37話 二人を一人で取り合うから修羅場という
「「「どういうことだ!?」」」
「「「どういうことなの!?」」」
休み時間……予想通り、クラスメイトたちが押しかけてきた。
男子は、嫉妬とか羨望とか、そんな感情をたっぷりと顔に込めて。
女子は、楽しいこと見つけた! とキラキラと瞳を輝かせて。
それぞれ、詰め寄られる。
「えっと、これはその……えへっ♪」
「「「笑ってごまかせると思うなっ!!!」」」
ですよねー。
「みんな、どうしたの? なんで、あーちゃんがあれこれ問い詰められているの?」
「それは、愛ちゃんが私の腕をコアラのように組んでいるからじゃないかな。あと、胸を押しつけるのはやめようね? それと、頬をスリスリするのもダメ」
「えーっ、あれもこれもダメなんて、あーちゃんひどい」
「愛ちゃんのためなの」
「……私のこと、嫌いになっちゃった?」
「そ、そんなことないよ」
「私、こうしていたんだけど……ダメ? あーちゃんが、どうしてもイヤっていうなら……すごく寂しいけど、我慢する」
「うっ」
まるで、雨に濡れた子猫を相手にしているみたいだ。
断るなんてこと、できない!
「い、いいよ」
「やった! あーちゃんは、やっぱり優しいね。だーい好き♪」
心なしか、クラスメイトの視線が色々な意味できつくなったような気がした。
これから、とことん、根掘り葉掘り追求されるんだろうなあ……
……なんてことを考えていたけど、この時の私は油断していた。
このクラスには、もっと厄介な……一番、敵に回しちゃいけない子たちがいるじゃないか。
「……風祭くん?」
「おおぅ」
ビリビリと空気が震えるような感触がして、背中が震えた。
モーゼの十戒のようにクラスメイトたちが左右に動いて……その間から、笑顔の橘さんが歩いてきた。
笑っているけど、笑っていなくて……殺意の波動に目覚めちゃった、どこかの格闘家みたいだ。
「これは、どういうことなんですか? わかりやすく教えてもらえると、すごく助かるんですが」
「えっと、ですね……なんといいますか、これは、あのー……」
よくわからないけど、丁寧語になっちゃう。
「その……みんなにも説明しておくけど、愛ちゃん……駿河さんは、幼馴染なんだ」
「ほぅ、幼馴染ですか」
「う、うん。小さい頃に知り合って、愛ちゃんが引っ越すまで、何度か遊んだことがあって……」
「私たち、すっごい仲良しだったんだ。ねっ、あーちゃん♪」
「……その、あーちゃん、というのは?」
「あーちゃんは、あーちゃんだよ?」
「愛ちゃん専用の、私の仇名かな?」
「くっ……私ですら、まだ風祭くんとしか呼べていないというのに、それが、仇名? しかも、なんてかわいらしい……!」
橘さんがわなわなと震えた。
正直なところ、私は『あーちゃん』なんて仇名は子供っぽいからやめてほしいんだけど……そんなことを言ったら、たぶん、泣いちゃうよね。
だから、止めるに止められなくて……うぅ、なんかごめんなさい。
「な、なるほど。二人の関係性は理解しました」
持ち直したらしく、橘さんはいつものように振る舞う。
ただ、若干、声は震えていた。
「えっと、駿河さんですね?」
「うん。あなたは?」
「私は、橘伊織。風祭くんの恋人で愛人で妻です」
「違うからね!? っていうか、それ、どんな関係!?」
「なので、私がいるところで、そんな風に腕を組まれたりすると……ちょっと。これ以上は、言わなくてもわかりますよね?」
「わかんない」
あっけらかんと言われて、ピキッ、と橘さんのこめかみが震えた。
「あーちゃん、あーちゃん。橘さんと付き合っているの? 結婚したの? お金で買ったの?」
「付き合っていないし結婚もしてないし、あと、買うわけないからね!? 最後の質問、どう考えてもおかしいよね!?」
私、そういう風に見られているの!?
だとしたら、すごいショックなんだけど! そういう風に見られないようにするから、今すぐ、そうなった原因を教えてください! お願いしますっ。
「あーちゃんは、違うって言っているよ? 橘さんの思い込みなんじゃない? というか、恋人は私だもんね。あーちゃんが一番大事にしてくれるのは、私だよね♪」
「むっ」
「うーっ」
バチバチっと、二人の間で火花が散る。
間にいる私は、今にも気絶してしまいそう。
……いっそのこと、気絶した方が楽になれるかもしれない。
疲れたよ……なんだか眠いな。
「双方、共に落ち着け。まるで、ケンカをしているように見えるぞ」
果たして、救世主になるか?
葵が間に入ってきた。
「あなたは?」
「桜は、葵のベストフレンドだ」
なにそれ、初めて聞いたんだけど?
葵の頭は、今、バグっているのかな? 大丈夫かな?
