35話 二つ目の思い出
あれは、遠い昔のこと。
そう……幼い橘さんと出会い、約束を交わした、別れた後の出来事だ。
――――――――――
公園を後にした私は、そろそろ家に帰ろうとした。
長靴で雪をざくざくと踏みしめながら道を歩いていると……
「あれ?」
これ……女の子の泣き声?
「こっちかな?」
私は帰り道を外れて、女の子の泣き声がする方に向かう。
「返してぇ、返してよぉ」
「やだね。返してほしいなら、取り返してみろよ」
「ほらほら、こっちだぞ。追いつけるもんなら追いついてみな」
「うううぅ……やだやだ、いじわるしないで。私のぬいぐるみ、返してぇ……」
マンションの駐車場に、女の子と二人の男の子がいた。
ぬいぐるみを手に、ニヤニヤと笑う男の子たち。
そして、涙目になっている女の子。
……うん。どっちが悪い子か、一目瞭然だよね。
「こらーっ!」
「うわっ!?」
私はおもいきり助走をつけて、男の子を蹴り飛ばした。
腰に手を当てて、ビシッと指差してやる。
「女の子をいじめるなんて、いけないんだよ! そんな男の子、格好悪いんだからっ」
「な、なんだよこいつ……い、いきなり蹴ってくるなんて……」
「うぅ、痛いよぉ……」
「この子の方が、もっと辛い思いをしているの! いじわるなんてしないで、早くぬいぐるみを返して!」
「わ、わかったよ……」
ぬいぐるみを取り返すと、男の子たちは慌てて逃げ出した。
ぽんぽんと軽くぬいぐるみの埃をはたいて、女の子に差し出す。
「はい、どうぞ」
「わぁー、ありがとう!」
女の子はたちまち笑顔になって、ぎゅうっとぬいぐるみを抱きしめた。
「すごいすごい、すごいね! お姉さん、かっこいいねっ」
「えへへ、そうかな?」
「うん、白馬の王子さまみたい! あ、でもお姉さんは女の子だから、白馬の王女さま?」
「くすくすっ。ちょっとおもしろいね、それ」
「どっちでもいいや! ありがとう!」
「どういたしまして」
「えっと……うん、決めた! 私、お姉さんのおよめさんになるっ」
「えぇっ!?」
「助けてくれて、すごくうれしくて……好き!」
さっきも、公園で会った女の子に似たようなことを言われたけど……今日は、そういう日なのかな?
「お姉さん、お姉さん。こっち向いて?」
「ん? どうしたの?」
「ちゅっ」
ほっぺに柔らかい感触が。
「えへへ、大好きだよ♪ だから、絶対に結婚しようねっ」
――――――――――
「んっ……ぅ?」
小鳥の鳴き声で目が覚めた。
枕元の時計を見る。
午前7時10分。
「あれ……ちょっと寝過ごしちゃった。いつもなら目覚ましで起きるんだけど……無意識に止めちゃったのかな?」
あるいは、桜が起こしに来てくれるんだけど……今日は起こしてくれないのかな? ストライキかな?
……あの子のことだから、普通にやりそうで怖い。
「って、あれ?」
なにやら、温かい感触が隣に?
「おはようございます、風祭くん」
「うん。おはよう、橘さん」
隣に寝ている橘さんに挨拶をして……
「って、呑気に挨拶をしてる場合じゃなくて! どうして一緒に寝ているの!?」
「朝一番の風祭くんのノリツッコミ、いただきました♪ これで、今日も一日、元気に過ごすことができます」
「私のノリツッコミにそんなご利益が!?」
「安産祈願も含まれていますよ……ぽっ」
「利便性抜群! っていうか、頬を染めないでっ。変なこと考えちゃう!」
一瞬で眠気が吹き飛んでしまう。
色々な意味で、朝から心臓に悪い。
「なんで、橘さんがここに?」
「風祭くんのために、布団を温めておきました」
「そんな豊臣秀吉みたいなことを言われても!?」
「それ、デマだという説もあるんですよ?」
「ならなんで言ったの!?」
橘さん、朝から全力でくるなぁ……疲れちゃうんだけど。
「それで、どうして……って、いいや」
「あら。私がここにいる理由、知りたくないんですか?」
「なんとなくわかるし。どうせ、桜が勝手に家に上げて……で、橘さんは、この前みたいに私を起こしに来た、っていうところでしょう?」
「正解。風祭くんに10ピコポイント進呈です」
「謎のポイントが付加された!?」
「100ピコポイントに到達すると、豪華賞品をプレゼントしますね」
「プレゼントの中身は?」
「……ふふふ」
「そこで意味深な笑みを見せないで! 色々考えちゃうっ、気になっちゃうっ」
どうして、橘さんは私の心をくすぐるのが、こんなにもうまいのだろう?
いつも手の平の上で踊らされているような気分で、なんだか複雑。
「こらーっ! 風……変態女装野郎!」
「ほのかちゃんまで来ていたの!? っていうか、なんで今、言い直したの!?」
「あんたなんて、変態女装……道端の石ころにも劣る存在で十分よ!」
「もっとひどい方向に修正された!?」
「あたしのお姉ちゃんになんてことをしているの! お姉ちゃんと一緒に寝るなんて、うらやましい! うらやましい! うーらーやーまーしーいーっ!!!」
「そんな全力で妬まれても、反応に困るんだけど……」
「あたしも一緒に寝る! いいよね、お姉ちゃん?」
「ダメです」
「一蹴された!?」
「風祭くんをバカにするならば、ほのかと一緒に寝ることは金輪際、来世でもありません」
「無慈悲すぎる宣告!?」
「というか、来世でも橘さんの妹になるつもりだったんだ……」
「当たり前でしょ? あたしは、未来永劫、お姉ちゃんの妹なのよ」
「妹のままだと結婚できないけど、それはいいの?」
「……あっ」
うすうす感じていたけれど、この子、ちょっと頭が足りないのかもしれない。
「朝から騒がしいな」
やれやれとため息をこぼしながら、桜が現れた。
なぜか、フライパンとおたまを手にしている。
「桜、なにそれ?」
「フライパンとおたまも知らないのか? 葵、少しは世間というものを勉強した方がいいぞ?」
「知っているから! フライパンとおたまをなにに使うの、っていう意味だからっ」
「まだ寝ていたら、これをガンガンと叩いて起こそうと思ったんだ。アニメや漫画では定番だろう?」
「まあ、それなら起きるだろうけど……」
「こう、フライパンで頭をガンガンと、おたまで目をグリグリと……な?」
「起きないよ! 逆に寝ちゃうよ! 永眠しちゃうよ!」
「へえ、なかなか良いアイディアね。採用してあげる」
ちゃっかりと、ほのかちゃんが賛同していた。
桜が本気にするのでやめてください……
この子、常識という名のリミッターが常にカットされている状態なの。
「残念ですが、二度寝はできないようですね。起きましょうか」
「うん、そうだね」
「私が着替えさせてあげますね? さあ、風祭くん、服を脱ぎましょう……はぁはぁ」
「着替えだけで済むのかな!? それ以外の目的もあるんじゃないのかな!?」
「そんなことは……おっと、いけません。鼻血が」
「貞操のピンチ!?」
「風祭くん、さあ……」
「あっ、こら! またお姉ちゃんに抱きついて!」
「葵はフライパンとおたまはイヤなのか? ならば、チェンソーにするか?」
「ああもうっ!」
今日も朝から色々な意味で絶好調で……
(……お願いします、神さま。私の穏やかな日常を返してください)
思わず、本気でそう願う私だった。
基本的に、毎日更新していきます。
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