33話 新しい約束を
「……橘さんは、いつ、私に気がついたの?」
「転校した初日に。クラスで見かけて、すぐに風祭くんだとわかりました。小さい頃との面影はぜんぜん残っていませんでしたけど……それでも、私にはわかりました。風祭くんは、あの時の子なんだ、って」
「そっか……でも、それならなんで、すぐに声をかけてくれなかったの?」
橘さんが私に告白するまで、一ヶ月のタイムラグがある。なんで、一ヶ月も間を置いたんだろう?
「それは……」
気まずいような、照れているような。
そんな複雑な表情を浮かべてから、橘さんは話を続ける。
「理由は二つあります。一つは、その……恥ずかしくて」
「恥ずかしい?」
「はい。ようやく風祭くんと再会できて、飛び上がるほどうれしかったんですけど、その反面、どうやって接していいのかわからなくて、声をかけるタイミングもわからなくて……そうやって戸惑っているうちに時間が経ってしまって」
「なるほど……もう一つの理由は?」
「……父さんの命令があったからです」
橘さんの顔に暗い影が差した。
「転校する前に、父さんは私に一つ命令をしました。家のために、風祭家の跡継ぎに近づいておくように、って」
「やっぱり、そういうことだったんだ……」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
「ううん……いいよ」
最初に話を聞いた時はショックだったけど、今はそれほど大きなショックはない。
今なら、橘さんの本当の気持ちがわかるから。
だから、ショックを受けることはない……受ける必要はない。
「父さんから命令された時、私はイヤでイヤで仕方がありませんでした。だけど、風祭くんの姿を見た時に、うれしくなりました。なにしろ、相手はずっと探し求めていた人だったんですから。でも……」
「でも?」
「同時に、後ろめたい気持ちになりました。私の個人的な事情なんて後回し。父さんの命令で、私は風祭くんと親しくならないといけない。そして、それは風祭くんを騙しているのと変わらない……そう思うと、なかなか声をかけられなくて……」
「そういうことだったんだね」
「こんなことを言うと、言い訳みたいになりますけど……告白した後も、罪の意識は消えませんでした。一緒に登校している時も、デートをした時も、心のどこかで罪悪感を抱えていました」
「そっか……」
結局のところ。
橘さんは、いつでもどんな時でも私のことを想ってくれていた、っていうこと。
それなのに、私は橘さんの想いを拒絶してしまった。差し伸べられた手を振り払ってしまった。
今更だけど……本当に今更だけど、あの時の行動を後悔する。
時間が戻ってほしい。そうすれば、二度とあんな行動はとらないのに。
……でも、そんなことはありえない。時間が戻るなんて夢物語だ。
だから、私は今目の前の現実と対面しなければいけない。橘さんに想いを伝えて、心をさらけ出して対峙しないといけない。
「今までありがとうございました」
橘さんは立ち上がると、深々と頭を下げた。
まるで、それがお別れの合図というように。
「追いかけてきてくれてうれしかったです。でも、これでおしまいです」
「待って! あんなことを言っておいて今更って思われるかもしれないけど、私は橘さんと一緒にいたい!」
「……っ……」
「卑怯な答えになるけど、私は橘さんを恋愛対象として好きかどうかはわからない……でも、友達としてなら好きって断言できるから! これから一緒にいたいって、楽しい時間を過ごしたいって、そう思うの!」
「そんな答え、本当に卑怯です……」
「橘さんはいいの? このままでいいの? 私のことを男にして、振り向かせてみせるんじゃなかったの?」
「それ、は……」
橘さんの唇が震える。
迷いを露わにして、その場から一歩も動くことができない。
「でも……でもっ、私は風祭くんを騙していた!」
懺悔をするように、橘さんは大きな声で叫んだ。
「家のことを隠して、風祭くんに近づいた! 騙していた! そして……傷つけた。それなのに、これからも風祭くんの傍にいるなんて……そんなこと、ダメです。そんなことをしてしまったら、私は……私自身が許せなくなってしまう」
「……私は許すよ」
逃がさないというように、私は橘さんを優しく抱きしめた。
「あ……」
「橘さんは悪くないから。どちらかというと、悪いのはひどいことを言った私の方で……だから、気にしないで」
「でも、私は……」
「納得できないなら、おあいこっていうことでどう?」
「おあいこ……?」
「私も橘さんにひどいことを言った。だから、それでチャラ。水に流して、なかったことにしようよ」
「でも、そんな……」
「それに、約束したでしょう?」
私は白いリボンを取り出した。
それで、橘さんの髪をそっと結んだ。
「これは……」
「約束の証。今度再会したら、ずっと一緒にいるって……そう約束したよね」
「あ……」
「約束は守らないとダメだよ?」
あの時と同じように、にっこりと笑いかけた。
「あ……ああ……」
橘さんが震えた。
氷が溶けるように、頑なになっていた心の鍵が開かれていくのがわかった。
「私を……許してくれるんですか……?」
「うん」
「風祭くんの傍にいて、いいんですか……?」
「うん」
「ずっと……一緒で……いいんですか……?」
「うん、いいよ。っていうか、一緒にいないとダメ。今までみたいに一緒にいないと許さないから」
「……っ……」
橘さんは声にならない声を漏らした。
そのまま、何度かしゃくりあげて……
私の胸に顔を埋める。
「風祭くん……風祭くん……風祭くん……」
「なに?」
「一緒に……私と一緒に、いてほしい……ですっ!」
「うん、一緒にいようね」
抱きしめながら、橘さんの背中をぽんぽんと優しく叩いた。
「これからは、ずっと一緒だから……だから、さっきみたいに寂しいことは、もう言わないでね」
「……はいっ……」
「なら……はい」
僕は小指を差し出した。
「これは……?」
「ゆびきりをしよう。あの時の約束は、ちゃんと守ることができなかったけど……今度は絶対に守るから。もう二度と忘れないから」
「風祭くん……」
橘さんはそっと手を伸ばして小指を絡めた。
視線と視線が重なる。
お互いに笑顔になる。
そして……
『ゆびきりげんまん、ウソついたらはりぜんぼんのーます、ゆびきった!』
今、ここに、新しい約束が刻まれた。
空はいつの間にか暗くなっていて……
私たちの頭上で月が静かに輝いていた。
基本的に、毎日更新していきます。
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