わりと本気で心配の視線を向けるけど、葵はそれを無視して、勝手に話を進める。
「見ろ。葵が困っているぞ? 二人とも、葵を困らせたいわけじゃないだろう?」
「それは……」
「まあ……」
「橘、落ち着け。いくら葵と駿河の間に、自分では決して立ち入ることができない、幼い頃の二人だけの色鮮やかな思い出があったとしても、怒ってはいけないぞ? 駿河も落ち着け。現在の葵が、橘ととても人前では言えないようなことをたくさんして、イチャイチャしているからといって、怒ってはいけないぞ?」
この子、燃料を注ぎに来ただけだった!?
「篠宮さんは、風祭くんと駿河さんの、お、思い出について、何か知っているんですか?」
「いや、知らないな。幼い頃の葵が、『新しい友だちができたんだよ!』と、とてもうれしそうにしながら、毎日遅くまで遊びに行っていたことなんて、まるで知らないな」
「わ、私だって、最近は、風祭くんとたくさん遊んでいるし、この前は、デートもしたんですから!」
「むうううっ……ひ、人前で言えないようなことってなに!?」
「すまんな、詳しくは知らない。葵と橘が雨に濡れて服が透けたりして、それから一緒に風呂に入ったりなんかして……なんてこと、ぜんぜん知らないな」
この子、大炎上させる気だ!?
っていうか、なんで橘さんと一緒にお風呂入ったことまで知っているの!? ねえ、なんで!?
あれ、誰にも話していないのに!
バチバチバチィイイイイイッ!!!!!
二人の間に流れる火花が、より激しくなった。
間にいる私、感電死しちゃいそう。
父さん、母さん。
先立つ不幸を許してね……
「……ねえ。橘さんも、あーちゃんのことが好きなの?」
「そういう駿河さんも?」
「うん、もちろん。私は、あーちゃんが大大大、だーい好きなんだから♪」
「なるほど。好き、程度で終わりの感情なんですね」
「むっ?」
「私は、風祭くんを『愛して』います!」
おおおっ、と周囲のクラスメイトがどよめいた。
ついでに、嫉妬と殺気にまみれた視線が矢のように飛んできた。
ぐさぐさぐさ、と私のチキンハートに突き刺さる。
もうやめて! 私のライフはゼロよ!
「駿河さんの好きという気持ちを否定するつもりはありませんが……そんな子供が抱くような感情で、私と同列に、あるいはそれ以上の立場でいると勘違いされても……正直、困りますね」
「ふ、ふーん……でも、口でならなんとでも言えるよね。私も、あーちゃんのこと、愛してるし」
「むむむっ」
「橘さんより、私の方がきっとお似合いだよ? あーちゃんのことなら、なんでも知ってるし。知ってる? あーちゃんは、小4の頃までお母さんと一緒に寝ていたんだよ」
「そういうことなら、私も色々と知っていますよ。風祭くんは、首の後ろに小さなほくろがあって、とても敏感なんですよ」
なぜか、私の恥ずかしい個人情報暴露大会がはじまった。
さあ、優勝するのは誰か?
駿河さんか? それとも、橘さんか?
優勝者には、豪華商品をプレゼント!
ちなみに、一問出題される度に、私の精神力がマイナス10されていくよ♪
「私は、風祭くんと一緒に寝たことがあります!」
「お医者さんごっこをしたことがあるよ!」
「風祭くんの特製グッズを買い占めて、毎晩、こっそりと楽しんでいます!」
買っていたの!?
それと、どう楽しんでいるの!?
「グッズなら、私は自作しているよ!」
自作の領域に!?
全力でプライバシーを侵害しないでくれるかな!?
「葵」
こそこそっと、葵が耳打ちしてきた。
「……なに?」
「……ぐっじょぶ」
「……なんのこと!?」
「……桜の知らないうちに、また一人、女に手を出していたとは……やるじゃないか。これなら、葵が普通の男になるのも遠くなさそうだ」
「……ぜんぜんうれしくないからね!? っていうか、二人を止めて!」
「……だが断る」
「……なんで? 二人を煽って、私にぶつけるため?」
「……いや。ただ単に、おろおろする葵を見て楽しみたいからだ」
この子最悪だ!?
「風祭くんにふさわしいのは私です!」
「ううん、私だよ! 私とあーちゃんこそが、ベストカップルなの!」
「くううう、どうして風祭ばかりっ……でも、これはこれで面白いな。いいぞ、もっとやれ!」
「えー、ただいまのオッズは、6:4で橘さんが有利だよ。さあさあ、どんどん賭けてね」
クラスメイトたちも最悪だった!?
「むむむむむっ!!!」
「うううううっ!!!」
二人が猛烈な勢いでにらみ合い……
その圧力に耐えかねた私は、ふっと、意識を手放すのだった。
……どうか、悪い夢でありますように。
基本的に、毎日更新していきます。
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