めないと。


「転校して再開したところまではよかったが……葵が女装大好き変態ロリ野郎ということが判明してしまったわけだ」

「ちょっと待って。不名誉な称号が加わっていない?」

「橘も駿河も、小さい時に知り合い、その時に好かれたのだろう? ならば、ロリではないか」

「その時は私も小さかったから、ノーカウントだと思うんだけど」


 あと、女装じゃないし。

 私、女の子だし。


「実は……あーちゃんが男の子っていうこと、なんとなく気づいてたの」

「そうなの?」

「クラスのみんなから話を聞いたし、あーちゃん本人もそう言っていたし……でも、信じられなかった。ううん、信じたくなかった」

「そりゃ、好きな女の子が実は男でした、なんてことになったら、大ショックよね。あたしも、お姉ちゃんが男だって言われたら……いや、それはそれでアリね」

「なんの話ですか!? なんでよだれを垂らしているんですか!?」


 いつでもどんな時でも、ほのかちゃんは欲望に忠実だね。ある意味、尊敬しちゃうよ。


「あのあの、誤解しないように言っておくと、あーちゃんのことは今でも好きだよ?」

「うん? そうなのか?」

「うん。だって、男の子でも女の子でも、あーちゃんはあーちゃんだもん。大好きだよ」


 いつか見た笑顔で『好き』と言われて、思わずドキッとしてしまう。

 正直に言うと……愛ちゃんがかわいい。


「でも、あーちゃんが男の子だったら、今まで通りに接することできなくなっちゃう……ダメになっちゃう……それが怖くて、ずっと目を背けてきたの」

「そうなんだ……」

「本当はわかっていたんだけど、でも、認められなくて……自分のために目を逸らして……それで、こんなことになっちゃった。ごめんね、あーちゃん」

「謝ることなんてないよ。愛ちゃんが悪いなんてことないから」

「あーちゃん、怒らないの……?」

「そんなことしないよ。私が愛ちゃんの立場だったら、同じことをしていたと思うし」

「というか、この場合、誰かが悪いということはありませんね」

「思い込みと勘違いによるすれ違いだ」


 早口言葉みたいだね、それ。


「でもさ、駿河先輩はこれからどうするわけ?」

「え?」

「風祭が男っていうこと、知っちゃったわけじゃない。ん? この場合、認めた、っていう言い方になるのかしら? まあ、どっちでもいいけど……今まで通りに接すること、できないんじゃない?」

「……うん」


 寂しそうに、悲しそうに、愛ちゃんが小さく頷いた。


 今までは、男と察しながらも、そのことから目を逸らしていたから、私と普通に接することができた。

 でも、私のことを『ハッキリと男と認識してしまった』以上、今までのようにはいかないだろう。


「えっと……愛ちゃん。ちょっと失礼するね」


 試しに、愛ちゃんの隣に移動する。


「っ!?」


 たったそれだけで、愛ちゃんは、怯えるように体を震わせた。

 私は慌てて距離を取る。


「ご、ごめんね、愛ちゃん。怖がらせるつもりはなかったんだけど、本当にダメかどうか試しておきたくて……」

「う、ううん……私の方こそ、ご、ごめんなさい……こんなこと、したくないのに……あーちゃんなのに……」


 我慢の現界というように、愛ちゃんはぽろぽろと涙をこぼした。


「せっかく、あーちゃんと再会できたのに……大好きなのに……でも、体が勝手に……やだ、やだ……こんなの、ぐすっ、やだよぉ……私、一緒にいたいの……大好きなあーちゃんと、一緒にいたいの……いたいよぉ……」


 触れたいのに、触れられない。

 あーちゃんの辛い気持ちが伝わってくるみたいで、胸が痛い……


 私、なにをしてあげられるんだろう……?

 大事な幼馴染が泣いているのに、私は……


「泣かないの!」

「ひゃう!?」


 誰もが声をかけるのをためらう中、ほのかちゃんがビシッと言った。


「駿河先輩の気持ちはよーくわかったわ。その上で、あえて言わせてもらうわよ。泣いてても、なにも解決しないわ! ただ時間が過ぎるだけ、意味がないの!」

「でも……私……ぐすっ」

「ああもうっ、だから泣かないでよ! あたし、そういうの苦手なんだから……えっと、だから……あたしが言いたいことは……泣いてるヒマがあるなら、特訓しましょう、っていうことよ!」

「特訓……?」


 ほのかちゃんの言葉の意味を測りかねて、愛ちゃんが小首を傾げた。

 私たちも一緒に、頭の上に疑問符を浮かべる。


「男が怖いっていっても、子供や大人は平気なんでしょ? なら、なんとかなると思うの。少しずつ距離を縮めたり、ちょっとの間だけ触ったり……そんな感じで特訓して、男嫌いを克服するの! ねえ、良い考えだと思わない?」

「なるほど……その手があったか。桜でさえ見落としていた案を、橘妹が発見するとは……正直、見直したぞ。足の小指の爪の欠片くらいは褒めてやる」

「すごいですよ、ほのか。ほのかにそんなことを考えることができる頭があったなんて、初めて知りました」

「ほのかちゃんって、ちゃんと物事を考えることができるんだね。猪突猛進キャラかと思ってたよ」

「絶対に褒めてないでしょ!? あたしのことけなしてるでしょ!?」

「「「とんでもない」」」

「きぃいいいいいーーーっ!!!」


 リアルで、きー、っていう人、初めて見たよ。


「えっと……今のほのかちゃんの案は、けっこう良いと思うんだけど、どうかな? 私と一緒に、特訓してみない?」

「あーちゃん、付き合ってくれるの……?」

「もちろん」

「私のため……?」

「うん」


 にっこりと笑い、手を差し出す。


「あーちゃんは、大事な幼馴染だから。今みたいに避けられるなんて、私も辛いよ。前みたいに、一緒に過ごしたい。だから……がんばろう。ね?」

「……」


 あーちゃんは、じっと私の手を見る。


 ごくりと息を呑んだ。


 そして、震える体でゆっくりと手を伸ばして……

 わすかに、指先を触れ合わせる。


「い、今は、これが限界だけど……私、がんばるから!」

「うん。一緒にがんばろうね」

基本的に、毎日更新していきます。

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